第23話 アウロラ、学びの日々

 こうして、アウロラの新しい生活が始まった。

 夕方に花園へ行き、夜には王の元へ薬を持っていく。それは今まで通り。それ以外の時間、昼間には、クラウディアから礼儀作法を、レオナルトから国の歴史を、そして王妃からは王族としての心得を。それぞれ教わることとなった。

 ミヒャエルとの時間は婚約したというのにむしろ減った。

 ミヒャエルは不満を漏らし続けていたが、アウロラにはむしろありがたかった。

 ミヒャエルと直接顔を合わせるのが、いささか照れくさかった。


 そしてアウロラはまだ茅屋に住んでいた。

「……アウロラ様、お食事ならわたくしが準備しますので……」

 朝、侍女のイルザが困ったような顔で台所に立つアウロラに声をかける。

「いいのよ、慣れてるもの。それに、いろいろとゴチャゴチャしているでしょう、このキッチン。だから私がやった方が効率が良いわ」

「……ですが、それではわたくしの仕事がございません……」

 イルザは困り果ててそう言う。

 イルザは一日中、アウロラに付き添っている。

 茅屋に新しいベッドを入れてそこに寝ている。

 少し狭くなった屋内で、幸いなことにチェロもリーノもイルザを受け入れてくれた。

 初対面の人間に彼らが気を許すのは珍しかった。

 ミヒャエルですら、最初、彼らはつついたり噛みついたりしたものだ。

 ミヒャエルはあまり気にしなかったが。

「あなたの仕事はあるわ。世間知らずな私にいろんなことを教えてくださる。それで十分だわ」

「……ですが、アウロラ様……私は王妃様からもアウロラ様に尽くし、後々アウロラ様が正式に王太子妃になった折には、『世話をされることに慣れてもらわなければ』と言いつけられているのです……」

「そう、ねえ……」

 アウロラは小さくため息をついた。

 王妃やクラウディアの話を聞くに、王族というものは自分でやってはいけないことが多すぎた。

 落としたものを拾ってはいけない、なんてまどろっこしすぎる。

 ドレスを着るのは未だに自分ひとりではできないので、その世話をされることには抵抗はないが、魔女の装束にまで手伝おうとされるのは困惑する。

「少しずつ、少しずつでよいから、わたくしに仕事をくださいませ……」

「んん……」

 アウロラは眉間にしわを寄せた。

 母が死んでからひとりで生きてきたアウロラにそれはなかなかに難しかった。

 とりあえず野菜を切るのを頼んで、ミルクのスープを煮込んだ。

 食事は日を追うごとに豪華になっていく。

 アウロラにはいささか多かった。

 二人と一羽と一匹分の朝食が整った。

 イルザはアウロラといっしょに食事をとることも遠慮していたが、アウロラがごり押ししていっしょに食事をとるようになった。

「おいしい……」

 イルザはため息をついて、アウロラの作ったスープを口に運んだ。

「隠し味にブラシカという花の種から抽出した油を入れているのよ」

「油……そのわりには油っこくありませんね」

「ミルクが濃厚だからでしょうね。王宮で飼っている牛から毎朝絞っているのでしょう? それにしても綺麗に切れてるわね」

 野菜をフォークで刺しながら、アウロラはそれを褒める。

 花の形に飾り切りされたにんじんは、ただそのままだというのに、食卓に今までなかった華やかさを添えていた。

「母に習いました」

 言葉少なにイルザはそう言った。

「……イルザさんってその若さで王妃様付ということは、元はけっこうなお嬢様よね?」

 王宮の高位の侍女はほとんどが貴族だ。行儀見習いの形で入ってくる。

「……クラウディア様やレオナルト様のご実家とは比べるべくもありませんがね」

 イルザは少し自嘲気味に微笑んだ。

「……私も実家からミヒャエル殿下に取り入れなどと言われて王宮にやられたひとりなのですよ」

「あら……そう、だったの」

 意外な告白に、アウロラの手は止まり、イルザの顔を見つめる。

「この際、愛人でもいいから、殿下を籠絡してこい……だいたい貴族出身の侍女はそんなことを言われて送り出されてるようですね」

 イルザは苦々しげな顔になった。

「淑女としては恥ずべきことですが……まあ、愛人が力を振るった前例はなくはありませんからね……」

 それはレオナルトに歴史の授業の中で、聞いていた。

 悪名高い悪女の話を聞いていると、アウロラは少し不安になる。

 自分もその中に名を連ねる日が来るのではないか、と。

「でも……あなたとミヒャエル殿下を見ていると、愛人として割っては入るなんてとてもとても……。むしろ、殿下はアウロラ様を愛人にするのだろうかとも思いましたわ」

 イルザは少し苦笑いをする。

「でも……殿下は諦めませんでしたね。誰もが若気の至りだろうと思っていた魔女様との婚姻を、見事に認めさせた。王妃様もそれはそれはお喜びでしたわ」

「……王妃様」

 最近の王妃はますますアウロラの母代わりとして遠慮なく振る舞うようになっていた。

 何度かヨハンを呼んだ内々のお茶会にも招待された。

 ヨハンは上機嫌で音楽を奏でた。

『魔女様、先日教えていただいたメロディを使って、いろいろと作曲をしているんです。あなたには感謝してもしきれません。ぜひ婚礼の時にはこのアレンジを流したく思います』

 そう言ってヨハンが奏でてくれた音楽は母の子守歌を思わせる音色をしていて、アウロラの胸は懐かしさでいっぱいになった。

「……祝福された結婚、どうして邪魔をすることが出来ましょうか」

「……イルザさん」

「というわけでこれからは未来の王妃様に取り入ることにしますわ」

 そう言うとイルザは笑った。

 花のように純粋な明るい笑顔だった。

「……はい、ぜひ、これからもよろしくおねがいします」

 アウロラは頭を下げた。

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