第40話 チーキーガールと茉莉①

 改札を出ると、溢れんばかりの人が右へ左へ流れていく。


 平日だが、夏休み期間なだけあって、人通りはとても多い。


 さて、今日は茉莉と水着を買いに行く日。


 本来は2人で行く予定だったが、諸事情により小幸がいる。


 生意気な小幸であろうと、家で留守番させて遊びにいくほど薄情ではない。


 さて、茉莉から来たメッセージをもう一度確認しておくか。


『13時半、横浜駅中央北口改札近くのドトール前に集合』


 うーん、なんとも簡素なメッセージだ。


 なんか、スパイになった気分を味わせてくれる。


 そして現在13時半。待ち合わせの時刻から30分前に集合した。


 これにはちゃんと理由がある。


 茉莉は基本、遅くても10分前には待ち合わせ場所に来る。


 だが、それでは駄目なのだ。


 茉莉を5分間放置すると、ナンパ野郎か、スカウトマンか、胡散臭うさんくさい男性が寄ってくる。


 だからこうして早く茉莉を待っている。


 一度引っ付いた男をがすのは結構めんどくさいし、茉莉もうんざりしているからな。


 ここは思いやりを見せる時だ。


「キタロー、暑いですぅ。ドトールの中、入りたいですぅ」


 日差しが無いとはいえ、駅は元々の気温と人混みによる熱気で暑い。


「あとで好きなデザート買ってやる。だから、今はこれで我慢しろ」


 さっき駅構内で買った未開封の烏龍茶を小幸に与える。


 悪いが、小幸と茉莉だったら俺は茉莉を優先するからな。


 1分ごとにボヤく小幸を受け流しつつ待っていること10分。


「ごめんね、待たせちゃった」


 改札から俺達の姿が見えたところで、駆け足で向かってきた。


「いやいや、今来たところだから。つか、茉莉が来るの早すぎるんだよ」


「喜太郎の方が早い」


 若干非難するような目で俺を見た。


「はぁ……またオンナですかぁ」


 呆れた溜息をついた小幸の発言に、茉莉が反応する。


「また?」


 じろっと俺を見る茉莉。


「いや、言い方……」


 そんな言い方したら、女としか遊んでないみたいじゃん。


「女をとっかえひっかえ、タラシみたいですぅ」


「とっかえひっかえ………?」


「ちょっとちょっと! 言い方がよくない!」


 取っ替え引っ替えって、小幸のやつ、なんちゅー言葉を使うんだ。


「そんなに女子と遊んでたんだ」


「2人だけだ。しかも、1人はお前の姉貴だぞ!」


「素晴らしい女性だよ。お姉ちゃん綺麗だし」


「まぁ、世間一般で見たら綺麗なんだろうけどな。いかんせん、中身がな」


「それ、お姉ちゃんに言っとくね」


「ごめんなさい」


 一通り話したところで、茉莉は膝に手を付き、小幸と目線の高さを合わせる。


「こんにちは。早川茉莉。お名前は?」


「………滝藤……小幸……です……ぅ」


「小幸ね。よろしく」


「ほら茉莉、そんな仏頂面プラス抑揚のない声は怖いだけだぞ。はい、笑顔笑顔」


 俺のアドバイスに従い、茉莉はにぃっとした。


 ……微笑。しかも固い。


 まぁ、あれでも精一杯頑張ってるから良しとするか。


 突然、茉莉が俺に近づき、耳打ちする。


「ねぇ、今日は小幸のために遊んであげよ」


「はぁ? 何を言ってるんだ。今日は茉莉の水着を買うために来たんだぞ」


「水着なんて――――」


「いるよ。俺が見たいんだ。茉莉が海ではしゃぐ姿を。今年くらいは」


「………」


 茉莉は少しだけ目を丸くした。


「それに、小幸と俺が遊ぶと必ず嫌なことが起こるんだ」


 俺の発言に、小幸はうつろな目でこくんこくんと頷いていた。


「だから今日はお前の水着を買いに行く。さ、行くぞ」


「何があったの……?」


 後ろで呟く茉莉を背に、俺たちは歩き出した。


 ※


 横浜駅から徒歩3分のところにある薄茶色のファッションビルの4階、レディースコーナーに着く。


「よくこんな場所知ってたね。もしかして、女出来た?」


ちげぇーよ。調べたんだよ。ここなら安くてオシャレな水着があるってネットに書いてあったからな」


「そう」と相槌を打ちつつ、茉莉は店頭に置いてある水着を手に取ってタグを見る。


「安い」


「だろ」


 茉莉はちょっとだけ嬉しそうな顔をした。


「喜太郎は、どーゆーのを着てほしい?」


「ビキニかな」


 布の面積が少ないからね。


「わかった」


 茉莉は迷わずビキニを2つほど見繕って試着室へ入った。


「キタロー、ビキニが好きですかぁ」


「俺も含め、大抵の男は好きだよ。それに茉莉は痩せてるからな。くびれで男を悩殺のうさつできるよ」


「のうさつってなんですぅ?」


「女性の魅力で男を骨抜きにすることだよ」


 それにしても、と周りを見る。


 当たり前だが、店の中には俺と同じかちょっと年上の女子がいる。


 その人達の視線が痛い。


 子連れだと思われてるのだろうか?


