动荡的开始 02

紅棍というが、要は監視だろう。エントランスを抜ける際、待機していた案内役の男から、合流のための場所を聞く。

ビルを出て向かった先は、新北京の繁華街だった。


繁華街といっても、既に外食の文化自体が衰退して久しく、大半の飲食業はデリバリーの形式をとっている。

店舗に出向いての会食は、基本的に超高級店のみのサービスだ。

そのほかはテイクアウトを求めるインフラ作業員が通うような店なので、実店舗を構える飲食店の方向性は二極化している。

そんな中、大黄瓜が直で野菜を卸すこの界隈は非常に稀な「大衆向けの会食型店舗」が多く軒を連ねていた。

味もいいが、超高級食材である生鮮野菜を比較的手ごろな価格で食べられることが売りだ。

大衆グルメを求める観光客が訪れることもあって、どの店も客で賑わっている。


しばらく喧騒を歩き、少し奥まった路地を抜けた先にポツンと建つ飯店の前で足を止める。

『黄菜酒家』と看板を出すその店は、他店のようにネオンの広告も派手な音楽も流さず、ただ店の灯りだけで開店を知らせていた。

エアクリーナーを浴びながら二重ドアを潜ると、温かい空調と料理の香り、そして

「ジイサン、こっちネ!」

聞きなれた声が出迎えた。


視線をやれば、店の奥にある家族用の卓に青年が座り、手を振っている。

目は松の葉のように細く、ニコニコと笑う表情は一見気さくな様子だが、だらしなく羽織ったジャケットの胸元にはちらりと龍の刺青が覗く。この青年も、大黄瓜の構成員だ。

名は貝坏杯(ペイ ペイペイ)。

冗談のような名前だが、大黄瓜の運営する孤児院(という名の構成員育成所)に所属する親ナシは、貝姓を名乗ると決まっている。孤児となった時点で名は持っていたため、このような姓名になってしまったと聞いている。


「紅棍って、お前さんかよ……」

ぼやきながら卓に近づくと、坏杯が店員を呼び、慣れたようすで

「このジイサンにいちばんキツイ酒。死ぬくらいのヤツネ」

と頼んだ。この店でもっともアルコール度数の高い酒は白酒だが、太白用に特別醸造のものが置かれている。つまり、常連だ。

「他には?」

と店員。「草菇炒青菜と滷水鴨、あと香拌木耳。そいつとは皿を分けてくれ」親しんだメニューを注文し、坏杯の向いに座る。

「坊主はいいのか?」

「ワタシ先に頼んだヨ。辣子鶏と麻辣拌時菜と……」

「全部激辛じゃねーか」

挨拶もなしに軽口を叩きあう程度には親しい仲だ。


この坏杯、貝家が管理する大黄瓜の『農場』の管理人のひとりだが、坏杯が担当する畑の一角を太白が借り受けたのが付き合いの始まりだった。

今の時代、天然の生薬を入手できる山野などまずありえない。

漢方薬の入手に難儀していると知った傲羅漢から、

「うちの山に生えているものなら、なんでも採取してかまわない。自家栽培が必要なら、畑を貸そう」

と提案された。

そうして太白に貸し出された畑の担当が坏杯だった。


当初は畑で顔を合わせて挨拶する程度の間柄だったが、太白の手が空かず畑に出られない時の手伝いを頼んだことから縁が深まった。

就学の経験がなく、会話はできるが読み書きはできない坏杯に、返礼として読み書きと簡単な護身術を教えることを提案すると、学校にあこがれていた坏杯は大喜びで交換条件に応じた。

