第39話 チーキーガールと梨沙子、おまけで菜月さん

「さーて、何食べようか~」


 鹿島がメニューを開け、小幸と一緒に見る。


 コズミックワールドでは散々な目にあった。主に小幸が。


 さすがに悲惨だったので、最後くらい小幸の好きなところへ行かせてあげよう、というのが俺と鹿島の共通の思いだった。


 小幸にどこ行きたいと訊くと「ハンバーグ」と言ってきたので、ちょっとロイヤルなファミレスに入った。


「すっごいですぅ!」


 メニューを見る小幸の目が今日一番に輝く。


 よし、いいぞ。


 終わり良ければ全て良し、の作戦で行く。


 小幸はチーズインハンバーグ、鹿島はカルボナーラ、俺はチキングリル、あと全員にドリンクバーをつけた。


 小幸は終始美味しそうに食べていた。


 ハンバーグの中にチーズが入っているのが驚きだったみたいだ。


 生意気な口を叩かず、感動しながらバクバク食べていた。


 ソースまで綺麗に食べ、満足そうに背もたれに寄っかかる小幸に訊いた。


「どうだ、美味しかったか?」


「はい、とっても美味しかったですぅ……」


 小幸のグラスは空いている。


 ちょうど俺のグラスも空いているので、小幸の分も取りに行ってあげよう。


「何が飲みたい?」


「コーラ」


「あいよ」


 言い方は生意気だが、飲み物の趣味は合う。


 飲み物をいで席に戻ると、小幸はだらんとした格好で目を瞑っていた。


「眠っちゃったみたい」


 鹿島が苦笑いした。


「いつも読書ばかりって言ってたから、体力を使ったんだろう。あと気疲れもあるだろう。初めての人と遊びに行ったり、苦手な場所お化け屋敷に行ったり」


 なるべく静かに座る。


 寝顔はやっぱり小学生らしく、あどけない。


「そーいえばこの間ヒロイン争奪戦読んだよ」


「お、どうだった?」


「面白かったよ。やっぱり綿子先生が書いたものの方が面白かったけど」


「綿子め……」


 だが、俺もそれは承知している。悔しいが、綿子の作品のほうが面白い。いけ好かない奴だとわかっているが、ついつい読んでしまった。


「でもね、1つだけ言いたいことがある」


「なんだ?」


「私、好きな人いないよ?」


「あー、あれか」


 第2話のことを言っているんだな。確かに、鹿島に聞かずに書いてしまったけど。


「まぁ、あっちの世界線では好きな人がいるってことでさ」


「うーん、なんか複雑だなぁ。あっちの私は好きな人がいて、現実の私に好きな人がいないのは」


 鹿島は口を尖らせた。


「……なぁ、本当にいないのか?」


 好きな人がいたことがないって、そんなことあり得るのだろうか。


 かくいう俺だって、初恋は幼稚園で、その後の小学校、中学校にそれぞれ好きな人はいた。


 どれも告白すら出来ず、実らなかったけど。


 あんな無愛想を極めた茉莉だって好きな人はいるって菜月さんは言っていたし、菜月さんだっているとのことを、昔に茉莉から聞いた。


 なのに恋をしたことがないとか。


 遅れた厨二病か?


