第22話 新しいあり方
舞踏会の夜が明けて、アウロラはミヒャエルとブルーノたちに見送られ、茅屋に戻った。
その日から茅屋には護衛がつくようになった。
そして、翌朝。厨房からの食材も護衛たちが持ってきてくれるようになった。
自分で料理した朝食をひとり口に運んでいると何やら外が騒がしくなってきた。
「……あら?」
「せーの! おめでとうございます! お姉様!」
そう言って茅屋に飛び込んできた輝く顔が三つ。
ミヒャエルの三人の弟たちだった。一番上が十六歳、王妃に似ていて茶色い髪に茶色い目。下の二人は双子だ。まだ十歳。ミヒャエルに似た金髪に緑の目。
上からラファエル、ギルベルト、アルベルトだ。
「あら、殿下方」
彼らはミヒャエルがアウロラに愛を注いでいるのを間近で見てきた弟たちなだけあって、アウロラへの恐怖心を持っていない。
無邪気に慕ってくれる可愛い、それこそアウロラにとっても弟のような存在たちである。
ミヒャエルと違って、優等生三人組なので、勝手にアウロラに会いに来たりはしないので、そうそう会う機会はないが、王妃に頼まれて遊び相手を務めることもしばしばである。
「こんな狭苦しいところへようこそ……ええと、ベッドにでもどうぞ、おかけになってください」
ミヒャエル用の高価な椅子は一脚しかない。三人の王子が座れるスペースはベッドの上くらいしかなかった。
そこを勧めるのはあまりに無作法な気がさすがにしたが、年若い少年達を追い返すのもしのびない。
「わーい」
王子たちはベッドに腰掛けることを気にした様子もなくぴょんと飛び乗った。
「お食事中にすみません、お姉様」
ラファエルがぺこりと頭を下げる。それを見て双子が慌てて頭を下げる。
「申し訳ありません! お姉様!」
姉上、呼ばれ慣れない言葉にアウロラはくすぐったさを覚えた。
「いいのですよ、もう食べ終わりますから。私の方こそ食事をしながらのお出迎えで申し訳ありません」
「いえ、お約束もなしに押しかけた僕等が悪いのです。気にしないでください」
そう言って、彼らはおとなしく膝を揃えた。アウロラが食事を終えるのを待つ構えのようだ。
兄と違ってなんとよく心遣いの行き届いた弟たちだろうとアウロラは感動すら覚えた。
ミヒャエルだったらここから構わず止めどなく喋りを続けていたに違いない。
幸い朝食はあと少しで終わるところだったので、アウロラはさっさと食べ終え、食器を水につけた。
「それで……ええと、何か御用なのかしら」
「……いえ」
「特には……」
もじもじとしだすのがまたかわいらしい。
「ただ真っ先に姉上にお祝いを告げたくて……」
「いえ、もちろん、昨日の舞踏会で盛大にお祝いされたのはわかっているのですけど……」
アウロラはにっこりと微笑んだ。
「ありがとうございます、殿下方」
アウロラからの礼に王子たちは嬉しそうに顔を見合わせた。
「本日は急なことでしたから手ぶらで来ましたが、後日改めてお祝いの品をお持ちしますね!」
「あらまあ、よいのですよ、わたくしなんぞにそのように気を遣わずとも」
「いえ、僕等がお祝いしたいのです!」
そうラファエルが断言する。そして彼らは囁きあい始めた。
「お母様にお願いして女性のためのプレゼントをいっしょに選んでもらいます!」
「でも、宝飾品はお姉様には独自のスタイルがあられるし……」
「お花とかがいいのかしら……」
「ああ、でも、この小屋には花瓶がない……」
「そもそもお姉様はお花もご自分で摘まれるし……」
「あ、でも、そもそも、お姉様は今後もこの小屋に住むのでしょうか?」
ギルベルトがふと思い付いたというふうにアウロラを見た。
「しばらくはこちらに住まわせてもらいますが……将来的には王宮に、と請われています」
「わあ! 僕等と一つ屋根の下ですね!」
アルベルトが手を叩いて喜んだ。
一つ屋根の下というには、王宮はあまりに屋根の多い建物だが、それを突っ込むのも無粋な気がしてアウロラはただ微笑んだ。
「楽しみです!」
にこにこと王子達は微笑んだ。
「じゃあ、お住まいが定まってからにしましょうかね、プレゼントは」
ラファエルがそうまとめた。
「ありがとうございます」
アウロラも微笑んだ。
そこに、ノックもせずに茅屋の扉が開かれた。
「アウロラー!」
ミヒャエルだった。
「……ミヒャエル……」
アウロラはあまりの暴挙にため息をついた。
「お兄様……」
「ノックはしましょうよ……」
「それでも王子ですか……」
弟王子達も口々にあきれ果てる。
「うるさい! 何だお前ら! 勝手に人の婚約者の家に押しかけて! 我が弟たちとはいえ許せん!」
「ミヒャエル!」
アウロラがぴしゃりとミヒャエルを叱りつけた。
