第24話 クラウディアとの交流
それはある日の午後だった。
「……え? クラウディア様、レオナルトお兄様にまだ告白の返事をされていないのですか?」
王宮の一室でアウロラはお茶を片手に驚く。今日も魔女の黒衣を着ている。背後にはイルザがいつでも用事を言いつけられてもいいように控えている。
対するクラウディアは燃えるような赤毛によく映える深緑のドレスを着こなしながら、肩をすくめた。クラウディアの背後にもクラウディアの侍女がいた。
「わたくし、ずっとミヒャエル殿下にアプローチをかけていたのです。それはあちこちに知られていることですから、こう……ミヒャエル殿下が結婚を決めたとしてもすぐにレオナルト殿に乗り換えるのはさすがに外聞が悪いのですよ」
「なるほど……」
アウロラは困ったように笑った。
「まあ……こんなわたくしにアプローチしてくださるレオナルト殿には感謝していますから……いずれは、まあ、ええ……。でも、ほら、あの人って、結婚しても家に帰ってこなそうじゃありません?」
「ああ、図書館に居座りそうですものね、レオナルトお兄様……」
あくまで噂だが、レオナルトは図書館に住んでいるらしい。
「もし、レオナルト殿と結婚したらアウロラ様は義妹になりますね」
「アウロラ様なんて……仰々しい呼び方はやめてくださいませ」
「じゃあ、アウロラ、あなたもどうぞクラウディアと呼んでくださいな」
レオナルトの実家、ドレッセル家に養子に入ってから、アウロラへの人々の態度は少し変わった。
魔女への偏見や畏れが消え去ったわけではなく、ドレッセル公爵家への畏れが加味されたと言うだけの話だったが。
そんな中、クラウディアはミヒャエルがいつか言ったように、アウロラに礼儀を教えつつ、友情関係も結ぶようになっていた。
徐々にではあるが他の令嬢との親交を持つ計画も、イルザの協力も得つつ、進みつつある。もちろんアウロラに怯える令嬢もいるので、そこはゆっくりと進めているところである。
「……その、クラウディアさ……クラウディアはどうしてこうも私に親切にしてくださるの?」
「……ミヒャエル殿下を見ていれば、自然とあなたが視界に入りました。ええ、最初は忌ま忌ましかった」
一切の遠慮なくクラウディアはそう言い放つ。
「不吉な魔女のくせにミヒャエル殿下に愛されて、求婚されているあなたが妬ましかった……でもね、そういう風に見ていても分かってしまったの。ああ、この子、私とそう変わらないってね」
「変わらない……ですか」
「変わらないわ。ただの若くて一生懸命な女の子。私が父上の命令でミヒャエル殿下に取り入ろうとしているように、あなたは陛下の命令で色んなことを必死にこなしている」
「……クラウディア……」
「それに気付いてしまったら、もうね、完全に負けです。勝てないと思ってしまっていました……」
クラウディアは大人びた笑顔を浮かべた。
「まあ、まさかこうしてお友達にまでなれるとは思っていませんでしたけどね」
「お友達……」
新鮮な響きにアウロラは顔を赤らめる。
「あら、かわいらしい」
クラウディアはケラケラと笑った。それは淑女としては少しばかり、はしたないほどの笑顔だった。
二人の側には護衛としてブルーノ隊長たちが控えている。あの後、ブルーノはアウロラ、未来の王太子妃の護衛騎士に任じられた。
さすがに王太子妃が茅屋で暮らしているのは警備上も困ると言われているので、その内、アウロラは王宮に入る。チェロとリーノの住処も王宮の中に作ってもらえることになった。
「まあ、王太子妃があんな……言ったら悪いけれどもボロ屋に住むなんてとてもじゃないけれど、あってはならないことですものね……」
クラウディアはこの一週間の間に一度、茅屋に足を運んでいる。アウロラへの行儀の指導を最初はアウロラの家でしようとしたのだ。しかし、それは叶わなかった。「こんなボロ屋での行儀は私、学んでいません」の一言で、あえなく断念したのだった。
「私としては本当はずっと茅屋に住んでいたいのだけれど……そう言ったらミヒャエルがそれなら自分も茅屋に住むとか言い出すからさすがにやめました。おとなしく王宮に住みます……正直、王宮に住むのは気が進みませんけどね。控え室ですら私の茅屋より広くて……とてもじゃないけど、落ち着かないんですもの」
アウロラは苦笑いをした。
「その内に慣れますわ。住めば都と言いますもの」
クラウディアは微笑んだ。
「さて、今週末にはいよいよドレッセル家にあいさつに行かれるんでしたね」
「ええ、レオナルトお兄様が連れて行ってくださいます」
ドレッセル家はレオナルトの実家らしく、あまり魔女に偏見を持っていない貴族のひとつだ。もちろん魔女の黒衣で行く予定である。
「というわけで王太子妃候補様、ビシバシ礼儀について指導させていただきますね」
「よろしくお願いします……」
これまでアウロラは王宮に上がってきたが、社交界には出たことがない。
演劇場に行ったのも、舞踏会に行ったのも、先日が初めての事であった。
これから王太子妃になるにあたって自分が覚えなければいけないことの多さにアウロラはめまいがしてきた。しかし、そのくらいはこなさなければならない。ミヒャエルが自分を選んでくれたのだから。自分はそれに応えるのだ。
幸い、クラウディアが友として付き合ってくれる。
王妃というお手本も身近にいる。いてくれる。
アウロラの決意は固かった。
「やあやあ、アウロラ、クラウディア嬢、元気?」
ノックもせずにあくせくとミヒャエルが部屋に入ってきた。今日も今日とて侍従がそれに着いてきている。
「殿下……お仕事は?」
クラウディアが心底呆れた顔でミヒャエルを見やる。
「父が言うには本日は大切なお勉強の日では?」
「疲れた!」
そう言うとミヒャエルはアウロラのソファの隣に腰掛けた。
勢いよく座ったものだからアウロラの体が傾き、ミヒャエルにくっつく。
それを逃さず、ミヒャエルはアウロラの体を抱きしめた。
クラウディアはため息をついた。
「……わたくし、もう失礼しますわ……どうぞ後はお二人でお幸せに」
「ああ、クラウディア……置いてかないでよ……」
「またね、アウロラ。ミヒャエル殿下がいては真面目な話も出来ませんから」
「ああ……」
アウロラが名残惜しそうな顔をするのを振り切り、クラウディアはさっさと立ち上がり、退室した。
「……もう! ミヒャエル! ミヒャエルが邪魔するからせっかくのクラウディア様とのお茶会が中止になったじゃない!」
「じゃあ、俺とお茶会をしよう!」
「ミヒャエルの馬鹿!」
怒るアウロラをミヒャエルは再度抱きしめた。
ミヒャエルの腕の中にアウロラはすっぽりと収まる。
アウロラは抵抗しようとしたが、彼我の力の差はどうにもならなかった。
「馬鹿……」
「あはは……週末はドレッセル家だったか」
「……はい」
ミヒャエルを抱きしめ返しながらアウロラは頷く。
「首尾良くこなしてまいります」
「アウロラなら大丈夫さ」
ミヒャエルは機嫌良く微笑んだ。
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