夏休み
第35話 チーキーガール・カミング
夏休み初日、俺はスマホと通帳を睨めっこしていた。
やばい、金がない。
1学期の終業式の日、俺は茉莉を誘う役を引き受ける代わりに、吉田のリア充グループと海と祭に行く約束を取り付けた。
吉田との約束通り、茉莉を誘うと、案の定水着を持っていないと言う。
「まぁ、水着なんて安いやつ買えばいいじゃん。来年から受験勉強が始まるし、今年くらいだと思うけどな」
茉莉は経済的事情と菜月さんへの強い憧れから国立大学を目指している。
長時間のバイトと勉強を両立させる以上、遅くても2年生から頑張らないといけない。
茉莉が罪悪感なく遊べるのは高校1年生、つまり今年が最後だ。
そのことを遠回しに伝えると、
「喜太郎が行くなら……」
渋々了承してくれた。
俺も中学校の水着しかなかったため、茉莉に一緒に買いに行こうと打診すると、
「いいよ……。しっかり選んでね」
快諾してくれた。
そこで貯金を確かめたところ、金が足りないことに気付いた次第である。
ここで何もしないと、おそらく新年を迎える前に金が底をつく。
本業は作家だが、現在の俺に稼げる金はたかが知れてる。
俺には頭のネジが外れた
せめて高校は卒業したい。
ここから得た結論は1つ。
バイトだ。
働こう。バイトしよう。
なるべく高額で、簡単な仕事。これを探す。
そんな上手い話があるわけないと思いつつ、ネットの海へ飛び込むこと1時間。
「ないなぁ〜」
やっぱりあるわけがなかった。
ため息を吐いて椅子にもたれかかった瞬間、スマホが振動した。
画面には母親の名前が表示されている。
家を出る時に、滅多なことでは電話しないでくれと言っておいた。
事実、家出し始めの頃は
多分、背後で菜月さんが手を回してくれたのもあると思う。
そんなこともあって、高校の入学式以来、電話はかかってきていない。
そんななか電話してきたということは、何か緊急の出来事があったのかもしれない。
緊張した手付きで電話に出る。
「もしもし」
「あ、喜太郎?」
……割と明るい声に拍子抜けした。
「え、なに?」
「いやぁ、ちょっとお願いがあるんだけど」
「お願い?」
「ねぇ、
「小幸……?」
一瞬、頭上に?が浮かんだが、すぐに思い出した。
「あー! いとこの?」
「そうよ! よく覚えていたわね!」
千葉県に住んでいるいとこの滝藤小幸は、覚えている。
俺が最後に会ったのは中二の頃。
その時小幸は、幼稚園生だった。
とっても生意気だった。
俺の話を聞かず、一緒に遊ぼうとせず、目すら合わせなかったあのめちゃくちゃ可愛くねぇ幼女だったことを、俺はよく覚えている。
「今年小学校に入学したのよ。それでね、小幸の両親がゼミ合宿と学会で千葉県を離れないといけないのよ」
そういえば、小幸の両親は大学の先生だったな。
「それで、今週ウチに泊まりに来る予定だったんだけど……」
「だけど?」
「もともと、お父さんは部活の合宿で5日間いない。私も
なんじゃそりゃ……。
「本当は秋帆が空いているはずだったんだけど、すっかり忘れていて友達の家に泊まりに行っちゃったのよ」
最低だ、アイツ。マジでふざけんな。
「アイツを呼び戻せ」
「それがね、つながんないのよ」
「やってんなー」
これきっと、母親に遊びの邪魔されたくないからブロックしているな。
「じゃあ、延期か中止だな」
「そこであなたの出番よ。明日から5日間、暇でしょ?」
まさか俺に頼むつもりか?
冗談じゃない。
あの生意気なガキと5日間一緒だなんて、夏休みを捨てるようなもんだ。
だったら夏休みの宿題を終わらすために図書館に缶詰した方がマシだ。
「いや、暇じゃな――――」
「日当2万」
「えっ?」
「小幸ちゃんの食費込みで日当2万」
「2万!?」
「5日間合わせて10万!」
「10万!?」
「小幸ちゃんと一緒に出かけたら、旅行代は
「別途加算!?!?」
「どう喜太郎? やる?」
「やりましょう!」
はっきり断言した。
予算10万円。
上手くやりくりすれば、たった5日間で9万出る。
なんて羽振りがいいんだ。素晴らしいじゃないか。さすが仕事人間の奥さん。
父に内緒でへそくり貯めてやがる。
「ありがとう。そう言ってくれると思っていたわ。さっそく、振り込んでおくわね」
「さすがっ! 前払いとは、気前がいいねぇ~」
いやー、楽しみだぜ。
汗水たらしてやっと稼げる10万が、ぽっと手に入るんだからな。
「あ、ちなみに今日は何してる?」
「とりあえず、家の中を掃除しようかな」
今日は気分がいい。気分がいい日に掃除をすると、もっと気持ちいいからな。
「家にいるのね。それはよかった」
「は?」
ピンポーン。
インターホンが、嫌な訪れを伝える。
電話を耳にあてながら、玄関へ向かう。
「今ね、小幸ちゃんを送り届けたところなの。アンタの家に」
「え、今日から?」
ピンポーン。
「うん、今日から6日間よろしくね」
「えっ、あっ!」
「あ、日当はもちろん10万ね」
やられた。母さんに。
「あとで振り込んでおくから」
「ちょっと待っ―――」
一方的に電話を切られた。
さすが母さん。俺の乗せ方をわかっている。餌をぶら下げといて、食いついてきたところをガバッと救い上げる。
さすがだ。
乾いた笑いを吐き出しながら、じっとドアを見つめた。
ピンポン、ピンポンとインターホンを連打される。
……開けなきゃダメだよなぁ。
うんざりしながらドアを開けると、誰もいなかった。
あれ、と思い、下を向くと可愛らしいピンクのTシャツにショートパンツを着た少女が、生意気な目をこちらに向けていた。
さらさらショートボブに、女子高生にはすでに失われたモッチリ肌。
背中にはリュックサック、左手にはキャリーケース。
推測するに、1週間ほど泊まれる装備だ。
「よろしくでぷぅ」
ぷくっと頬をふくらましたガキが、そっぽを向きながら挨拶をした。
滝藤小幸は、2年の月日を経て生意気さに磨きをかけただけでなく、強烈なキャラを身につけていた。
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