第36話 チーキーガール・ランページ

「よろしくでぷぅ」


 玄関に現れたチーキーガール生意気な少女は、立派に憎たらしく育っていた。


 小幸め、なんつー語尾つけて話してやがる。


 でぷぅ、だと? 馬鹿にしやがって。


 いや待て、平常心だ。同じ土台に立ってはならない。怒るな。


「よろしく、小幸こゆきちゃん」


「どいてくらはい」


 舌足らずで年相応の可愛らしい声の中に、明確な拒絶の意思を感じた。


「お、おう」


 ガラガラガラ、とキャリーケースを引いて俺の家に入る小幸。


 そのまま土足で入り――――


「おい、ちょっと待て!」


「なんですぅ?」


「靴を脱げ、そして部屋でキャリー引くな」


「あ、これ部屋だったんですかぁ」


 掃除されていない体育館倉庫を見るような目で部屋を一瞥いちべつし、


「きたなすぎてわかりませんですた」


 これくらいでいいだろう、という投げやりな作法で頭を下げた。


「ごめんなさいでポン」


 ふざけたガキだ。夕食にピーマン出すぞ。


 小幸は下駄箱まで戻り、リュックサックからモコモコしたピンク色のスリッパを出した。


「重くて持てないので、運んでほしいだにゃん」


 そう命令した小幸は、スタスタと部屋に入って座った。


「はぁ?」


 罵声ばせいを浴びせようとしたところで、思いとどまる。


 危ない危ない。


 相手は小学1年生だ。怒ってどうなる事でもない。


 ここは耐えろ。大人になるんだ。


 俺は大人。


 本当は大人ではないが、小学生からしたら高校生って大人にみえる。


 だから、耐えるんだ。


「そうじ、いまからしてくれますですか~?」


 なんでお前に言われなくちゃならねぇんだ、と怒る気持ちを抑えて、


「あ、あぁ、掃除ね。今からしようと思ってたんだ。小幸ちゃんが突然来るから、間に合わなかったんだよ」


 目が笑っていない笑顔を小幸に向けた。


 すると、小幸が心底呆れた表情で大きなため息を吐いた。


「いつでもきれいにしておかないと、いざというときにオンナのコをよべないでちゅよ。だからモテないんでぷりん」


「あ?」


 思わず怒りが言葉が出た。


 駄目だ。我慢するのは体に毒だ。そして小幸にも毒だ。


「あれぇ、これなんででぷか?」


「しっかり喋れ」


「これなんですか?」


 ちゃんと喋れるんかい。だったら最初から喋れや。


 小幸が指差す場所を見る。


 半開きのクローゼットからA4サイズの箱がチラリしていた。


 やっばい。あれは18歳以上は買えないPCゲームの箱だ。


 子どもはもちろん、警察にも見せられない代物しろもの


 しまい方が雑だった。


 小幸に見られるわけにはいかない。


 刺激が強すぎるし、家族に言いふらされたら非常に困る。エロガキのレッテルを貼られてしまう。


 こっちは小説家として、純粋な気持ちで買ったというのに。


 何とかしてらさねば。


「あー、小幸ちゃん。外遊びに行かない? 今なら好きな場所連れて行ってあげるよ」


「この箱見てからいきますぅ」


「や、やめてほしいでぷぅ」


「なんですかその語尾。きもちわるいです」


 テメェが言ってたんだろうがよォ。先程よォ。


「とりあえず、小幸ちゃんは少しあっちに行ってなさい。ほら、ゲームあるから」


 ソニーや任天堂の据置機すえおききを指差すが、小幸は目もくれなかった。


「ゲームしないです。そのかわり、本をよみたいです」


「本ねぇ。よく読むんだ?」


 話しつつ、俺は18禁のゲームを無理矢理しまった。多分、見られてないと思う。


 小幸はリュックサックから耳の長いウサギのぬいぐるみと太い児童書を取り出した。


 小幸はキョロキョロとしたあと、部屋の中で一番綺麗であろうクッションに座った。


 そして、ぬいぐるみを抱きしめつつ、本をペラペラとめくった。


 へぇ、凄いな。500ページくらいある本を持ち歩くだなんて。


「すごいね、小幸ちゃん。こんな本まで読めちゃうんだ」


「………」


 小幸、安定のシカト。


「一日で読み切れるのかい?」


「気が散るので、だまっていてくださいです」


 こいつ、マジで何しに来た?


