很可怜的东西 02
発言の自由を取り戻した男は、機関銃のようにまくしたて始めた。
男の名は魏順。
翔義安という小さな組織に所属する準構成員だった。
組員がある取引を成功させ、人参果の入手に成功した。
上から三大会傘下の市場に流通させるよう指示された魏順は、まず卸先である西紅柿会の系列店に流すことにした。
朱大人の病臥によって取引は打ち切られたが、上層部からのおとがめはなかったらしい。
「次はシマを変えて、別の系列店に流せって言われてたんだ。だから、店を畳んで……。もし嗅ぎまわるやつがいるようなら、捕まえて連れてこいとも……」
「〝連れてこい〟とは、また悠長だな」
まとまりのない男の話を聞いていた太白が懸念を示す。
都合の悪い相手を始末するのは、組織の手口としては自然なことだ。
深層であれば、遺体の処理にも困らない。
睡眠薬を嗅がせた後、マスクを破壊して放置すれば、24時間で呼吸器に異常をきたして死ぬ。後は治安局が事故死として片づけてくれる。
だが、捕らえて連れてくるとなると手間は増える。
こんな下っ端に、敢えて下す命令には思えなかった。
「間違いない。俺も確認したんだ。そしたら、『お前が気にすることじゃない』って」
「オマエ、信用されてナイネ」
「こんな仕事、上からの信用があるほうが面倒くせぇよ。他には何か言っていたか?」
坏杯の軽口をそっと窘め、少し深堀りして尋ねてみる。
こうした小さな違和感は、案外バカにできないものだ。
案の定。男は、しばらく天井を見上げた後、「あ」と間抜けた声と共に思い出した。
「気にするなと言われた後、こうも言われたんだ。『しつこいとお前も鉢植えにするぞ』って」
「鉢植え……?」
意外な単語の登場に、太白も首をひねる。
「何の意味カ? ジイサン、知ってる?」
「首まで地面に埋めて、頭蓋骨割って脳みそにヒヤシンス植える処刑がそんな名前だったが」
「ウエ。趣味悪いネ」
さっき他人の眼球に唐辛子を落とした人間の言い草ではないが、この話題は坏杯には不快なものらしい。
なので詳細には語らなかったが、この処刑について太白が常々思っていることがある。
人体でもっとも栄養が豊富なのは内蔵だ。
確かに脳は細胞が豆腐様に柔らかく、植物を根付かせることも可能だろう。だが、その後の植生を考えると、脳では水分が足らず、すぐ枯れてしまう。もちろん脳が傷つけば、人間もすぐに死ぬ。
だが、検体を生かしたまま腹部に植物を寄生させれば、宿主が生きている限り植物も成長することが可能だ。机上の空論だが、実際人間の体内で植物が発芽した事例もある。より長く苦痛を与えながら死に至らしめるなら、こちらのほうが適当ではないだろうか。
「まさかな」
妄想を一瞬で切り捨て、太白は魏順に向き直る。
先の拷問がよほど効いたのだろう。他に提供できる情報はないか、懸命に思い出そうとしているようだ。
眼球が上、左と忙しなく動いている。
案外、素直な性格なのかもしれない。
「もういいぜ。アンタは逃げろ」
「へ?」
「坊主、解いてやれ」
あっさり解放されることに驚いたのか、ぽかんとしている魏順。
坏杯は言われた通り縄を解きながら、太白に確認する。
「コイツ、連れ帰らなくていいのカ?」
「大黄瓜に連れてったって、余計な拷問に遭うだけだろ? お前さんの激震で出てこなかったなら、そいつは命がけの情報じゃねぇよ」
椅子から立たせた男にマスクを持たせ、その背中を軽く叩く。
「嫌な予感がする。アンタ、しばらく翔義安には戻るな。今度こそ身の保証はできねぇぞ」
太白の意図するところはわからなかったものの、魏順は懸命に頷く。
自分の手に余る事態になりつつあると察したのだろう。
「目の調子がひどい時は、旧北京街の俺の診療所に来い。今日明日は氷で冷やして、あんま触るなよ」
そう声をかけて送り出した。
「ジイサンがやったのに、ジイサンが治療するのカ? 矛盾ネ」
「目がつぶれちまったら、寝覚めが悪ぃじゃねぇか。なぁ、次からは激震じゃなくて、龍吐息くらいにしとこうぜ? 痛みで失神されたら意味がねぇよ」
「今も持ってるヨ」
「あるのかよ⁉」
「いちばんいい物出すの、生産者として当然ネ」
ニコニコしている坏杯の言葉に、太白はどっと疲労がのしかかってくるのを感じた。
思えば、今日は朝から大黄瓜の本部へ出向き、阿片窟へ行き、拷問をしてとフル稼働だ。
70歳超えの身には、完全にオーバーワークだった。
「日も暮れちまったし、帰るか。明日は翔義安を調べねぇとな」
「明日は畑に出たかったヨ。そろそろピーマンが収穫ネ」
「俺だって診療所閉めてんだよ」
互いに愚痴りながら事務所跡を出る。
霧に沈んだ深層街は、街頭の灯りだけがぼんやりと路地を照らしている。
そんな中を、眩いレーザーライトで照らしながらこちらへ近づいてくる一台の車が見えた。
いつでも建物内へ避難できるよう警戒しつつ、接近する車両を見つめる。
滑り込むように二人の横に止まった車のウィンドウに、疲労困憊の今、もっとも見たくない顔が覗いていた。
よくぞこんな狭い路地を進んできたと、運転手を褒めてやりたいほど長い車体のラグジュアリーリムジン。その後部ドアが開き、中からピリピリした声が飛び出してくる。
「早くお乗りなさいな! 外気が入りますわ」
蘇月嫦の声に促され、二人は渋々リムジンに乗り込んだ。
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