第40話 2021年7月7日(水) 不幸中の幸い

非特異性間質性肺炎、通称NSIP。


女性、非喫煙者、50歳未満の人が主に発症する特発性間質性肺炎。

間質性肺炎ではあることは間違いないためので、当然ながら肺が線維化する危険で厄介な病気であることに変わりはない。


ただ、特発性間質性肺炎の中で最も多く診断され、診断からの平均余命が3年短いとされる特発性肺線維症、通称IPFではなかった。

これは、私にとってまさに不幸中の幸いの話であった。

NSIPは、繊維化という病状が進行していなければ平均的に10年以上生存できているらしい。


病気そのものは特発性であるため、病状の進行のはっきりとした原因は分からないが、それでもこれまでの医学からリスクの高い要因は分かっている。

例えば煙草の煙やインフルエンザ等の身体に負担の大きな疾患だ。

そうなれば私がするべきことはそれらのリスクからできるだけ母を遠ざけるようにすることだ。


そして、私は今日ここに来た目的の一つについて、医師に質問した。

「母が来週にコロナワクチン接種の予約をしてきたのですが、接種しても問題ないでしょうか?」


「はい。是非とも接種されることをお勧めします」


医師は朗らかにそう答えてくれた。


「それでは、今回の診察は以上です。次回の検査は、また3か月後の10月ですね。年一回のCT検査もあります。予約日を出しておくので確認してください」


「ありがとうございました」

母は医師にお礼を言ってから診察室のドアを開けて廊下に出た。


このタイミングしかない。


私はそう思った。


部屋には私と担当医と研修医の3人のみ。

どうしても聞きたいことがある。


「ちょっと先生に気を付けないといけないこととか確認しておきたいことがあるから、先に会計に行っておいて」


私は診察室のドアの取っ手に手をかけたまま母にそう言った。

母は分かったと言って会計の方に歩いていった。


私はドアを閉めて診察室で医師二人に向き合った。

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