第38話 チーキーガールと梨沙子②

 鹿島と2人がかりでねた小幸を20分ほどかかってなだめたあと、俺達はアトラクションエリアへ向かった。

 

 宥める過程で温かい言葉をかけてもらったこともあり、小幸もだんだん鹿島と打ち解けてきた。


 今では自分から話しかけている。


 打ち解けると、饒舌じょうぜつになるんだよな、小幸って。


 それに、同性の知り合いができたほうが、小幸にとってもいいだろう。


 同性だから共感できるもあるだろうし。


 そんな感じで、3人楽しくぶらぶら歩いていると、恐怖感漂うアトラクションを見つけた。


「これなんですか?」


「お化け屋敷だな。これはー……」


 俺は説明文を読み、端的たんてきに伝えた。


「乗り物に乗って地獄をめぐろう、というものらしい。なんか、オバケもでてくるとのことだ」


「じごく……おばけ……」


 小幸が少しだけ後ずさった。


 子どもは大体ホラーは苦手だろう。俺も好きじゃないし、800円も払って乗りたくない。だったら、1000円の観覧車に乗った方がマシだ。


「怖いやつだから乗らなくていいよ。もっと楽しそうなのを乗ろうぜ」


「むっ……」


 怯えていた小幸の態度が強気に変わる。


「こわくないですぅ。むしろ、キタローがこわいんじゃないんですかぁ?」


「いや、俺は別に」


 ホラーは好きではないだけで、苦手なわけじゃない。グロテスクなのは苦手だが、小幸が入れるので心配無用だろう。


「へっ、へぇー…………なっ……なら、はいりますです!」


 勇ましい顔付きで言っていたが、両手はぎゅっと握られていた。


「え、小幸ちゃん、本当に入るの?」


「うっ………」


 鹿島の優しい問いかけに一瞬心が怯むも、


「もちろんですぅ! わたしはオトナなほうですから」


「お化け屋敷に入れることが大人とは言わないんだぞ。苦手なものは苦手と言えるのが大人なんだぞ」


「ニガテなものなんか、ピーマンとセロリぐらいしかないですぅ!」


 結構、野菜食べられるじゃねぇか。感心したぞ。


「まあ、小幸ちゃんが入りたいなら入るけど……」


 トーンダウンする鹿島。まぁ、そうなるよな。


 あの様子だと、明らかに強がっているだけだ。


 スタートした瞬間に泣きじゃくるイメージしか浮かばない。


 そんなことを思っていると、鹿島が急に耳元に寄ってくる。


「ねぇ、私が真ん中に乗ってもいい?」


「いや、小幸だろ。普通に考えて」


「だよね……」


 不安そうな顔を俺に向ける。


「もしかして、怖いの苦手?」


「ちょびっとだけ」


 絶対にちょびっとだけじゃない気がする。


 お化け屋敷の前にある券売機の前に立つ。お金を入れる前に後ろを振り返った。


 2人とも顔が地獄に向かうような顔をしている。


 これさ、入っても誰も得しないんじゃないかな。


 小幸は変に強がってるし、そのせいで鹿島が乗りたくないと言い出せないし、俺はそもそも乗りたくないし。


「あの、お金の無駄だと思うし、やめない?」


 鹿島の顔がパッと明るくなった。


「そうだね。ここはやめて――――」


「キタロー、やっぱりこわいんじゃないですかぁ」


 小幸が小生意気な顔で言ってくる。


 なんで救いの手を差し伸べたのに、振りほどいてくるんだか。


 ここは痛い目を見てもらおう。


「じゃあ、入ろう」


 券売機に5000円札を突っ込んだ。鹿島の絶望のふちに落とされた顔が、ちらっと見える。


 悪いが、お前も道連れだ。恨むんなら、小幸を恨むんだな。


 発券されたチケットを取った後、鹿島の前に手を出す。


「え、なに?」


「お金」


「え、私払うの?」


「当然だろう。だって入りたいんだろ?」


 えぇ……と言いつつ、鹿島は財布から金を出した。


 うっわ、すっごい惜しそうに渡してくるじゃん。


 素直に出したのは小幸の前だからだろう。ゴネるところを見せたくなかったか。


「ようこそ、チケットを拝見します」


 チケットを受け取った従業員は、黒くてちょっと汚いカーテンの向こう側へ案内されつつ説明を始めた。


「あなた様方は地獄へと落とされました。ここではたくさんの地獄がを待っていることでしょう。さて、この地獄から正気で出られますかでしょうか」


 めちゃくちゃ棒読みだったが、とっても聞き取りやすい滑舌だった。


 屋敷に入ると、地獄みたいなオブジェクトが俺達を出迎えた。


 へぇ、結構雰囲気が出ているな。


 ちらっと横を見る。


 2人ともすでにビビり散らかしていた。


 ベルトコンベアーのように流され、鹿島、小幸、俺の並び順でアトラクションに乗らされる。


