第37話 チーキーガールと梨沙子①

 滝藤小幸が俺の家に来てから2日目。


「だれ? 茉莉との隠し子?」


 俺の部屋に入り、見るからに教材が詰まっているリュックをどさりと玄関に置いた鹿島の開口一番だった。


「そんなわけないだろ。いとこだよ、いとこ。バイトで預かってんの」


「バイト? お金ないの? 作家なのに?」


「あのな、大抵の作家は貧乏だぞ」


「あっそ」


 俺の話を雑に切り上げた鹿島は、本を読む小幸をじーっと見る。


「なるほどねぇ〜」


 小幸に近づいた鹿島は咳払いをし、中腰の姿勢になって笑顔を作ってから小幸と目線を合わせる。


「私、鹿島梨沙子って言います。あなたの名前は?」


 小幸は本から目を上げ、鹿島を見た。そして、目線をちょっと逸らして、


「滝藤小幸………です」


 耳や頬は真っ赤。消え入りそうな声。


 小幸って、人見知りなんだな。


「可愛い名前だね!」


 鹿島はパンと手を叩いた。


「小幸ちゃんって、呼んでいい?」


 小幸がちょこんと頷く。


「ありがとう! 私のことは梨沙子って呼んでね! 長いなら梨沙でもいいよ」


 またまた小幸がちょこんと頷いた。


 こいつ、案外可愛いところがあるじゃん。


 それはそうと、客の鹿島に飲み物でも出すか?」


「なぁ、梨沙」


「え、あなたもそう呼ぶの?」


「俺はまだ駄目なのかよ」


「うーん、ピンと来ない」


 こいつは客じゃねぇわ。飲み物は金を取ろう。


「よし滝藤」


 俺が向くと同時に小幸も向いた。小学校では基本、滝藤って呼ばれているのだろう。


「あー、ダブル滝藤か」


 鹿島はうーん、と唸り、意を決した表情をして俺を見た。


「よし、喜太郎。行こう」


「どこに?」


「遊びに」


「え、宿題は?」


「そんなのあとっしょ。さ、小幸ちゃん。遊びに行く準備して」


 小幸はモジモジしながらも、大人しく準備し始めた。


「で、どこ行くんだ?」


「そりゃあコズミックワールドでしょ」


 ※


 横浜のみなとみらいにあるコズミックワールドは、遊園地とゲームセンターが合体した複合施設である。


 入場料はなく、アトラクションに乗るたび金を払う。


 ただ、小幸は身長が小さいので、乗れるアトラクションが少ない。


 そのため、まずはゲームセンターエリアに立ち寄った。


「小幸ちゃん、ゲームセンターって行ったことある?」


「ないですぅ……」


 小幸はすでに疲れた顔をしていた。


 人見知りの小学生にとって気心知れない人間と一緒に電車に乗るのは、それだけで体力を使うものだ。


 七色の光とうるさい音を出す機械の迷路をぶらぶら歩いていると、あるエリアで小幸が足を止めた。


「小幸ちゃん、これ欲しいの?」


 鹿島の言葉に頷こうして、頷けないでいる小幸。


 その視線の先には、UFOキャッチャーがあった。


「欲しいのがあったら教えて。喜太郎がなんでも好きなの取ってくれるよ」


「なんで俺なんだよ」


「だって、UFOキャッチャー得意そうな顔してるじゃん。なんかモテそうだとかいって、隠れて努力してそう」


「なんじゃそりゃ……」


 鹿島の俺に対する目は一体どうなっているんだろうか。


 そんな問答には一切入らず、小幸はUFOキャッチャーの中にある可愛い熊のぬいぐるみをじっと見てる。


「これが欲しいの?」


 鹿島が訊くと、小幸はこくりと頷いた。


「まぁ、まずは小幸がやってみろよ。こーゆーのは自分で取るのが醍醐味だいごみだし」


「どうする、小幸ちゃん?」


「キタローは、とったことあるんですか?」


「あるよ」


「じゃあ、やりますです。キタローがとれるなら、わたしだってとれるはずです」


 言い方は気に食わないが、さっきの疲れはどこ吹く風となっていたので、やらせてみる。


「とりあえず、最初は動かし方を覚えるために教えてやる」


 そう言って俺は100円を入れて、小幸に操作方法を教えた。


 小幸は一瞬で理解し、実際にプレイしてみる。


「5回までやっていいぞ」


「そんなにいらないですぅ。3回で十分ですぅ」


「頑張れ小幸ちゃん!」


 鹿島は応援していたが、俺は小幸を値踏ねぶみするように見ていた。


 さて、見物だな。


 おそらく取れないだろう。子どもが知る掴み方では、UFOキャッチャーは取れないからな。


