第44話 海にて、女子を待つ

 ざっぱーん。


 潮の香り。久しぶりに嗅ぐ。


 なんとも良い香りだ。


 海も、横浜のドブ川なんかと比べ物にならないほど透き通っている。


 そう、現在、俺は逗子海岸ずしかいがんにいる。


 正確には俺だが。


「おい、滝藤」


 成瀬が俺の肩を叩き、耳元に話しかけてくる。


「どんな水着着てくるか、楽しみだな」


「……ああ」


 俺は鼻をこすった。伸びた鼻の下を隠すために。


 メンバーは男子4人、女子4人の計8人。


 茉莉や梨沙子などの見知った顔ぶれや、吉田・前林・成瀬などのイケメンもいるが、今回の目玉は何と言っても2人の女子だ。


 1人は皐月さつき立花りっか


 4組の二大トップの1人で、学校トップレベルの人気を誇る同じクラスの人間。


 うちの高校にはプールが設備されていないので水着姿を拝むことは諦めていたが、まさか水着姿を見ることができるとは。


 体育祭である程度の身体のラインはわかっているのだが、脱ぐまでわからないというのが俺の持論だ。だって、お腹とか隠れているしね。


 どんなプロポーションをしているのか、気になるところではある。


 もう1人は、御代みしろかえで


 バスケ部のスーパールーキー。屋内スポーツだが、よく外で練習しているらしく、肌は褐色だ。


 多分、良い具合に絞られているんだろうな。気になるところではある。


 で、今回、俺としては皐月立花とお近づきになりたい。


 理由は単純。


 顔がタイプだからだ。


 欲を言えば、10分ほど2人きりお話したいが、そんなのは無理難題というもの。


 だから、せめて10秒だけでも皐月と2人で話したい。


 頑張るぞ!


「それにしても女性陣の奴ら、遅くない?」


 成瀬の発言に、「そうだな」と前林が同意する。


 逗子海岸に着いた後、すでに水着を着ている男性陣となんか「準備があるから場所取っておいて」と言った女性陣に分かれた。


 そわそわする気持ちもあって、鹿島の命令に従い、場所取りをした俺達であった。


 それから15分経っているが、未だに女性陣が来る気配がない。


「何かあったかもしれない」


 吉田が心配そうな声を出して、女性陣と別れた地点を見る。


「ナンパとかされてるんじゃね?」


「まっさかー」


 成瀬の推測を前林が笑いながら否定するが、


「いや、あるかもよ」


 俺は成瀬の意見に同意した。


「だってさ、ウチの学校トップレベルの奴らだぜ?」


「そうだよ」声が大きくなる成瀬。「それに、すらっとした楓もいるんだ。ナンパされないほうがおかしいだろ」


 成瀬よ、梨沙子もあげてやれ。可哀想だろ。


「………やっぱ俺、見てくるわ」


 俺達の推測を聞いて、居ても立っても居られなくなった吉田が歩き出す。


 それを成瀬が「まぁまぁ」と止め、


「大丈夫だって。ここで待ってようぜ。立花がいるなら大丈夫だろ」


「でもっ!」


「茉莉も大丈夫だと思うぞ。アイツも普段からナンパされまくってるから、対処なんか楽ちんよ」


 茉莉は小学生の頃から異性に声をかけられていた。


 色んな異性に声をかけられていたが、なびいたことは一度もない。


 それにここは人の量が多い。女子が本気で悲鳴をあげたら、俺らじゃなくても誰かしら助けにくるだろう。


「……………」


「あと10分して戻ってこなかったら、探そうぜ」


 前林の提案に、吉田は渋々了承した。


「それにしても滝藤、お前、早川とデートしたことあんのかよ」


「デートっていうか、2人で遊びに行ったことがあるくらいだな」


「それをデートっていうんだよ」前林が羨ましそうに言う。「付き合ってんじゃん、それ」


「付き合ってねーよ」


 手を繋いだり、キスをしたり、恋人っぽいことは何一つしてない。


「つか、お前はどうなんだよ。今日、誰目的で来たわけ?」


 訊くと、前林が小さくモゴモゴと、


「立花……」


 なに……?


 こいつまさか、俺と同じで皐月狙いなのか。


「俺は楓かな」


 訊いてもいないのに成瀬が答えた。


「部活中、ついつい隣見ちゃうんだよね〜」


 そういえば成瀬のやつ、御代と同じでバスケ部だったな。


「あの胸のない奴のどこがいいんだよ」


 前林の挑発に対し、成瀬は冷静に返す。


「性格。話してて楽しい。しかもアイツ、あー見えて料理ができるんだぞ」


「へぇー、それはプラスポイント。昴流、お前は誰?」


 言うかどうか迷っている素振りを見せていたが、成瀬と前林の圧に屈した。


「……茉莉……」


「おお〜!!! やっぱりか!」


「バラすなよ?」


「つか、バレてんじゃね? なんとなく好きってオーラ出てるし」


「出てないだろ」


 うわ、梨沙子のこと好きなやつ誰もいないんかい。


 可哀想すぎるだろ。


 ――――いや、同情している場合じゃない。


 気付くと、成瀬が俺の方を向いていた。「で、滝藤は梨沙子だろ?」


「は!? ちげえーよ!」


「嘘つくなよ。お前と梨沙子が仲良いこと、知ってんだぜ?」


「ふっざけんな」


 仲は良いが……異性として興味はあるが……今日の狙いは皐月立花だ。


 梨沙子とくっつくように仕向けられては困る。


「ふっざけんな」


 ここは断固否定させてもらう。


「じゃあ誰だよ」


「俺は――――」


「お待たせ~」


 聞き覚えのある可愛い声が聞こえた方を向くと、そこはキラキラと輝いていた。

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