「では、いってらっしゃい」


 座席につき、スタートした。


 小幸はすでに涙目。鹿島は目を瞑って耳を塞ぎ、自分の膝に顔を埋めている。


 もう、地獄に行く前から地獄絵図となっている。勘弁してくれよ……。


「よく来たなお前達。ここから生きて帰れると思うなよ」


  閻魔様えんまさまのオブジェクトから野太い声が出ると、ビクッと小幸が身体を揺らせた。


「まずはその嘘ばかりつく舌を抜くところからだぁ!」


 閻魔が人間の舌をペンチでびよーんと引っこ抜こうとするシーンが出た。


「ぎょえええええええええ!」


 気合の入った断末魔が流れ、舌が引っこ抜かれた。


 閻魔様は抜いた舌を持ったまま、


「貴様らは、嘘をついていないだろうな」


 この貴様らというのは俺達、客のことを指しているのだろうな。

 

「もし過去に嘘をついたら、舌を引っこ抜いてやるゥ~!」


「ひぃ……」


 小幸は両手で口元を抑えた。


「………こわいのか?」


「こ、こわっ……くないですぅ……」


「嘘をつくと、閻魔様に舌を抜かれるぞ」


「う……うぅ……」


 小幸が葛藤かっとうしている。


「あのっ……キタロー……ちょっ、ちょっとだけ、てをにぎることをきょかします!」


「いや、別にいい」


 断ると、小幸の方から手を握ってきた。


「なんだよ」


「きょかしますぅっ!」


「わかったわかった」


 途端に、ガタンと揺れる


「「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」


 2人がアトラクションの音より大きい悲鳴を上げる。


「痛でででででででで!!!!!」


 俺の腕が強く握られる。小幸のやつ、めちゃくちゃ力強い。肉が引きちぎれる。


 ―――――と思って腕を見ると、掴んでいたのは鹿島だった。


「ちょっ、鹿島、痛いって!」


「いっ、いいじゃんっ! が、我慢してよ!」


「お前こそ我慢して小幸を守ってやれよ!」


「喜太郎が私達を守ってよ!」


 ビュウ! 風が吹く。


「竜巻地獄じゃぁ!」


 そんな地獄は存在しないだろう、と誰もが思うところだが、


「「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」


 もう、何しても恐怖する2人であった。


「うぅ~……パパママ助けて。パパママ助けて。助けて」


 小幸は撃沈。泣きじゃくっている。


 鹿島は小幸ごと俺に抱きついてきた。


「………………………」


 残念なことに、胸の感触が全く無ぇ。こーゆーときって、少なからず柔らかい感触があってもいいのだが、ブラだと思われる感触しかない。


 あと、力がめっちゃ強い。もう、これ絶対あとが残るやつ。


 百歩譲って子どもの小幸が痛くするのはわかるが、鹿島は許さん。加減ってものがあるだろう。


 自由に動く左手で、仕返しとばかりに鹿島のうなじをひょいと触る。


「きゃあっ、痴漢ちかん地獄っ!!」


「ぐぉッ!」


 鹿島の鉄拳が俺のあごを貫く。ナイスヒット。


 そして再び俺に抱きついてきた。


 どさくさに紛れて悪いことするもんではないな。


  ※


「貴様ら、運がよかったな。次に来た時は、もっと可愛がってやる」


 閻魔様えんまさまの嬉しそうな声をバッグに、嵐のような地獄巡りから、息も絶え絶えに生還してきた俺ら。


 体感1時間ぐらい。めちゃくちゃ長かった。


 最後なんか、地獄なのか、魔界なのか、よくわからないくらいの地獄とお化けが出てきた。


「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしてます」


 二度と行くかよ。


 はぁ、マジで疲れた。もう、どこかで休みたい。


「うっ…………うっ………………」


 地獄から生還してきたというのに、しくしく泣いて出てくる小幸。


 自業自得なんだけど、さすがにちょっと可哀想だった。


「コズミックワールドなんか嫌いですぅ………」


 一方、鹿島の方は「はぁー」と大きなため息をついて、ぶつぶつ言っていた。


「はぁ…………夢に出てきそう。今日、夜トイレ行けないよぉー………」


 子どもか。


 幽霊ならまだしも、夜中に閻魔えんまが現れるわけないだろうが。


 そして、俺はチケット代1600円がこれに消えたことをやや後悔した。


 あと、腕が痛い。がっつりあとが残っている。


 誰も救われない結果となった。

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