第12話 外出
ミヒャエルは王宮に到着すると、さすがに今日ばかりはおとなしく自分の部屋へと戻っていった。
一方のアウロラは厨房の勝手口に回る。
「おはようございます」
「ああ、おはよう、アウロラ」
若者が出てくる。厨房には魔女に怯える者もいるが、この若者は最初からあまりそう言った迷信には惑わされない性質のようで、もっぱらアウロラ係を勤めてくれていた。
「はい、おかず」
若者が軽い調子でパンと一緒に何かを差し出してくれた。
「えっ?」
アウロラがいつも厨房からもらうのは茅屋では焼けないパンと、僅かな食料の残りだけだ。しかし今日のおかずはずいぶんと多かった。
「ハムと卵料理が入ってる。あんまり乱暴に持ち運ぶと崩れるから気を付けて」
包みを差し出しながら厨房係は爽やかに笑った。
「あ、あの……どうして?」
目を白黒させながら、アウロラは腕一杯の食料を見つめる。
「陛下直々のご命令だ。アウロラが来たら美味しい物を持たせてやりなさい、と。スープなんかも飲ませてやりたいが、さすがに持ち帰りにくいしな……」
「あ、ありがとうございます」
アウロラは包みをぎゅっと抱きしめた。
厨房係にペコペコと礼をしながら、厨房から離れる。厨房係は軽く手を振ってアウロラを見送った。
アウロラの頬にまたも涙が伝い落ちたが、朝の日差しに照らされた涙はやけに暖かかった。
「ほら、リーノ、ハムよ、おいしい?」
リーノにハムを分けてやる。チェロには豆料理のソースのかかっていない部分をやる。
リーノもチェロも嬉しそうに餌を口に運んでいた。
朝食をいつもよりゆっくりと食べ終えるとアウロラはカード占いを始めた。母の形見のカード。母がお手製で絵柄を書き込んだカードだ。
しているのは恋占い。占うのはもちろん自分の婚期。すなわちミヒャエルを諦めさせるための占いである。
ミヒャエルには思わず結婚は諦めると言ってしまったが、病床の王を安心させるためにもアウロラは結婚を諦めるわけにはいかないのだった。
カードを切って、混ぜる。そして布の上にカードを広げていく。カードは出揃った。太陽の絵柄と旅人の絵柄が二枚並んでいる。
「……『外に出て、探してみよ』か。街へ買い出しにでも行こうかしら?」
ちょうどフライパンがガタついてどうしようもならなくなっていた。
他にも何点か必要なものをメモに取り、アウロラは黒衣に身を包んだ。
王宮内ではドレスを着ることもある彼女だが、王宮から出る時は魔女の正装をする。それも魔女の決まりだ。
「じゃあ、行ってくるわ、チェロ、リーノ。良い子にしていたらお土産の美味しい餌をあげる」
チェロはチィチィとさえずり、リーノはニャーと鳴いた。アウロラは彼らに微笑みを投げかけると茅屋から出て行った。
王宮の城門で買い出しという目的を門番に告げると、アウロラは門を通してもらえた。
門から街までは長い下り坂だ。時折馬車とすれ違う。アウロラはのんびり歩く。
そして到着した街を歩けば、黒衣の魔女の姿に街の人々は目をそらす。
たまに子供がじっと見つめてくることもあるが、親がさっと手を引き、逃げるように去って行く。
慣れている。大丈夫。魔女だから。初めて王宮から出たのは六歳の時。母に手を引かれて降りた街で、アウロラは思い知った。自分は魔女。異邦の女。卑小な身分。人ですらない。だから、大丈夫。
「……探す、のだったわね。出会いを」
気分を切り替えるようにアウロラはそう呟いた。ちょうど昼時であった。
適当に店を選ぶ。店主は入ってきた魔女に見るからに苦い顔をしたが入店拒否まではされなかった。
運ばれてきたパンとスープを口に運ぶ。チラチラと店内をうかがう。
談笑する人、一人で食事を取る人。様々だ。そのどれも、アウロラとは本来、交わらない人間ばかりだ。
「こんにちは」
「えっ?」
特に感慨もなく食事進めていたのに、そんなアウロラに声をかける人がいた。アウロラが顔を上げると、そこにはおとなしそうな白衣の青年がいた。年齢はアウロラと同じくらいだろうか。
「こ、こんにちは……」
魔女に話しかけるなんて、この人は誰だろう?