この時代、学業は通信教育で受けるものだが、識字教育すら受けられなかった坏杯はそれ以前の段階だ。せめて初等教育の入り口くらいまではと思い、日々の授業を続けている。


残念ながら、勉強より武術のほうによほど適性があったのだが、それでも本人は楽しそうだ。

結果、坏杯はめきめきと腕を上げ、昨年太白とともにとある功績をあげたことで、準構成員から紅棍に昇格した。

正規の構成員となったため、既に貝家を出てもいい身分だが、畑の世話は続けたいらしく、所属はそのままとなっていた。


「で、ジイサンなんの用ネ?」

その坏杯が、ボディバッグから大小の小瓶を卓上に並べながら尋ねる。

これらは坏杯お手製の香辛料だ。

「なんの説明も受けてないのかよ?」

「貝のオッサンからココに行けと言われたヨ。ソレだけ」

運ばれてきた料理に、香辛料をぶちまけていく。冒涜的なまでに赤くなったそれらを、美味そうにつまみ始めた。


この青年がそういうのなら、本当に何も聞かされていないのだろう。あるいは、坏杯と太白が親しくすることを快く思っていない貝伴雄の嫌がらせかもしれないが。

少なくとも、坏杯に腹芸ができるほどの裁量はない。

面倒だが、状況をいちから説明する。途中、激辛料理を勧めてきたが丁重にお断りし、代わりに鴨を一切れ恵んでやった。坏杯はそれにも唐辛子をかけていた。


「つまり、あのアバズレのおつかいネ? お断りヨ」

「嫌と言える立場にねぇよ。俺もお前さんもな」

構成員の大半に嫌われている月嫦だが、特にこの坏杯には蛇蝎の如く嫌われている。なぜなら、月嫦のほうが坏杯を嫌い、細々と嫌がらせをしているからだ。

以前月嫦と遭遇した際、坏杯が彼女に見惚れなかったことが原因らしいが、精神年齢がローティーンの坏杯にそれは酷だろうと、太白は思っている。

それとなくフォローしてはいるが、所詮食客の身分だ。香主の行いを咎める権力などない。


「碌でもない案件なのは承知だが、下手に市場に出回れば厄介だ。傲の大将には悪いが、根絶させるのがベストだな」

「甘いモノには興味ないヨ。賛成ネ」

「だろうな」

激辛料理と青島ビールを交互に口に運んでいる青年を見ながら、太白も箸を進める。

青菜の炒め物も茸の和え物も、この新北京でなければ食べられない逸品だ。

それも大黄瓜が市場を管理し、生鮮の流通を司っているからこそだ。

この環境を破壊しようとする輩がいるなら、太白としても見過ごすつもりはない。

話を聞くに、人参果は市場に流すには強烈すぎる代物だ。強すぎる薬効は、中毒性を齎す以前に対象を殺めてしまうことも有り得る。それでは継続して利益をあげることはできない。

決して効率的ではないこの果物を、なぜ持ち込んだのか。

嫌な予感しかしないが、それでも傲羅漢の頼みとあれば断れない。

それは太白も坏杯も大差のないことだ。

うんざりする気持ちを飲み込むべく、酒を呷る。先ほど羅漢に振舞われた古酒に比べれば、酒精が強いばかりの代物だが、今の太白はこのくらいでは酔うこともできない。


ふと、坏杯の座る椅子の背に引っ掛けられた物が目に入った。

防塵布を重ねただけの、お粗末なマスクだ。

端金で賄える分、機能性もお察しの代物である。

「坊主、お前さんマスクはどうした? この前排気機能付きのやつ買っただろう?」

金がないからと安物を使っていた坏杯が、紅棍に昇格した祝い金で高性能のマスクを買ったのはつい先月の話だ。まさかたった半月で壊したのかと思ったが、農作業の経験から、道具は丁寧に扱うタイプだったはずだ。


坏杯は松のような眼を細め、肉の少ない頬を膨らませた。

「貝のオッサンに盗まれたヨ。問い詰めたら、作付け中の苗が心配とか抜かしやがった」

つまり、坏杯が育てている作物を人質に、彼のマスクを取り上げたのだ。

以前から孤児たちの搾取に精力的な男ではあったが、坏杯が昇格してからその頻度は上がっているらしい。

いずれ傲羅漢に報告することも視野に入れなければならないか。

また要らぬ問題を抱えそうだと、首を鳴らしながら考えた。


しかし、今の問題はそれではない。

「昼飯が終わったら、マスク買いにいくぞ。幸い、金はある」

カードを見せると、坏杯は嫌そうな顔をする。

「あのアバズレの金デショ? あいつに借りを作るのヤダヨ」

「借りじゃなくて必要経費って言うんだよ。この後深層街まで降りるからな。そのマスクじゃ肺が腐る」

街を覆う毒霧は、地表近くに行くほど濃厚になる。

畢竟、そこで生活する人間はいなくなり、アンダーグラウンドな商売が幅を利かせるエリアとなっていた。

娼館や阿片窟の他、幇に属さない非正規のマーケットが日々展開されている。

「西紅柿のシマには、大将が話着けてくれてるだろう。俺たちは地道に伝手を手繰るとしよう」

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