「人生で1人くらい、いただろ? 好きじゃないまでも、気になった人くらい、いるんじゃないのか? うちの高校は男の俺が見ても、かっこいい奴ばかりじゃないか」


 吉田とか、成瀬なるせとか、前林とか、あと含めたくないけど5組の長嶋とか。


 それに4組は、各クラスの女子が見に来るくらい、かっこいい奴らばっかいると思うけどな。


「気になってる人か~。う~ん、そうだねぇ〜……」


 鹿島はあごに手を当てて考える。


 浮かばなかったのか、顎に当てていた手でコップを掴み、烏龍茶を飲んだ。


「喜太郎かも」


 息を吐くように自然に言った鹿島は、空のコップを机の上に置く。


「は?」


 こいつ、今なんて言っ―――――


「さ、会計しよ」


 注文用紙を取って、テーブルを立ち上がる。


 俺は急いで、しかし起こさぬよう丁寧に小幸をおんぶして、鹿島の元へ向かう。


 すると、鹿島が振り返り、いつぞやの小悪魔な笑みを浮かべて、


「割り勘で、許してあげる」


 割り勘会計(小幸の分はもちろん俺持ち)を済ませたあとに店を出ると、夏の夜の生暖かい外気が俺達を包み込んだ。


「やっぱり夜でも暑いね、夏は。汗でベトベト」


 そーゆー割には、鹿島からは良い匂いがする。


「そういえば、リュックサックはどうする?」


「あー、置いてってたね」


 遊びに行くのに、そんな重いのは持っていけないということで、鹿島は俺の家に夏休みの宿題全て置いていった。


「今日のお礼に明日届けに行ってもいいけど」


「明日は予定あるからダメ。それに、まだ喜太郎に家を教えることは出来ないな」


「あっそ」


 普段なら言い草に腹が立つところだが、もう慣れた。慣れって怖い。


「今日は遅いから、また今度取りに行く。明日から1週間忙しいし」


「そうかい」


 鹿島が乗る電車の改札に近づいた。俺達と鹿島は別の改札を通る。


「小幸、起きろ」


 自分の背中を軽く揺らして、おんぶしている小幸を起こす。


「大丈夫だって、起こさなくても」


「いやいや、こーゆー挨拶は大事なんだよ。ほら小幸、起きろって」


「う〜ん……」


 眠そうな声を出して小幸が目を開けた。


「ほら、梨沙お姉ちゃんが帰るから、バイバイって」


「ばいばい」


 ゆっくり手を振った。


「バイバイ、また遊ぼうね」


 こくりと頷き、小幸はそのまま眠った。


「じゃあな、気をつけて帰れよ」


「うん、今日はまぁまぁ楽しかったよ」


「そうかい。俺もまぁまぁ楽しかった」


「また遊ぶのもアリだね」


「たまにはな」


「とりあえず、今日は楽しかった。だからね、名前で呼ぶことを許可します」


 びしっと、俺の顔を指差す。


「許可ねぇ〜」


「私が許可するなんて、なかなか無いんだぞ。ありがたく思え」


「上からだなぁ」


 でもまぁ、少しは仲良くなれた証拠なのかな。


「じゃ、今日からありがたく呼ばせてもらうよ」


「うん」


 鹿島は満足そうに頷いた。


「じゃあまたね、喜太郎」


「またな、梨沙子」


「……………なんか、ムズかゆさを感じる。キモチワルイ」


「お前が言ったんだろ」


 少し青ざめた顔で腕を抱く鹿島。


 コイツ、本当にふざけてやがる。


「じゃあ、梨沙は?」


「………うん。そっちのほうがしっくりする」


 鹿島は妥協してやろうという顔つきで頷き、今度こそ改札を抜けていった。


「間違っても、梨沙子って呼ばないでよ」


 要求が多い奴だなぁーホント。


「じゃあな、梨沙」


「うん。じゃあね、喜太郎」


 でも、そんな梨沙を憎めないまでになっていた。


 ※


 ちなみに、鹿島と遊んだ次の日は菜月さんが来てくれた。


「こう見えて、家事は得意なんだ」


 何故か意気込んで、謎に頼んでも無い家事をやり始めたのだが……。


 掃除では、


 ガンッ! ガンッ!


「ちょっとちょっと! 菜月さん!」


「ん? なんだ?」


「掃除機、本棚にぶつけないでくださいよ。両方に傷が付くじゃないですか?」


「なんだ、気にするたちか?」


「気にするでしょ!」


「……………うるさいですぅ」


 心底鬱陶うっとうしそうに小幸が耳を塞ぐ。


 洗濯では、


「ちょっと菜月さん! 洗剤と柔軟剤、入れる場所が逆ですよ! それに入れ過ぎですって!」


「え? どうせ洗うんだし、変わらんだろ」


「洗剤を入れ過ぎると、汚れが落ち切らないことがあるんです。何より洗剤がもったいないです!」


「ちっちゃいなぁ……」


「…………はぁー……」


 小幸がマジで呆れていた。


 最後に晩飯で菜月さんが作った炒飯チャーハンでは、


「……ちょっとしょっぱいですぅ」


「ん、こっちはちょっと味が薄いですねぇ」


「た、食べられるだろ」


「ちょっと苦いですぅ……」


「ところどころ焦げていますね。発がん性があるって聞きますよ」


「たっ、食べられるじゃないか」


 小幸がスプーンを置く。


「菜月おねぇーさん、キタローよりご飯作るの下手ですぅ………」


「……わかってはいたが、茉莉が全ての家事を担当するのが改めて理解しましたよ」


 菜月お姉ちゃん、見所が全くなかった。

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