第41話 チーキーガールと茉莉②
店を出た後、小幸との約束を守るため、ファッションビル1階にあるアイス屋へ向かった。
オシャレな店構えのアイス屋の横にあるメニューを小幸に見せる。
「小幸、何がいい? 値段500円以下なら何でも頼んでもいいぞ」
「それだと、なにもたのめないですぅ……」
「喜太郎、小幸の分は私が出すから」
「冗談だよ。ただ、こうでも言っておかないと、小幸はバカ高いもの頼むからな」
「キタロー、これがいいですっ!」
小幸が指差したのは、トゥインクルアイスとかいうこの店で一番高い1870円のアイスだった。
説明文の『全部盛り』よろしく、店のあらゆるトッピングを盛り付けた、カオスなアイス。
「ほらな」
「あー……」
茉莉が納得しつつ、小幸のもとへ近づく。
「これ食べると、夕飯しっかり食べられないから、もっと小さいやつにしよう」
そんな優しい言い方してもコイツは聞かない―――
「そうしますですぅ」
小幸は700円くらいのアイスを指差した。
「選ぶんかい」
結局、俺は安定のバニラアイス、小幸はバニラよりは割高なキャラメルチョコレートアイス、茉莉はコンビニでは見かけない味であるクリームソーダアイスを頼んだ。
3人でレジに向かい、注文を済ませると女子大生らしき店員がにこやかな笑顔で、
「仲の良いカップルですね」
「ちが―――」
「ええ、まぁ。ありがとうございます」
茉莉の言葉を遮って、お礼を述べた。
小幸が反論してくるかと思ったが、空気を読んでか、何も言わなかった。
「お待たせしました。バニラ、キャラメルチョコレート、クリームソーダです。ありがとうございました」
店員からスプーンが刺さったアイスを受け取り、席へ着く。
「喜太郎、どうして否定しなかったの?」
「あー言ったほうが、滞りなく会話が終わるだろ」
否定すれば、少し会話が長引く。アイスは1分1秒でも早く食べるのが定石だ。
現に空気を読んだ小幸は、アイスを美味そうに食べ始めていた。
「俺らも食べようぜ」
茉莉は頷いて、アイスを一口食べた。
口には出さないものの、表情からして美味しいと感じていた。
甘い物が好きなのに、節約生活で食べていない茉莉にとって、夏の暑さの中で食べるアイスは、さぞ身体に染みるだろう。
「ねぇねぇ茉莉ちゃん。これ、おいしいですよ」
小幸はスプーンですくったアイスを茉莉に差し出した。
ちょっと照れながらも、茉莉は食べせてもらった。
「おいしいですか?」
「うん、美味しい」
「小幸も食べる?」
「はいです!」
嬉しそうに頷き、スプーンを頬張った。
「茉莉ちゃんのもおいしいです!」
「よかった。喜太郎も食べる?」
「お、いいのか?」
茉莉が頷き、スプーンですくって俺の口元に近づける。
いや、流石に「あーん」は恥ずかしい。
「いいって、自分で食べられるから」
俺は自分のスプーンで茉莉のアイスを食べた。
「うまっ! マジで美味いな」
すっきりとした甘さのソーダアイスに含まれる小粒のキャンディーが、口の中でぱちぱちと弾けた。
「喜太郎のもちょうだい」
「いいよ。こっちもなかなか美味いぞ」
俺がアイスの入ったカップを茉莉へ近づけると、茉莉は控えめにすくった。
「うん、美味しい」
「な。小幸も食べるか?」
「いいんですかぁ? もらっても、わたしはあげないですかよ?」
「ダメ。小幸。貰うならあげないと」
「いや、別にいいよ。食べすぎると腹下すから」
俺は小幸に向かってカップを近づけた瞬間、「今だ!」とばかりに小幸が豪快にアイスをすくう。
「あ、取りすぎだぞ小幸!」
「わたしのヒトクチは、これぐらいなのですぅ〜」
このやろう……にんまり笑顔で言いやがって。
甘い顔をしたのが間違いだった。
「もう、小幸ったら。……私のやつ、もう少し食べる?」
「いや、いいよ。この恨みはずっと残しておく」
今日の夜、小幸の枕元にゴキブリのおもちゃを仕込んでやる。
そんなこんなでアイスを食べ終わり、少しゆっくりしたところで、
「さて、帰るか」
俺は帰宅を提案した。
茉莉は菜月さんの晩飯を用意したり、残った家事を片付けたり、やることがいっぱいある。
「茉莉ちゃん、りょうりできるですか?」
小幸が唐突に訊く。
「少しね」
「いや、とんでもなく出来るぞ。昨日来た茉莉の姉貴とは比べ物にならないほど」
俺が訂正した。
どうも茉莉は自己アピールが苦手なようだ。
茉莉の料理は、今まで食べたどんな手料理よりも美味しく、レパートリーも多い。
食べたい料理を写真で見せれば、手順を見ることなく作ることが出来る。しかも、ちゃんと美味い。
「ファミレスの数倍美味いぞ」
「へぇー!」
小幸が表情を輝かせた。
