第30話 休息

「たまには二人で過ごさないか?」

 ミヒャエルがアウロラにそう言ったのは、晩餐の席だった。

 王は体が悪く、椅子に掛けて食事をとることもままならなくなってきていた。

 だから、今日の食事はアウロラとミヒャエル、それにクラウディアやレオナルトの若い貴族達との食事の場だった。

「……そう、ですねえ」

 言われてみれば、ミヒャエルとふたりきりで過ごせたのはあのミヒャエルの誕生日の晩以来ない。

 ミヒャエルは最近国王の代理で行う公務で忙しいようだし、アウロラも学びの日々だ。

「よし、イルザ、ホルガー、俺とアウロラの休みを合わせてくれ! 一日……半日で良い!」

「はい」

「かしこまりました」

 侍女と侍従はそれぞれの主人の後ろに控えていたが、こくりとうなずいた。

「……それで、どう過ごしますか?」

「……なんというか、普通のことがしてみたいな」

 ミヒャエルはどこか遠い目をしながら、そう言った。

「パーティーとか演劇とかも俺は好きだけど、そういうのではなく……うーん、のんびりできる環境が良い」

「ピクニックなどどうです?」

 レオナルトが口を挟んだ。

「それこそ、王宮の花園でランチなど広げてくつろがれては? あまり、遠出をしては護衛の者がぞろぞろとつきますが、王宮内の花園であれば、元々厳重に管理されています。花園の中でのんびりと過ごせるかと」

 レオナルトは一声でそう言うと、少し困ったように笑った。

「ああ、すみません、出過ぎた言葉でした」

「いや、いい! 良い案だ! さすが我が国の頭脳だ!」

「褒めすぎです」

 そんな二人のやり取りを見て、クラウディアがクスリと上品に笑う。

「花園……ピクニック……」

 アウロラは提案された内容をぼんやりと反芻する。

「ん、気に入らないか」

「ああ、いや、なんだか、縁遠い言葉で……」

 アウロラは苦笑いをした。

「そうか? 大昔、アウロラのお母さんと一度だけピクニックしたことあっただろう。そういえばあの時はロルフもいたな。アウロラのお母さんがお弁当を作ってくれたんだ。食べ慣れないものばかりだったけど、とってもおいしかったよ。侍従が毒味してたのには閉口したけど」

「え……」

 ミヒャエルの言葉にアウロラは思い出をたどる。

 幼い頃、母はアウロラのすべてだった。

 ミヒャエルやロルフと出会って、少しずつその世界は広がり、やがて母はすべてではなくなった。

 母に教わったことは何でも覚えていたが、言われてみてもその記憶が思い出せない。

「……ふふ」

 ミヒャエルはちょっと嬉しそうに笑った。

「忘れたのなら、思い出そう。楽しいピクニックにしよう」

「……はい」

「さあて、そうとなれば、お弁当の準備をさせなくてはな! 何が食べたい? アウロラ。最高級食材を集めてシェフにたっぷりの料理を作らせ……」

「殿下、殿下、思い出すのなら、アウロラのお母様の作ったメニューを再現した方がよろしいのでは?」

 クラウディアがそう口を挟む。

「ああ、それもそうか。無駄に豪華な食事などピクニックでは肩が凝るだけだしな。……アウロラ、お弁当、作ってくれるか?」

「え、わ、私が、ミヒャエルに!?」

 アウロラは毎日の食事は自分で作っている。

 イルザにもそれを食べさせているが、それはイルザが手伝ってくれるからだ。

 ミヒャエルに、この王宮の豪華な食事に慣れている王子に、自分の素朴な手料理などを食べさせるのは気が引けた。

「……君の料理のほとんどは、お母さんから教わったものだろう? 俺は、あれが食べたいな」

「……が、がんばります……」

 アウロラは少し表情をこわばらせながら、うなずいた。


 晩餐を終えた後、厨房に寄ることにした。

 イルザとホルガーが日程を整えたら、食料を分けてもらうようお願いした。


「……料理。お弁当。お母さんの料理……」

 アウロラが覚えている料理は、すべて母に教わったものだ。

 その中でも持ち運びしやすいものを選べば、かつて食べたというお弁当の中身になるのだろうか。

「……また明日考えたらいかがです?」

 椅子に掛けてブツブツつぶやいているアウロラに、イルザがベッドを整えながらそう声をかける。

「お休みを合わせるのに時間がかかると思いますから」

「そうね……そうする……」

 アウロラは素直にうなずいた。


 翌日から、アウロラは厨房に足繁く通って、食材の吟味をした。

 そもそも、母から学んだ料理ではあるが、普段のアウロラはよく言えば素朴な、悪く言えば粗末な食材で食事をまかなってきた。それは母が存命なときからそうだった。

 しかし、かつてピクニックに行ったときはそうではなかっただろう。

 王子も食べるのだ、きっと良い食材をそのときは用意してもらったはずなのだ。

 たとえば、新鮮な卵。たとえば葉クズではないちゃんとした野菜。たとえば固くないパン。そしてめったにありつけないお肉。

 そういうものを、食べたはずだ。それでいて、ミヒャエルは食べ慣れないものと言っていた。となると、味付けや料理法が王宮で出されたものとは違うはずなのだ。

 たとえばブラシカの花の種を、食事に使うことに、花園の庭師達もイルザも驚いていた。この国では一般的ではないのだ。

 そう、花園だ。花園の花々やハーブを使うことは、たぶん魔女の知恵のひとつだろう。

 家にだって干してある。

「ああ、お茶……そうね、お茶も用意しましょう……それから……んん……」

「アウロラ様、お弁当箱、こちら使われますか?」

 いつもの厨房係がそう言って箱を取り出してくれた。

「花園の庭師さんや演習中の騎士たちにお昼を差し入れるときなんかに使うものです。予備はたくさんあるので、持っていってもらって構いません。これひとつで五人分くらいは入ると思います」

「ありがとう」

 アウロラはお弁当箱を受け取り、そしていくつかの食材に目星をつけた。

 そして試作のためにお肉をもらっていくことにした。

 普段、食べないものだから、調理方法を確認しておきたかった。

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