第26話 変わらないものと

 花園に寄り、いつものように植物を摘む。花園の年老いた庭師は相変わらず無愛想だ。いろいろと環境の変化にさらされているアウロラには、むしろその方が落ち着くくらいだったが。

 茅屋に戻れば、チェロとリーノが嬉しそうに迎えてくれる。

「ただいま」

 夕飯だってイルザがだいぶ手を貸してくるようにはなったが、まだまだ自分で用意している。とはいえ、厨房から渡される食材は日に日に豪華になってきていて、アウロラは少し太ったのに気付いていた。

「……どうにかしなくちゃなあ……」

 お腹をさする。かたわらでイルザが苦笑いをする。黒衣は体格の方は隠してくれるが、頬の膨らみまではごまかせない。

 それにミヒャエルはところ構わず抱きついてくる。きっとその内にアウロラの体型についてだって気付いてしまうだろう。

「……少しは綺麗でいたい、ものね」

 これまでは外見なんて最低限の身だしなみ以上は気にしていなかった。

 ただ魔女として仕事をこなせば良い、そう思っていた。

 しかし、今のアウロラには少しずつ心境の変化が訪れていた。

 王太子の、ミヒャエルの隣に立つ自分は美しい方が良い。そう思うようになっていた。

「……王太子妃として、恥ずかしくないように……ミヒャエルの隣にいて、ミヒャエルが恥をかかないように……」

 結婚式までに、王妃やクラウディア、イルザの力を借りて自分は少しは垢抜けることが出来るだろうか。

 外見だけではない。レオナルトに学問を学んで勉強も勧めていかねばならない。博物館、今となっては奇妙な思い出のそこにあるもののことの大半を、アウロラはよく理解できなかった。レオナルトに学んでいれば、きっと理解できるようになるだろう。


 そうして魔女は変わっていく。得るべき知識を得て、この国に順応していく。彼女はもう異邦の女ではないかもしれない。身分も得た。人間らしい扱いをされている。

 まだ人々の目は冷たくて、身が竦むことはあるけれど、それでもアウロラはその道を選んだ。


「明日はお化粧のレッスンでもしましょうか?」

「そうしたいところだけど……時間がないわね……」

 イルザの申し出にアウロラは小さくため息をつく。

 まさかレオナルトの家に行くのに遅れて行くわけにも行くまい。

「アウロラ様のスケジュールは私が宰相殿と調整しています。いずれ身だしなみのレッスンも入れられるよう進言しておきますね」

「ありがとう、イルザさん」

「そのためにもダイエットですね」

「うっ……」

 アウロラは痛いところを突かれて、腹を押さえる。

「……痩せなくちゃねえ」

「別に私はアウロラ様が太ってるとは思っていませんよ。というか貴族と比べればお痩せになっている方だと思います」

「……そうかしら」

「ええ、ですが気を抜いても良いとは思っていません。人間、放っておくと際限なく太りますからね……」

 イルザが遠い目をした。

「あら、イルザさんも太ったことあるの?」

 アウロラから見て、イルザの体型は痩せている方だ。

「実家にいた頃は食っちゃ寝の日々でしたから……王宮に来て、ホームシックと環境の変化でだいぶ痩せました」

「なるほど……」

「そういえば、痩せられる薬なんかはないのでしょうか?」

「あるにはあるんですが……基本、そういうのは毒なので」

「毒!?」

「軽めの毒を飲んで、体調を崩して、痩せているように見せるんですね。昔、痩せ型がはやったときに産み出された手法だそうです。痩せるというか、やつれるなんですけど」

「……使っちゃだめですよ?」

「はい、わかっています。ありがとう」

 アウロラは柔らかに微笑んだ。柔らかな心配が、胸に心地よかった。


 イルザとの夕食を終えて、王の寝室に向かう。

 さすがにイルザは王の寝室に近付くことができないので、茅屋で待機している。

 茅屋と王宮の間をブルーノたちが護送してくれる。

「……思えば、不思議な話ですよねえ。薬自体の安全はリンデン先生が確認してたとはいえ、大事な薬を持っているアウロラ……様には護衛がついてなかったっていうのも」

「アウロラで良いです、ブルーノ隊長」

「いえいえ、王太子妃様にそのような気安さで接するようなことは……」

「気安くしてほしいの。私は前例のない魔女の王太子妃になるのだから、前例のない気安さで振る舞っても良いのじゃないかしら」

「良いんですかね、まあ、ミヒャエル様もかなり気さくだからいいかな、いいことにしちゃおう」

 ブルーノはうんうんとうなずいた。


「こんばんは、陛下」

「ああ、こんばんは」

 国王が微笑み、ロルフが迎え入れる。

「いらっしゃい、アウロラ」

 ロルフに薬を渡す、ロルフが試験紙に垂らす。

 いつもの、変わらぬアウロラの日常。

 この仕事だけは、正式に王太子妃になっても、王宮に住むようになっても、何人の侍女を使えるようになっても、ずっと続けたい。

 そうアウロラは思った。

 そのためにも、王には長生きしてもらいたい。

 病身の王を、胸が締め付けられるような思いで、アウロラは見つめていた。

「明日はレオナルトのところ……ドレッセル家に行くのだったな」

「はい、ええと、陛下は、ドレッセル家の皆様ともお親しいとか」

「ああ、レオナルトの父が従兄に当たるからな……大丈夫、怖いことは何もない」

 穏やかで、しかしどこか儚い王の口ぶりに、アウロラは少しうつむきそうになった。

「ミヒャエルと君の未来が幸福に満ちあふれていますように……無理に結婚させようとして、悪かった。すまない」

「ああ、そんな、いいえ、いいえ」

 王が頭を下げたのを、アウロラは思い切り首を横に振った。

「あのお見合いの日々があったからこそ……今の私があるのですから」

 アウロラは胸を張ってそう言い切った。

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