「僕、王立博物館で学芸員をやっています。オスヴァルトです。ここいいですか?」
アウロラの正面の席を青年、オスヴァルトは示した。
「ど、どうぞ……」
王立博物館は街の外れにある。アウロラはそこに行ったことはないが、ミヒャエルが視察に行ったときの話をしてくれたことがある。色々な珍しいものが展示されていると聞く。「恐竜がぎゃーんとすごかったぞ! あと、剣がズタボロだったけどデカかった!」そんな適当な説明を、帰ってきたミヒャエルはしてくれた。
「あの、その黒衣……王宮の魔女様ですよね?」
「は、はい……」
「すごいや、魔女様の知識はすごいものだと聞いています。お話を聞かせてもらえませんか?」
「えっと……すみません、あの、私、これから買い物が……」
「あ、そうなんですね……」
オスヴァルトはがっくりと肩を落とす。その姿にアウロラは申し訳なくなり、思わず言葉を続けた。
「あの、でも……えっと、少しなら時間あります……ご飯を食べている間……今なら……かまいません」
「やった!」
オスヴァルトは顔を輝かせた。
「魔女様は、やっぱり魔術とか使うんですか?」
「魔術と呼べるものは……基本、使いません」
母が教えてくれた魔女の技術の中に魔術と呼べるものは含まれていなかった。すべては知識と経験だ。それを扱うものを魔女と名付けたにすぎないのだ。
「私ができるのは薬を煎じ、占いで未来を示し、小動物を操るくらいのことです」
「小動物……たとえばどのような?」
「小鳥と黒ネコとは意思疎通が出来ます」
家にいるチェロとリーノを思い浮かべる。彼らとは言葉がハッキリと通じるわけではない。それでも彼らが伝えたいことは分かるし、頼めばお使いもしてくれる。
「へえー! 占いは? 占いはどのような?」
「ええっと、そうですね、今日も占いで買い物に来たんです。カードの結果で……外に出て出会いを求めよ、って……」
話している内にアウロラは占いのことを思い出した。もしや、出会いとはこの人とのことなのだろうか? 魔女だと知っても、遠巻きにせずむしろ話しかけてくるような人。
今度こそアウロラは婚活に成功できるのではないか。
胸に希望を抱いて、アウロラはオスヴァルトの顔を見つめた。
「…………?」
オスヴァルトはアウロラの目を見てきょとんとしたが、何かに気付いたように目を瞠った。
「あっ、虹色の瞳……これが魔女の特徴の瞳なんですね、美しい……」
「う、美しいだなんて……そんな……」
アウロラは頬を染めた。そんな彼女の手をオスヴァルトは握り締めた。
「本当に美しい……! ああ、もっとお話を聞かせください! 占いはどのようにするのです?」
「か、カードに絵が描いてあるんです。それをめくり絵柄の意味を読み取ります」
そう言いながらアウロラは外に視線をやる。影の伸び方で時間を計る。
「ああ、ごめんなさい。私、そろそろ行かなくては」
「また会えますか?」
「……魔女は特別な用事が無ければ王宮からは出てはいけないのです」
「そんな……」
オスヴァルトは沈んだ顔をした。
「えっと、だから、私、陛下に申し出てみますね。一度、行ってみたかったのです。博物館」
「是非おいでください! 素敵な展示とお待ちしていますよ!」
「はい」
アウロラは微笑み、店を後にした。
「……占いの通り、出会いがあったわ」
アウロラは空を見上げてしみじみと呟いた。
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