第42話 チーキーガールと茉莉と喜太郎

 ざぱーんと湯船に入る小幸。湯がお風呂から盛大にこぼれ落ちる。


「小幸、湯がもったいないからゆっくり入るよ」


 私は手本を見せるように、脚からゆっくりと入った。


「えー」


 ぶー、と口を尖らせたのも一瞬、すぐに機嫌を直して私の胸に飛び込んでくる。


「茉莉ちゃんの肌、ママのよりもきれいですぅ」


 肌触りを確認するように、手を何度も私の肩と二の腕を行ったり来たりさせる。


「ありがと」


 私から言わせれば、小幸の肌の方がスベスベだけどね。傷1つないし。


「……ねぇ、茉莉ちゃんは、なんでキタローなんかと仲がよいのですか?」


 なんか、ね。


 周りのみんなは、私と喜太郎の関係に疑問を持つ。


『なんであんな冴えない男と?』


『どうしてサッカー部のキャプテンとのお誘いを断って、アイツと海に行くの?』


『もっと良い人がいるよ』


 喜太郎の良さに気付けないなんて、なんて可哀想な人なんだろう。


 小幸もくだらない質問をするけど、本当は気付いているはず。


 喜太郎が素晴らしい男の子だということを。


 小幸のことは、喜太郎から少し聞いた。


 1週間弱、両親と離れるなんて淋しいはず。


 なのに小幸は元気にしている。


 それはきっと、喜太郎の人柄がなせる技なんだと思う。


「それはね……喜太郎に、元気をもらったから。小幸も、もらったんじゃんない?」


「もらってないですぅ。むしろムカついてばっかですぅ」


 うんざりしたように言うけど、顔はやけに満足気だった。


「そろそろでたいですぅ」


「入ったばかりだよ」


 湯舟に浸かることなんて、そうそうない。


 もう少しだけ浸かっていたい。


 でも、小幸が本当に辛そうな顔をしていたので、出ることにした。


「じゃあ、10数えたら出よう」


 一緒に数え、0と同時にばしゃーんと小幸が出た。


 また湯が溢れる。


 ごめん、喜太郎。


 洗面台で髪をしっかり乾かしたあと、部屋に戻ると、小幸が喜太郎にビシッと指を差した。


「あー! キタローがアイスたべてるですっ!」


「別にいいじゃねぇか。この部屋暑いしさ」


「れーぼーつければいいじゃないですか!」


「電気代がもったいない」


 喜太郎と小幸が楽しそうに言い合ってる。


「喜太郎、風呂ありがと。空いたよ」


「おっけー、じゃあ入っちゃうわ。風呂から上がったらさ、3人でこのゲームしようぜ」


 喜太郎はコントローラーを持ち上げた。


 テレビに映っていたのは『F-ZERO GX』というゲームキューブのゲーム。


 小幸を絶対に倒そうとする意思を感じる。


「げぇーむなんてコドモっぽいですね」


「お、なんだ? 勝てないからビビってんのか?」


「かっ、かてますですぅ〜。ちょっとやればすぐキタローなんか抜くですぅ」


「へぇー、それは楽しみだ。負けたら罰ゲームだからな?」


「じょーとーです!」


「茉莉も罰ゲームやるからな」


「いいよ」


 喜太郎は満足そうな顔をして、浴室へと向かった。


「茉莉ちゃん! ぜったいかちたいので、おしえてくださいです」


 このゲームは一朝一夕で勝てるゲームではないけど、小幸に教えられるだけ教えてみた。


 で、その成果だけど、


「ほれっ!」


 ズガン!


 喜太郎が乗る漆黒のブラックブルのサイドアタックによって、小幸の青いブルーファルコンが破壊される。


「あっ!」


 ボンボンボン……………ちゅどーん!


 ブルーファルコンが無残に砕け散った。

 

「ずるいですっ!」


 大人げない喜太郎に、小幸が半べそでキレる。


「これね、こーゆーゲームだから」


「ずるい~! ずるいですぅ……」


 今にも泣きそうだった。


 F-ZERO GXはマリオカートとは違い、アイテムがなく、コースの暗記とテクニック、マシンの能力の3つのみで勝敗が決まる、シンプルながら奥深いゲームである。


 故に、素人が玄人に勝てる道理はない。


「油断してる方が悪いんだよ」


「そうだね」


 油断していた喜太郎のブラックブルを私のレインボーフェニックスが横から追い抜いた。


「あ、茉莉っ!」


 喜太郎が慌ててブーストするが、私には追いつけず、私はそのまま1位でゴールした。


「茉莉め……」


 喜太郎が悔しそうに私を見る。


「そーゆーゲームだから」


「ぐぬぬぬ……………」


「ダサいですぅ!」

 

