第3話 お見合い

「アウロラ、相変わらず殿下には苦労させられているようだね?」

 リンデンは苦笑した。リンデンは用がなくとも魔女に話しかける数少ない人間の一人だった。

「……恐れ多い事です。殿下に求愛していただけるなんて」

「顔に厄介な事ですって書いてあるよ、アウロラ」

 リンデンはそう言って遠くを見た。

「うん、君はお母さんそっくりに育った。その虹色の目を見れば、誰もがルーナを思い出すだろう」

 ルーナとはもちろんアウロラの母の名前だ。

「そして頼りがいがあるのもルーナと同じだ。陛下は殿下と君を結婚させるわけにはいかないが、君を手放すわけにもいかず、ブルーノという男を選んだようだね」

「……リンデン先生は、ブルーノ隊長をご存知で?」

「うん、医師は騎士たちを診ることもあるからね。筋骨隆々。頼れるタフガイだよ、ブルーノ隊長は」

「そう……ですか」

 アウロラは複雑な顔をした。見知らぬブルーノという男との降って湧いた縁談に戸惑いを隠しきれていない。

 そんな彼女を見て、リンデンは目を細めた。

「……アウロラ、ブルーノ隊長と契るにせよ何にせよ、君が幸せでありますように」

「ありがとう、リンデン先生」

 王宮内のリンデンの部屋に向かう廊下で二人は別れた。

 アウロラは夜の暗闇の中を一人、茅屋へと向かった。


 アウロラは帰って着替えるとすぐにベッドに潜り込んだ。

 結婚、自分がそれをするなんて考えてもいなかった。

 母は未婚の母であった。アウロラは父親のことを知らない。だから、魔女というのは結婚なんてしないものだと思っていた。

 しかし、それは母だけの話だった。王は当たり前のようにアウロラへ結婚することを求めて来た。魔女は、結婚をしても良いのだ。そんなことも、知らなかった。

「ブルーノ隊長が優しい方だと良いのだけど」

 アウロラには自信がなかった。優しい人間以外に自分を受け入れてもらえる自信が。


 ブルーノ隊長との見合いの日は一週間後に訪れた。

 アウロラは珍しく朝から王宮に来ていた。今日の服は魔女としての黒衣ではなく薄緑の飾り気のない普段着のドレスだ。

「良く来てくれましたね、アウロラ」

 病身の王とは裏腹に生気に満ち満ちた王妃はアウロラを出迎えた。

 白髪交じりの茶色い髪、輝きに満ちた茶色い目。色はミヒャエルと一致するところはないが、目の形がミヒャエルそっくりな人だ。

 王妃の自室はこの世で国王の次に貴重な調度品が飾られている豪華な部屋だ。

 そんな場所に、今日は豪奢なドレスを纏ったマネキンが所狭しと何着も置かれていた。

 ドレスの広がるスカートがぎゅうぎゅうに押し合っている光景はなかなかに壮観であった。

「選びきれなかったの、あなたにどれが似合うか。というわけでもうこうなったら全部片っ端から着てもらって選びます!」

 王と王妃の間には女の子がいない。ミヒャエルとその弟が三人。全員が男の子だ。その反動だろうか? こういうとき、王妃はまるでアウロラを自分の娘のように扱ってくれる。アウロラはそれをありがたく思うと同時に申し訳なく思ってしまう。アウロラに化粧を教えてくれたのも王妃(の侍女)だった。

「はい、まずはその赤いの」

 王妃の指示に従い侍女がアウロラにドレスを着せる。人前で着替えをするのも、その手伝いをしてもらうのも貴族ではないアウロラには憚られたが、豪華なドレスなど到底彼女一人で着られるものではなかった。