 手持ち無沙汰ぶさたになった俺は、とりあえず周りを見渡した。


 言い方はむかつくが、小幸の言っていることは正しく、部屋が汚い。


 1週間掃除しなかったから、ほこりがたまっている。


 掃除しよう。


「掃除するから、小幸も手伝ってくれ」


「いそがしいですぅ」


「それでも手伝うものだ。お世話になる家の掃除をするのは、当然だろ?」


「お客さまにお世話させるのですかぁ?」


「お客…………?」


 どの分際で――――


「さっき、海波おばさんの車の中で聞きました。1日2万とか、5日で10万とか」


 …………よく聞いてるじゃねぇか。


「でも今日の分の日当は貰ってない。だから、今日は働くんだ」


「違いますぅ。今日の分のふくめて10万ですぅ」


「違うから」


「じゃあ、海波おばさんにききますか?」


 挑戦的な目を向けてきたので、


「いいよ、きいても」


 余裕の笑みを見せた。


「ウソだったら5万、もらいますです」


 小幸はポケットからスマホを出し、どこかに電話をかけようとする。


 画面がチラッと見えた。


「さ〜て、掃除でもするか」


 俺はそそくさとクイックルワイパーを持って、掃除を始めた。


 まさか、本当にかけようとするとは。


 小幸のやつ、親の連絡先知ってるのかよ。


 電話されたら色々とめんどくさい。バイト代が減額されるかもしれない。


 もういい、独りでやろう。


 小幸を放置して掃除すること3時間。部屋のみならず、台所や浴室、玄関まで掃除した。


 その結果、誰を呼んでも恥ずかしくないくらい綺麗になった。


 本に目を落としている小幸のもとへ戻り、


「どうよ、小幸。すげぇ綺麗になったろ」


 ドヤ顔をかました。


「…………………………」


「あれ?」


 反応が無い。


「……小幸?」


「ZZZ~」


 小幸は爆睡ばくすいしていた。


 こいつ、本当に何しに来た?


 10分後、小幸が起きたので改めて部屋の感想を訊いたところ、


「お腹空いたですぅ~」


 質問には答えず、寝ぼけた声で晩飯を所望しょもうしてきた。マジで引っ張たこうと思った。


 とまぁ怒りと憎しみの感情は置いといて、時間的にも夕飯時だ。


 普段ならカップ麺で済ませるところだが、育ち盛りの小幸にそんなものは食べさせられない。例え、人生で会った中で一番生意気な人間だとしても。


「何が食べたい?」


「ハンバーグが食べたいです。デミグラスソースの」


「了解」


 冷蔵庫を開ける。

 