 俺の見立ては的中した。


 すでに400円を投資しているが、ぬいぐるみはUFOキャッチャー内を行き来しているだけで、取れそうな気配は一切無い。


 そして、運命の500円め。ラストチャンス。


 アームは熊の首根っこを挟む。


 しかしクレーンを引き上げた瞬間、重さに耐えられず首を離してしまう。


「なんで!? つかんでるのに! これズルですズルです!!」


 俺の顔を睨み、悔しそうに抗議する。


「ズルじゃないんだな。こーゆーもんなんだよ、UFOキャッチャーってさ」


「ズルですぅ……」


 うつむく小幸。


「大丈夫だよ小幸ちゃん。あと少しだったよ!」


 元気をなくしているところを、鹿島はすかさずフォローを入れた。


「………っかいです」


「は?」


「もっかいです!」


「もう1回やるの? 無理だと――――」


「もっかい! もっかい〜!」


 クレーンゲームの操作盤を叩く。やっぱこーゆーところは子どもだな。


「本当に最後の1回だぞ」


 100円を入れると、小幸はすぐさま動かした。


「うぅ〜!」


 唸りながらクレーンを恨めしく睨む。


 操作は掛け値なしで上手。操縦センスや空間認識能力は俺よりも高いだろう。


 今度は、アームがぬいぐるみの腹をがっちり挟んだ。


「お、いいんじゃない!」


 鹿島の声に、小幸が勝ち誇った顔になった。


 クレーンが上がる。熊のぬいぐるみも上がる。


 だが、徐々にアームの掴みが緩まり、クレーンが完全に上がる前にぬいぐるみが落ちた。


「ああ……」


 鹿島が残念そうな声を上げた。


「…………………………………」


 小幸がぎゅっと口を結んでいる。


「うっ………」


「こ、小幸?」


「ず………ズルです。こんなの…………とれるわけがないですっ…………」


「気持ちはわかるけど………」


 目がだんだんうるうるしてきている。もう、今にも泣きそうだった。


 いくら悪態あくたいをつかれているとはいえ、こんな姿を見てしまって『さあ、帰ろう』では、良心が痛む。


「仇はとってやる」


 200円入れ、一度大きく息を吸って、深く吐く。


 熊のぬいぐるみの脳天についているひもにクレーンのアームを引っかけ、それで運ぶ。


 1プレイ目は、穴の近くまでしか運べなかった。だが、それで十分だ。


 続く2プレイ目。


 先程と同じく、脳天の紐にアームを通した。


 そして今度はそのまま、景品受け取り口へとつながる穴へぬいぐるみを落とした。


「ま、こんなもんだろ」


「すごーい! 喜太郎って、本当にUFOキャッチャーが上手いんだ……」


 鹿島が俺に感心の目を向けて、拍手していた。


「UFOキャッチャーってのはぬいぐるみ自体を狙うんじゃんなくて、ぬいぐるみの横についている紐とかタグを引っかけて狙うんだよ。次からはそこを狙ってみ。面白いほど取れるからさ」


 説明しつつ、戦利品を小幸に渡す。


「………ありがとう…………ございましゅ…………」


 ギリギリ聞こえるか聞こえないかの声で礼を言い、俺からぬいぐるみを受け取った。


「どういたしまして」


「よかったね、小幸ちゃん。ぬいぐるみを取ってもらって」


 熊のぬいぐるみをぎゅっと胸に抱き、それに顔をうずめる小幸。


 そんなに喜んでもらえるとは、嬉しい限りだ。


「今度は私も挑戦したい! ねぇ、クレーンゲーム教えてよ!」


「いいよ」


 鹿島が他のUFOキャッチャーを探そうとした瞬間、下の方から呪詛じゅそのような呟きが聞こえた。


 下を見ると、小幸が俺を睨んでいた。


「……お、おしえてもらえればっ……………とれましたっ…………です!」


「こ、小幸?」」


「イジワルですぅ! キタローなんか大嫌いですぅ!」


 小幸が勝手に出口へ向かってしまった。


 俺と鹿島は顔を見合わせ、ダッシュで小幸を追いかけてなだめる。


「ご、ごめん、俺が悪かったって!」


「ほら、次は違うゲームしよう? 太鼓叩くやつとか、あれ絶対楽しいよ?」


「イヤですぅ。もう、ゲームはしたくないですぅ」


 色々な言葉をかけたが、小幸は首を縦に振らなかった。


 それでも熊のぬいぐるみは、ずっとぎゅっと抱いていた。

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