 赤いドレスには豪華な金糸が縫い付けられていて、見るからにきらびやかであった。アウロラにはとても自分に似合うとは思えず、また体の形を締め付けるドレスは窮屈だった。

 王妃も同意見だったらしい。

「うーん、これはあなたには派手すぎるわね……次、その青いの!」

 アウロラは完全に着せ替え人形になっていた。

「ああ、これは可愛いわ」

「恐れ入ります」

 アウロラはそうとしか返せなかった。慣れないコルセットをギュウギュウに締め付けられて、朝食をたらふく摂ってきたことを後悔した。

「でも、他のも見てみたい……その白いの!」

 侍女達は王妃の指示で素速くアウロラからドレスを剥ぎ取り、次のドレスを着せる。

 その様子を王妃は椅子に座りながら眺めていた。

「ああ、アウロラ、私、実はね、あなたがミヒャエルの王太子妃になっても良いと思っています」

 王妃が愁いを帯びた表情でこっそり囁いた。アウロラは突然のことに困惑を隠せない。

「ええと……?」

「魔女だろうと関係ありません。あなたは可愛くて立派な女の子です……」

 アウロラの顔をまっすぐ見ながらそう言うと、王妃はすぐさまドレスに目をやった。

「うーん、白は銀の髪と食い合いますね、その薄緑の!」

「は、はあ……恐縮です……?」

「あなたが魔女は魔女でも昔話に出てくるような悪魔に取り憑かれた恐ろしい災いを運ぶ魔女なんかじゃないこと、私は知っていますもの。だからね、アウロラ、無理にブルーノ隊長と婚姻を結ぼうとしなくともよろしい。いざとなれば私はあなたとミヒャエルの味方ですよ」

「あ、ありがとう……ございます……?」

 肝心のアウロラはそこまでミヒャエルと結婚したくはないのだが、王妃にそう言われては礼を言わないわけにもいかなかった。

 王妃はアウロラの戸惑いには無頓着にアウロラの仕上がりに微笑んだ。

「ああ、やっぱりあなたには薄緑が似合います。思えばブルーノ隊長が惚れ込んだのも薄緑のドレスと言うではないですか。決まりです、その服でお見合いに向かいなさいませ」

「は、はあ……ありがとうございました」

「さあ、髪型を整えてあげて。結い上げるのが良いかしらね」

 侍女達が寄ってたかってアウロラを椅子に座らせ、髪を綺麗に結い上げた。

 侍女達が大きな鏡を持ってきてくれたが、アウロラには正直これが自分に似合っているか分からなかった。

 襟元は濃い緑のスカーフで彩られていて、袖は肘から下が広がりレースが施されていて、動かしづらいことこの上無い。コルセットでくびれが強調されていて、そうあるわけでもない胸もぐっと寄せてあげられている。靴はブーツ。帽子はそう背の高くない流行りのもの。

 服が可愛いらしいのは分かるが、自分に似合っているのか、アウロラには分からなかった。

「イルザ、アウロラを案内してあげて」

「はい王妃様」

 イルザと呼ばれた年若い侍女が礼をする。

「参りましょう、魔女様」

「は、はい、えっと王妃殿下、失礼します」

「がんばってね、いえ、がんばらなくてもいいわ」

 王妃はめちゃくちゃなことを言ってアウロラを送り出した。


 道中、イルザは無言であった。しかし、アウロラの方を何度かチラチラと見てくる。こういう態度は珍しくもない。魔女であるアウロラを嫌悪する者、いないように扱う者、侮蔑の目で見てくる者、様々だ。しかし、彼らは皆一様に魔女を恐れている。変なことを言えば、呪い殺される。そう思われていることをアウロラは知っている。

「……こちらです、魔女様」

 一つの扉の前に彼女たちはたどり着いた。

「ありがとう、イルザさん。終わったらまた王妃様のお部屋に戻れば良いのかしら?」

「王妃様はそのドレスをあなたのために集められました。お戻りにならなくとも大丈夫です」

「そう、王妃様によろしく」

「はい、それではわたくしは失礼いたします。ご健闘を祈ります」

 イルザは深々と礼をして、アウロラを置いて去って行った。

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