 残念ながら、ハンバーグの材料は一切入っていなかった。


「今日の料理はピーマンたっぷりナポリタンだ」


「え~。ピーマン苦手ですぅ」


 すでに口に含んだかのような苦い顔をした。


「おいおい、お父さんお母さんに好き嫌いするなって言われてるんじゃないのか?」


「……言われてる……です」


「なら食べなきゃダメだよなぁ」


「うげぇ~……」


 苦い顔する小幸を放っといて、俺はナポリタンを作った。


 ナポリタンなんて久しぶりに作る。


 しかも2人分一気に作るのは初めてだ。


「まぁ、大体でいいだろう」


 なんか出来る気がしたので、自分の記憶を頼りに、野菜多めのナポリタン2人前を一気に作った。


 それがあだとなる。


「マ、マズイ……」


 ナポリタンを一口食べた後、小幸はカチャンとフォークを置いて苦い顔して言った。


「え、マジ?」


 俺も一口食べてみると、確かに顔をしかめるほど不味い。


 濃いところと薄いところがあったりして、食べてて不愉快。


 あと、単純に味が不味い。なんか思ってたのと大分違う味がした。


 これはもうナポリタンではなく、パスタとトマトケチャップと野菜炒めって感じ。


 そして何より、小幸の胃袋を全く考慮に入れてなかったため、普通に大人2人分作っちゃった。


 馬鹿だ、俺。疲れてんのかな。


 小幸が泣きそうな顔してる。というか、泣きながら食べている。


 修行、というよりもフードファイター終盤戦を想起させる。


「お、おい、残してもいいぞ」


「ダメですぅ。しょくひんロスはダメだって、パパとママが」


 残しちゃいけない理由が食品ロスになるからって、意外と厳しい家庭だな。地球には優しいけど。


 1時間かけて食べて終わった後、少し休憩してお風呂となった。


「先入っていいぞ」


「とうぜんですぅ」


 小幸の生意気な言い方にも、もう慣れてきた。


 バスタオルと着替えを持った小幸が、脱衣所に入ろうとしたところで、こちらを向く。

 

「のぞいたらケーサツです」


「馬鹿にすんな。さっさと入れ」


 そんなお子様ボディ、誰が覗くか。


 小幸が浴室に入ったところで、どっと疲れが身体にのしかかってきた。


 1日目にしてこれか。なかなか厳しいな。


 あと5日間。どうやって過ごすかな。


 やっぱりどこかに連れていったほうがいいのだろうか。


 でも。思い浮かばない。迷子のリスクも高いし、危険だな。


 こーゆー時は、菜月さんに聞いてみるしか――――


 スマホを撮ろうとした瞬間、ブブッとスマホが震えた。


 鹿島からLINEが来た。


『ビリっけつの作家さん』


『なんだい、ムネ・断崖絶壁さん』


『死ね』


 それは言い過ぎじゃない?


『で、なに?』


『明日ひま? ひまだったら2人で夏休みの宿題一気に終わらせちゃわない?』


『え、2人? 俺と?』


『うん。滝藤と2人』


『俺なんかでいいのか?』


『もちろん。むしろ、滝藤とがいいんだよ』


『それって……』


 え、鹿島ってもしかして俺の事好きなの?


 鼓動が早くなる。まさか――――


『だって、立花りっか沙耶さやとやると、ついつい話しちゃうんだもん。その点、滝藤とは話したいこともないから、黙々と勉強出来るし』


 こいつ、ふざけてんのか。


 どうしてこう、俺の周りには失礼な奴が多いんだ。


『そんなの、1人でやれよ』


『えー、無理だよ。1人で勉強したら絶対スマホいじる。怒ってくれる人がいないと。ねぇー、頼むよー』


 ふざけんな。


 絶対断っ………………いや、待てよ。これはもしかしたら楽できるチャンスかもしれない。


『俺の部屋でやるならいいよ』


『ホント!? やったー! それでいいよ』


 即返事がきた。


 付き合ってもない男の部屋に来るなんて、警戒心ゼロだな。信用されているのか、気にも留めていないのか。多分後者だな。


 まぁいい、今回はかえって嬉しいぜ。


『決まりだな』


『うん、じゃあまた明日! お菓子持ってくね』


 LINEを終えたスマホを机に置いたところで、俺は独り笑った。


 鹿島め、せいぜい利用してやるからな。明日が楽しみだ。


「ふっふっふっふ」


「うわぁ……」


 風呂からあがった小幸が、ドン引きしていた。


「ひとりで笑っていて……………きもちわるいです……」


「ほっとけ」

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