 口ごもる喜太郎の隣で小幸が高らかに嘲笑あざわらった。

 

「茉莉のコバンザメが! つか、お前だって負けただろ」


「うぅ……というか、このゲーム、むずしいですっ!」


 小幸はコントローラーを地面に放り投げた。


「ねぇ、マリオカートの方が小幸も楽しめるから、そっちにしよ」


「えー」


「わたしにまけるのがこわいですか?」


 小幸は挑発的な笑みを喜太郎に向けた。


 この歳ですでにその顔が出来るなんて。


 きっと小学校ではグループの中心にいそう。


「はっ、舐めんな。けちょんけちょんにしてやる」


 見事挑発に乗った喜太郎。


 ゲームを入れ替える時に、喜太郎が小幸に言った。


「負けても駄々こねるなよ」


「ダダこねないですぅ~!」 


 こうしてマリオカートが始まった。


 時に笑い、時に絶叫しながら3人でやるゲームは、今までのゲームで一番楽しかった。


 喜太郎と小幸がお互いにあおる姿は、永遠に見ていられる。


「――――っ」


 瞬間、目の前には幼い頃の私とお姉ちゃん、そして父親でゲームしている場面が目の前に広がった。


「おっしゃー! ぶち抜いたぜ!」


 喜太郎の歓喜の声で、幻は現実に戻った。


「茉莉ちゃん、どうしたですかっ!? ゆだんしたですか!?」


 私としたことが、つい理想の過去を見てしまった。


 父親の顔なんて見たことないというのに。


「…………大丈夫」


 私は、トゲゾーこうらを射出した。


 青色の甲羅こうらが喜太郎が操るマリオへ一直線。


「やっ、やめろぉー!」


 ズドーンと爆発し、マリオが吹っ飛ぶ。


 マリオが立て直している間に小幸、次いで私が抜かしていき、そのまゴールした。


「くっそー、マジでクソゲー!」


「そーゆーゲームですぅ」


 自分が吐いた言葉をそのまま返され、本気で悔しがる喜太郎。


「まぁまぁ」


 私がなだめると、唸りながら、


「もう1回っ!」


 私達3人は、午後10時半過ぎまでゲームを楽しんだ。


 小幸がとても眠そうにしていたので、私達は寝ることにした。


 名残惜しい気がしたけど、小幸はまだ私達よりも子ども。


 睡眠は大事。


 タンスから引っ張り出して来た敷布団2つ。


 そこに私、小幸、喜太郎の順で川の字で寝る。


「じゃあ、消すぞ」


 私と小幸はこくりと頷いた。小幸はすでに眠そうだった。


「おやすみ」


「おやすみなさい」


「おやすみなさいですぅ……」


 喜太郎が電気を消した。


 しんと静まる真っ暗な暗闇の中、3人の息遣いが聞こえる。


 そのうち1人は、可愛らしい寝息を立てていた。


 小幸だった。


「小幸が寝るの早いからよ、俺も早寝の習慣が付きそうだよ。せっかくの夏休みだっていうのに」


 喜太郎の小声が聞こえた。喜太郎の方へ向くが、暗くて顔が見えない。


「いいじゃん。健康的だよ」


「茉莉はまだ眠くないのか?」


「ううん、眠ってしまうのが少しもったいないだけ」


「なんでだよ?」


「だって、あまりにも楽しいから」


「そうか」


「これが、家族なのかな」


 私の家族には、家族団欒だんらんと呼べる時間を過ごしたことが少ない。 


 だから、家族がどんな会話をして、どんなふうに過ごしているのかわからない。


「さぁな。俺もあんまり過ごしたことないからわからん」


 喜太郎の家も、家族はいるけど仲は良くない。


「でも、茉莉だったら、ちゃんとしたお母さんになりそうだよな」


「どうして?」


「アイス食べた時とか、料理作ってた時とか見てたら、そんな気がした」


 布が擦れる音がした。


 きっと、喜太郎が私とは反対方向へ寝返った。


「さ、もう寝ようぜ」


「うん、おやすみ」


 あぁ……、お姉ちゃん。


 ごめん。


 やっぱり私—―――――喜太郎のことが好きみたい。


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