ミヒャエルは背筋を伸ばして、アウロラを振り返る。
「ああ、おはよう、アウロラ」
「おはようございます。……もう、正式に婚約したのですから、今までみたいに無理矢理おいでにならなくても大丈夫でしょう」
「それなんだけどね、今日はなんとちゃんとした用事を持ってここに来ているんだ。着替えて王宮に来てくれるかな? 紹介したい人がいるんだ」
「紹介したい人……ですか」
「これから君にはいろいろと努力を強いることになる。その第一関門、だ」
「……はい」
アウロラは緊張に満ちた顔でうなずいた。
そうしてミヒャエルは弟三人を引きずるようにしてアウロラの茅屋を去って行った。
「お姉様ご機嫌よう」
「今度はきちんとお約束をしてお邪魔しますね」
「ぜひ遊んでください、お姉様」
「お前達、俺の婚約者に対して馴れ馴れしい!!」
「まあまあ……」
苦笑いをしながらアウロラは彼らを見送った。
皿を手早く洗い、魔女の黒衣へ着替える。
正装に身を包み、アウロラは茅屋から一歩を踏み出した。
茅屋の周りは騎士で囲まれていた。
アウロラが出てくるとぴしゃりと背筋を伸ばして何も言わずに付いてくる。
少しくすぐったい気分になりながらアウロラは王宮への道を急いだ。
王宮では王妃付の侍女、イルザが出迎えてくれた。
「イルザさん、ご機嫌よう」
「……おはようございます」
イルザは少し硬い顔で頭を下げた。
「殿下はこちらでお待ちです」
イルザの案内でアウロラは王宮を進む。
アウロラは少し疑問に思う。どうして王妃付のイルザが王太子であるミヒャエルの客のアウロラを案内しているのだろう?
その疑問はすぐに解けることになる。
「おお、来たかイルザ」
ミヒェルは自分用の応接室で優雅にお茶を飲んでいた。
その対面には赤毛の娘、宰相の娘、クラウディアがいた。
アウロラはクラウディアに礼をした。クラウディアは優雅に返礼をする。
「アウロラ、イルザは今日からお前の侍女になる」
「えっ!」
アウロラは思わずイルザの顔を見た。
イルザは静かに頭を下げた。
「母上たっての希望だ。年も近いし、ちょうどいいだろうとのことだ」
「……よ、よろしくお願いします」
アウロラは頭を下げながら、イルザは魔女の侍女など嫌ではないだろうかと心配になった。
イルザの表情は冷静な侍女の鑑のようで、その心の内を覗くことはいかに魔女でも叶わなかった。
そんなアウロラの煩悶を知ってか知らずか、ミヒャエルはそのまま言葉を続ける。
「それと、改めて紹介しよう。こちらがクラウディア・ベンダーだ。宰相の娘で、遠慮というものをしらない女だ。頼りになるぞ。ぜひ頼れ」
ミヒャエルが楽しそうにそう言った。
「ご機嫌よう、魔女様」
赤く燃える髪の毛をなびかせ、クラウディアは微笑んだ。
「先日は失礼いたしました」
「えーっと、ああ、いえ……おっしゃってることは、何も間違ってらっしゃらなかったから……」
アウロラは思い出す。王宮の廊下でクラウディアと邂逅したときを。
「聞いていたとおり、控えめなお方ですね。ですが、あなた、それではいけません」
クラウディアがきっぱりと言い放った。
「ご、ごめんなさい……」
「殿下の妻になるということは、将来国母になられるということ。押しに弱くてはいけませんよ。時に強固に鋼のように凜々しく立っていなければ」
「う、うう……」
アウロラはたじろぐ。そのような自分はなかなかに想像しがたい。出鼻をくじかれた気分だった。
「礼儀作法に関しても、お辞儀の一つから、あなたには叩き込ませていただきます。厳しく行きますから、そのおつもりで」
「は、はい……」
クラウディアの圧に、アウロラの顔が引きつった。
「まあまあ、クラウディア! 張り切るのはわかるが、お手柔らかに頼むぞ!」
ミヒャエルが苦笑いで二人の間に割り込む。彼はアウロラを背に庇うように、クラウディアに向き合った。
クラウディアが何かを言い返そうと口を開くより先に、アウロラが口を開いた。
「で、殿下。構いません。クラウディア様は私のためを思って言ってくださっているのです。私も、それに応えたい」
「……アウロラ」
ミヒャエルが心打たれたように振り返る。
その目には感動と、そして溢れんばかりの愛が詰まっていた。
「アウロラ!」
ミヒャエルが思いきりアウロラに抱きつこうと両手を広げたところを、アウロラはするりと横に抜け、改めてクラウディアに向かい合った。
「ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
アウロラのその言葉にクラウディアは嬉しそうに笑った。
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