动荡的开始03
小間物屋でいいとゴネる坏杯を宥め、きちんとした看板の電化製品店でマスクを購入した後、二人は西紅柿会がバックに入る阿片窟を訪ねた。
件の人参果を仕入れていた店のひとつだ。
月嫦の情報では、最初に人参果が持ち込まれたのもこの店らしい。
阿片窟と言っても、現代の麻薬はそのほとんどがデジタルドラッグだ。
視覚、聴覚、嗅覚への刺激から脳神経にパルスを発生させ、疑似的な酩酊、高揚、感覚の鋭敏化などを促す。補助としてアルコールや導入の薬剤を用いることはあるが、基本的にはゴーグルひとつで成り立つ手軽なビジネスだった。
反して、生の麻薬はその価値をさらに高め、法外な価格で取引されている。
幸いなことに太白と坏杯はそちらの推に携わったことはないが、いずれ薬効の向上のためにお声がかかるだろうと予想していた。
『紅夢游悠館』は、昔ながらの娼館を兼ねた阿片窟だ。2000年代の建物に無理やり空調施設を取り付けた古臭い外見だが、これがレトロでいいという客もいるらしい。
大黄瓜の使いだと告げると、受付のボーイが一度引っ込み、店長を連れて戻ってきた。頭髪の禿げあがった、苦労していそうな顔つきの中年の男だ。
「お待ちしておりました。こちらへ」
応接用の事務所に通される。隣が妓女たちの待機部屋になっているらしく、ガラスのドア越しに下着姿の女たちが思い思いの姿勢でくつろいでいるのが見えた。
電子煙草やアルコールの匂いがここまで漂っている。
ガラス杯にお茶を淹れて出した店長は、応接ソファの向かいに座ると、大きなため息をひとつ。
まだ日が高いので多忙な時間ではないはずだが、雇われ店長にはやることがたくさんあるのだろう。
「時間は取らん。質問に答えてくれ」
「あの果物の件ですよね?」
自己紹介もなく用件を切り出す。店長も即座に応じた辺り、大黄瓜と西紅柿できちんと情報共有がされているようだ。
「最初に持ってきたのは、普段から酒や薬剤を仕入れている卸業者です。三大会のどこでもない所属なので、果物をもってきたときは驚いたのを覚えています」
生鮮品は入手困難で高額なことはもちろん、市場は厳しく仕切られている。
大黄瓜、西紅柿会、青椒荘以外の組織が参入するとなれば、事前の連絡があったはずだ。
「担当の男は清というアルバイトです。よくわからないけど、今後店で扱っていくから試してくれと言われ、渡されました」
パウチでパッケージングされたカットフルーツを渡され、妓女たちに食べさせたところ、大変美味しいと大好評だった。
「そこで、流通の報告も兼ねて上に共有したんです。そうしたら今後仕入れるように連絡が来て、系列店にも卸してくれるよう清に伝えました」
この店を本店として、複数の支店があるらしい。なるほど、それは事務作業も忙しいはずだと、太白はひとりで合点する。
「仕入れられる数に限りがあったので、ウェルカムフルーツとして扱ったんです。そうしたら客のやる気が上がって、業績も上がりました。リピーターも増えて。ところが、ある時期から……」
妓女たちに欠勤が目立ち始めた。
皆衰弱し、客を取れる状態ではなかったため、暇を出したという。
「客から人参果を食わされてたのか」
「美味しいですからね。おねだりしたり、こっそりサービスしたりして人参果を食べた女の子が、みんな体調を崩しました」
客によっては、妓女に果物を恵まない者もいるだろう。
そうした客の巡りで人参果を口にできなかった妓女が、禁断症状を起こしたのだ。
「その卸業者だが、結局どこから人参果を仕入れてたんだ?」
「それが、本部も探っていたようなんですがさっぱりで……」
太白と店長が話す内容を、坏杯はほとんど聞いていなかった。
どうせ自分が話に参加しても、半分も理解できない。
後からジイサンに教えてもらおうと思って、事務所の中を無遠慮に眺めていると、待機部屋の女たちと目が合った。
若い客が珍しいのか、それとも暇なのか。
幾人かの女がこちらを見て、肌もあらわに手招きをしている。
手にしたVRゴーグルを振っていることから、サービスを受けないかというお誘いらしい。
坏杯は女性経験がない。興味もない。
だが、ドラッグは楽しい、気持ちいいとは聞いている。
興味深そうにそちらを見ていると、太白が「やめとけ」と髪を引いてきた。
未練がましく女たちを見る坏杯だったが、
「舌がバカになるぞ?」
と言われ、即座に興味を失った。
「そんなことはないですよ? 一度なら中毒症状もほぼ出ませんし」
「万が一で脳の受容器に障害が発生する問題は、まだ解決してねぇだろう?」
デジタルドラッグの影響でもっとも障害が発生しやすいのが、味覚と嗅覚だ。
ドラッグが視床下部に影響を及ぼす際、味覚野と嗅覚野を圧迫する。効果が消えた後も感覚が戻らない事例はいくつも報告されていた。
店長の説明に間違いはないが、太白のいうこともまた正しかった。
「店での取り扱いは朱大人が倒れたことで取りやめになりましたが、今度は常連客が来なくなって……」
娼館で人参果を食べていた常連も供給が絶たれたのだ。
禁断症状で娼館通いどころではないだろう。
「その卸業者と話ができるか? 清だったか」
「いや、彼はもう職場を離れました。あの子も人参果を食べたらしく……」
客へ卸す分をちょろまかしていたのだろう。会社にバレて切られたか、禁断症状が出て働けなくなったかは不明だ。
「じゃあ業者に直接当たるしかないな。今でも仕入れを?」
「いえ、人参果の仕入れを断ったとき、ほかの商品も止められました。先週のことです」
「なるほど、助かった」
ソファから立ち上がる。すっかり退屈していた坏杯が、跳ね上がるようにして後に続く。
店長から卸業者の事務所を聞き出し、娼館を出た。
従業員が倒れ、仕入れ業者も変える羽目になり、店の状況も良くない。
店長の苦労顔にも納得がいった。
去り際、太白は
「あんたの店のお嬢さん方、あんまり悪いようなら俺の診療所に連れてきな。安く診てやる」
そう告げて店を後にした。
「ジイサン、お人よしネ」
「営業努力が大事なんだよ」
軽口を叩きながら、路地を進む。
一週間前に卸を切り上げたのなら、そろそろ他の販路も畳んでいる頃だろう。
事務所はもぬけの殻、ということも十分あり得る。
行動は早いに越したことはない。
幸い、事務所の住所は游悠館にほど近い。路地を抜けていけばすぐだ。
濃い霧が立ち込める路地道は、基本的に地元の人間でなければ使わない。
建物の隙間を縫うような細い道に踏み入ってすぐ、背後を歩く気配に気づいた。
近隣の住人ではない。足音を立てないよう、かつこちらに近づきすぎないように歩いているのが透けて見える。
「どうするヨ?」
「次の角だ。坊主先にいけ。待ち伏せに気を付けろよ」
「アイヨ」
素早く前に出た坏杯が、霧の角に消える。太白も続いた。
標的を見失うまいと、追跡者も速度を上げる。
角を出た瞬間、鼻っ柱に衝撃を受け、視界に火花が散った。
標的の老人にやられたと理解した時には、視界が90度回転していた。
狭い路地を地面から見上げるとこう見えるのか。
妙なことを思った瞬間、視界に軍靴の底が降ってきた。
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