「茉莉ちゃんのつくったりょうり、たべたいですぅ! きょう!」
小幸の要望に、茉莉はほんの少しだけ驚いていた。
「おい、ワガママ言うなって。茉莉が困ってるだろ」
「えー、たべたいですぅ! ぜったいたべたいですぅ……」
まぁ、気持ちはわからなくはない。
朝食の味噌汁は、いつも渋い顔で
今日の昼飯なんか、外に食べに行きたいと必死で訴え、それが叶わないとわかった瞬間、ひどく落胆していた。
「喜太郎がいいならいいよ」
「えっ、いいのか? でも菜月さんは?」
「大丈夫。連絡しておく」
茉莉はスマホで菜月さんに送るメッセージを打ち始めた。
※
俺の自宅近くのスーパーで買い物をした後、俺の家に来た。
スーパーでは、小幸がノリノリで野菜や肉を買い物カゴに入れ、カートを引いていた。
部屋に入るとすぐ茉莉が、
「……あのリュックサック、喜太郎のじゃないよね?」
「ああ、梨沙子のだよ」
「梨沙子、ここに来たんだ」
「ああ、宿題をやるためにな。結局小幸と遊んだから、宿題なんか1ミリも手に付けず帰ったよ」
「ずいぶんと仲良くなったんだね。名前で呼んでるし」
言い方に棘があった。顔もちょっと恐い。
「茉莉ちゃん、おりょうりつくるところみせてください」
茉莉が驚くくらいの勢いで、小幸が茉莉の手を引っ張って台所へ連れて行った。
小幸ナイスゥ!
小幸に促されるまま、茉莉は料理し始めた。
慣れた手付きで具材を洗い、切っていく。
「おお〜……すごいですぅ……」
「な、すごいだろぉ〜」
「……なんで、キタローが自慢するですか?」
「そりゃあ茉莉の料理の成長をずっと近くで見ていたからな。懐かしいぜ〜。最初は目玉焼きすら作れなかったんだからな」
「そうなのですか!?」
茉莉は表情ひとつ変えず、こくりと頷いた。
目はまな板一点に注がれている。
恐るべき集中力だ。
それにしても茉莉のやつ、さらに料理の腕が上がったな。
「良い匂いだなぁー」
「キタローはてつだわないのですか?」
「なんか、手伝うことある?」
「ない」
「だそうだ。俺はあっちでテーブルでも準備して待ってるわ」
「ねぇ、ここでみててもいいですかぁ?」
「いいよ」
小幸は興味深そうに覗き見る。
俺や菜月さんが料理してる時は寄りつこうともしなかったくせに。
でもまぁ、小幸が楽しんで、それを茉莉が
風呂の準備や洗濯、テーブル拭きなど、料理以外の家事をして待つこと数十分、
「出来た」
茉莉は3人前を難なく作り終えた。
せめて料理を運ぶくらいはやろうと立ち上がった瞬間、小幸が料理をせかせかと運んできた。
家事を一切手伝わなかった小幸が、まぁなんということでしょう。
私は茉莉ちゃんを手伝ったよ、といったばかりに働くではないですか。
いやー、茉莉にはクソガキを働き者にするカリスマ性を備えているんだなぁ。
3人揃ったところで手を合わせて、いただきますと挨拶したあと、まず最初にがっついたのは小幸だった。
「とってもおいしいですっ! プロですよプロ!」
バクバク食べ始めていた。
「ありがと」
俺も一口食べてみる。
「おいしい。さらに腕を上げたんじゃないか?」
「どうかな」
そう言いながら、茉莉も一口食べた。
まぁまぁの出来、と言った感じで頷いた。
楽しくワイワイ食事を楽しんだあと、食器の洗い物は、小幸と茉莉の2人が仲良く行う。
小幸が話し、茉莉がほどよい相槌を打っている姿は、ママが大好きな娘とそんな娘に呆れながらも楽しそうに相手しているママにしか見えない。
そんな姿をボケーっと見ながら思う。
小幸のやつ、ずいぶんと茉莉に懐いたな。
多分、今まで会ってきた人達のなかで、一番何でも出来る身近な年頃の人だからだろうか。
とにかく、俺や梨沙子と一緒にいる時とは比べものにならないほど、楽しそうにしている。
ならよかったか。
洗い物が終わった頃にはすでに午後8時だった。
そろそろ帰る時間だと茉莉が感じているのか、帰り支度を始めている。
「え、茉莉ちゃん、かえっちゃうですか?」
「うん、明日バイトだし、お姉ちゃん待ってるし」
「えー」
小幸は心底残念そうな顔をした
「いっしょにねたいです……」
小幸は前を向き、茉莉に詰め寄る。
「茉莉ちゃんといっしょにねたいです。……だめですか?」
小幸の泣きそうな顔に、茉莉がほんの少しだけ困った顔をした。
「えーっと」
上目遣いで俺を見た。泊まっていいのかな、って思っているな。
「いいに決まってるだろ。小幸も喜ぶし、たまにはアリだろ」
「じゃあ、泊まる」
やったーと小幸が喜んだ。
心なしか、茉莉の頬が少し緩んだ気がした。
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