第46話 ビーチバレー

 スパンッ!


 前林の打ったスパイクが俺の腕を横切り、ズボッと砂浜にめり込む。


「よしっ!」


 筋肉のある腕でガッツポーズする前林に皐月が近寄り、


「やったね! 千起かずき!」


 ハイタッチした。ぷるん、と皐月の胸が揺れる。


 その光景を見て、俺は拳を握った。


 くそ〜羨ましい〜……。


「はい、5対3」


 成瀬がめっちゃダルそうにカウントする。


「喜太郎! 反応できてないじゃん!」


 梨沙子の愛のない指摘が俺の耳を貫く。


「アイツのスパイク早すぎるんだよ!」


 男女合流した俺たちは、海でボールを使って遊んでいた。


 その最中、「腹減ったなー」という前林の呟きにみんなが頷いた。


 それともみんなで食べに行くか、それとも買いに行ってくるか。


「せっかくだからここで食べたい」という御代の意見が通り、買いに行くことになった。


 問題は誰が買いに行くか。


 男や女だけで行くよりも男女ペアで行った方がナンパされないと吉田は言い、男女混合ペアのビーチバレー対決で買い出しに行く人を決めようと提案。


 前林、成瀬、御代、梨沙子が大いに賛成したことで開催となった。


 7点先取の総当たり戦。


 ビリのペアが食べ物担当、ビリから2番目のペアが飲み物担当となっている。


 チーム決めは、吉田がスマホに入れていたあみだくじアプリで決めた。


 その結果、前林・皐月、成瀬・御代、吉田・茉莉、俺・梨沙子という、俺以外は完全に好みが一致したペアとなった。


 吉田のやつ、これ絶対仕組んだろ。


 仕組んでなかったら、神様が俺のこと嫌いすぎる。


 で、現在、俺達は前林・皐月ペアと戦っている。審判は成瀬。


「千起のスパイク取れるの、喜太郎だけなんだからね! ちゃんと余所見よそみしないでボールに腕ぶつけに行ってよ!」


「余所見してないから!」


「嘘! 立花の胸見てたでしょ!」


「なっ!?」


 バレている……。


 だが、簡単に認めるわけにはいかない。


「見てないからー!」


「はいダウトー! トス上げる時に立花の胸見てたの、私見てたんだからね!」


 つか梨沙子のやつ、声がデカいって。


 なんでみんなに聞こえるように追及すんだよ。


 ほら~。皐月が胸を隠して俺のことを睨んできちゃったじゃん。


「喜太郎……」


 横からムスッとした声がボソッと聞こえた。


 見なくてもわかる。茉莉だ。


 あー、終わったー。


 この海で皐月と距離縮める計画終わったー。


 こうなったら、せめて試合には勝ってやる。


「くそっ! わかったよ、もう見ないから!」


 俺は梨沙子の胸を見た。


 真横に広がる海より平坦なそれは、俺の波立った心を落ち着かせた。


「おいキタロー。テメーどこ見てんだゴラ」


 梨沙子が凄む。


「お前の逗子海岸だよ」


「殴る」


「はいはい落ち着いて。つか2人とも、もう後がないから」


 成瀬がマジでめんどくさそうに止めてくる。


 俺と梨沙子は深呼吸した。


「とりあえず、いがみ合いはやめて、勝つぞ」


「そうだね。まずは立花達を倒すのが先ね」


「ああ!」


 過去一番に意気込んで1点は取り返したものの、前林のサーブに翻弄され、7対4で俺達は負けた。


「くそ~」


「千起強すぎ」


 俺達が普通に落ち込んでいると、成瀬が肩に手を置いてきた。


「さ、代われ。負け審だ」


 審判を代わった俺は、改めてコートを見た。


 成瀬・御代ペアと吉田・茉莉ペアが手作りコートの中に入る。


咲太さくた、やるからには勝つよ!」


「お、おう! 任せろって!」


 うわっ、成瀬のやつ気持ちわりー。にやけが抑えられていないぞ。


「早川、勝とうな」


 吉田の言葉に、茉莉はこくりと頷くだけった。


 他の女子に比べてあまりの塩対応だが、茉莉にとってはこれが平常運転である。


 俺は咳払いをし、試合開始を宣言した。


 ジャンケンに勝った成瀬が、わりと厳しいコースのフローターサーブを打つ。


「オッケーっ!」


 手短に伝えた吉田が砂浜に飛び込んだ。


 え、マジかよっ!


 ラインぎりぎりインの成瀬のサーブを吉田が片手で上げる。


「すげぇっ!」


 この場にいる誰もが思った。


 成瀬は「マジかよっ!」と驚愕し、御代は「ひゅー」と口笛を吹いていた。


「早川っ!」


 吉田が叫んだ時には、すでに茉莉はボールの落下点へ走っていた。


 そして無言で吉田が打ちやすいであろう場所にトスを上げる。


「ナイスっ!」


 トスを上げるころには立ち上がっていた吉田が茉莉を褒めつつ、スパイクのモーションに入る。


 茉莉の凄い所は、身体能力ではなくスポーツIQである。


 状況を瞬時に判断し、機械のように冷静に、そして的確に物事を処理する。


 そして吉田の凄い所は身体能力。素早くて力強い。


「いけっ!」


 その2人の噛み合い具合に、中立でいなきゃいけないはずの俺が吉田達を応援していた。


 吉田が砂を跳ね上がらせて跳び、ボールをスパンッと打つ。


 ズササッ!!!


 回転のかかったボールが、砂浜をえぐった。その間、成瀬と御代は全く動けなかった。


 なんというコンビネーション。息ぴったりじゃないか。


「よしっ! やったな!」


 吉田が茉莉に向かって手を広げる。


 しかし、茉莉は「まだ終わってない」と言ってハイタッチを無視し、サーブを打つ準備を始める。


「じゃあ、全部勝ったらハイタッチしような」


 吉田は嫌な顔1つせず、相手コートを見る。


 一方、成瀬や御代も笑みを浮かべながら吉田ペアを見た。


「まだ1点取られただけ。挽回しよ」


「おう!」


 そして場外にいる前林と皐月は2人でコートを応援していた。


 あー……みんな狙っている女子と青春してるよなぁ~……。


 そんな虚しい思いを抱いたまま、俺は審判を続行した。


 結局、吉田と茉莉の息の合ったコンビネーションにより、7対3で吉田・茉莉ペアが勝った。


「よっし! まずは1勝!」


 吉田が片手を広げると、茉莉が呆れたようにパチンと手を合わせた。


「次も勝とうな」


 吉田の言葉に茉莉は頷いた。


 どうやら、少しずつ距離を縮めているようだった。

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