 いや、多分高校生で出来ちゃった結婚した夫婦と思われてるかもしれない。


 吉田への義務感で水着買いにきたが、割ときついな。


 早く出てくれ、茉莉!


「喜太郎」


 待ち望んでいた声が、カーテンの奥から聞こえた。


「なんだ?」


「周りに人、いないよね?」


「いないよ」


 つか、周り女子しかいないから、見られてもいいだろ。


 いいから早く出てきてくれ。


 視線が痛いんだ。


 茉莉は控えめに、カーテンを開けた。


「―――—――」


 シンプルな黒のビキニを着こなす茉莉を見て俺は、茉莉の水着姿を見たのはいつぶりだっただろうか、と思い返していた。


 多分、中学1年の頃。


 その時はスクール水着を着ていた。だからか、恋愛対象として見ていなかった気がする。


 そんなんだから、油断していた。


 目の前にいる茉莉のビキニ姿は、レベルアップどころかランクアップしている。


 腕や脚は細く滑らかに伸びている。


 普段意識して見ていなかったが、茉莉ってわりと胸があったんだな。


 それになによりそのお腹だ。


 だらしない肉は一切無く、縦にうっすら線が見えるほど引き締まっている。それなのに、ゴツさは感じない。


 まさに絶妙なさじ加減。努力でもしているのだろうか。


 一番は、上半身と下半身のバランスだ。


 茉莉の身長は、俺よりやや少し小さいくらい。


 しかし、顔は小さく、脚が長い。モデル並の身長をもってないのに、モデル以上のスタイルを持っている。


 なるほど、学年で皐月立花と1位争いする理由がよくわかる。


 超絶イケメン吉田も惚れるわけだ。


「キレイですぅ……」


「ありがと」


 ちょっぴり恥ずかしそうに礼を言う茉莉を見て、魅力的な女子なんだなとはっきり理解した。


「……………」


「……なにか言って」


 茉莉が頬をほんのり赤くして、チラチラと俺の目を合わせたり、外したりする。


 そんな仕草が、茉莉っぽくなくて逆にドキッとする。


「……あ、えーっと…………めちゃくちゃ似合ってるよ。思わず見惚みとれちゃった」


「そう……ふーん……一応、もう1つの方を着てみる」


「お、おう……」


 相槌を打ち終わる前に、茉莉はカーテンを閉めた。


 カーテン越しに聞こえる着替える音をぼけーっと聞きながらカーテンを見つめていると、


「ヘンなかおしているですよ」


「気のせいだろ」


「これ見てくださいですぅ」


 小幸がスマホを見せてきた。ディスプレイには、俺が下心を丸出しでカーテンを見つめている写真があった。


「お前!」


「スキだらけだったので、とらせてもらいましたですぅ」


「消せ」


「いやですぅ! けしてほしかったら、ペンギンのぬいぐるみをかうですぅ」


「ふざけるな!」


 スマホに手を伸ばすと、


「や、やめてください! ケーサツよびますよ!」


「なんだと!? やってみろ! その前に奪い取ってやる」


「や、やめてください、チカンです!」


「誰がそんなぬいぐるみみたいなボディに痴漢したがるんだ! お尻ペンペンしてやる!」


「あ、ケーサツにつーほーするまえにさけびます! いいんですか!?」


「ならその前に口を潰す!」


 男子高校生が小学1年生相手にムキになっていると、


「着替えた」


 カーテンから、茉莉の声が聞こえた。小幸との取っ組み合いは一時中断。


「いいぞ、出てきてくれ」


 カーテンが開くと、今度は紐パンの紺のビキニだった。腰にある紐のせいで、さっきよりエロく感じる。


「こっちもにあってるですっ」


「ありがと」


 茉莉は上目遣いで、俺の方を見る。


「さっきと比べて…………どう?」


「こっちの方がいいかもな」


 エロくてな。


 これならどんな男子高校生も悩殺のうさつ出来るだろう。吉田なんか、鼻血出すんじゃないのか。


「そう、じゃあこれにしよ」


「小幸はどっちのほうがよかった?」


「どっちもよかったですけど、黒より紺の方がにあってるです」


「ならこれにする」


「いいのか? 他にもあるぞ? オフショルとか、ワンピースとか」


「これがいい」


 そう言い放ってカーテンをしめた。


 茉莉がそう言うならそれでいいだろう。


 その後、着替えを終えた茉莉は、すぐにレジに向かい、会計を済ませる。


 品物を少しだけ嬉しそうに受け取る茉莉の横顔。


 それを見て、普段は感じない想いを俺は感じていた。


 この想いは、もしかしたら吉田が抱いている感情と同じものかもしれない。


 と思いつつ、俺は見て見ぬフリをするのだった。

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