第34話 夏の始まり
鋭い朝日が差し込む車内。
俺は座りながら眠りと格闘していた。
電車の揺れって、なんでこんなにも心地よいのだろう。
あ、やばい。眠る。
フッと意識が無くなる寸前に、目を開ける、
寝ちゃダメだ。
これは一度でも目を瞑ったら、寝過ごしてしまうパターンの睡魔だ。
あと6駅か。
………………長いな。
眠るなよ、俺。
くそ、こんな厳しい睡魔と闘うことになったのは全て菜月さんのせいだ。
歩けなくなるまで飲むかな。
愚痴を聞いてもらったことら感謝しているが、そこは怒りたい。
とりあえず耐えろ、耐えるんだ。
今日の終業式に出れば夏休み。学校とは当分おさらばた。
こんなイージーな日を遅刻してしまったら、出席数が勿体ない。
待ってたんだ、この日を。高校入学した時から、ずっと!
電車が停車する。あと5駅だ。
開くドアを睨むように見ていると、他校の制服を着た女子高生が乗車し、なんと俺の隣に座ってきた。
ドキッとする。
昨日の菜月さんとは違う、女子高生が元来持つミルクの匂いがした。
新鮮だ。
ちらっと隣を見る。中学の幼さを少し残した可愛いギャルだった。
俺、ニオイ大丈夫かな?
昨日、夜遅くまで居酒屋にいたし、匂いが残ってるかもしれない。
自分のワイシャツの
反射的に体が強張る。
馬鹿か俺は。
何を意識してるんだ。
隣の子は俺のことなんかちっとも気に留めてないというのに。
だが、心臓は正直だ。ドキドキしてやがる。
情けない。
これでも日本男児だろうに。
胸にある日の丸はどうした?
ソワソワしているのを悟られないためにスマホをいじっていると、きりっとした声が頭上から降ってきた。
「お、滝藤。偶然」
吉田昴流だった。高身長の好青年で、俺が1番好きな男子だ。
席が空いていないので、俺の目の前に立つ。
はっ――――!?
隣を見ると、ギャルの目は吉田に釘付けだった。
その視線に吉田が気付き、そっちに目を向けるとさっと目を逸らす。
カッコいい……♡
ギャルの顔にそう書いてある。
ギャルはさっと前髪を整え、単語帳を開きつつ、チラチラと吉田を見る。
吉田のことを嫌いになろう。
敵だ、コイツ。
全国の男子高校生の敵だ。
「そういやさ、最近鹿島と仲良いけどなんかあったの?」
「いや別に」
「素っ気ないな」
言えないからだ。
小説書いてるのがバレたのがきっかけ、だなんて言えるわけがない。
まぁ、口調が冷たかったのは吉田のせいだがな。
「たまたま話が合っただけだよ」
「ふーん。じゃあ、今彼女はいないんだ?」
「いねぇよ」
いるわけねぇーだろうがよ。
彼女いたら、独り寂しく睡魔と闘ってねぇよボケが。
「吉田は彼女いるのか?」
「いや、いないけど」
「今までいたことは?」
「中学校の時はいたかな」
嫌いな奴だが、リア充の恋愛事情は気になる。
「付き合うってどんな感じで付き合ったんだ?」
「食いつくな。一体どうした?」
「気になるんだよ。どうやって距離を詰めたとか」
「鹿島と付き合いたいのか?」
「鹿島じゃなくても、可愛い女子と付き合いたい」
吉田は小さく笑った。
電車が停車し、隣の女子高生が降りる。
空いた席に吉田が座った結果、彼女の残り香が潰れた。
「ま、気付いたら恋人同士になってたのと、俺から告白した」
「意外だな。モテるくせに、あっちから来なかったのか」
こんなにかっこよくても、自分から告白することはあるんだな。
勇気がある。
こいつのこと、ちょっと好きになってきた。
「もちろん、何回か告白されたこともあったけど……」
やっぱり嫌いだ。
「フラれたことだってあるんだぜ」
「……信じられない」
こんなイケメンで高身長で性格良いやつを振る理由がわからん。
「そうか」
望んだ答えは得られなかったが、吉田の新たな一面がわかった。
どうやら俺は、このイケメンを人間としてかっこいいと思ってるらしい。
悔しいことに。
「ちなみに、今好きな奴はいるのか?」
「そうだなぁー」
何気なく訊いてみたが、吉田が言おうか言わないか迷っている。
この時点で、好きな奴がいることは確定だな。
どうせなら知りたい。
「誰にも言わないって。話した方が楽になるぞ。場合によっちゃ、協力してやれるかもしれないしな」
まぁ、ほぼ協力出来ることはないんだけどな。
女友達とか、数えるほどいないし。恋愛の助言なんか俺がもらいたいくらい。
「確かにそうかもな。お前がいてくれれば、心強いし」
ボソッと呟いたあと、吉田は前をまっすぐ見て言った。
「早川が好きなんだよね。入学当初から」
「えっ…………………」
早川?
「早川って、うちのクラスの……?」
「そう、早川茉莉」
吉田の頬は赤くなっていた。
でも、はっきりと好きな人を言った吉田の顔はかっこよかった。
「高嶺の花だって、わかってるんだけどさ。好きなんだよね。だから、4月後半からちょくちょくアプローチしてるんだよね」
高嶺の花?
笑わせんな。
誰よりもお似合いじゃねえか。
瞬間、ピースがハマった感覚がした。
あー、なるほど。そういうことか。
菜月さんが昨日のタクシーで『茉莉が好きか?』と聞いた理由がわかった。
つまり、こういうことだろう。
茉莉は吉田からアプローチを受け、段々と好意を抱いていっている。
しかし恋愛経験の無い茉莉は、どうしていいかわからず、菜月さんに相談した。
その話を聞いた菜月さんは、茉莉が吉田に好意を持っていることを知った。
だから、俺に聞いたのだろう。
幼馴染として長く関わっている俺が、茉莉のことを好きかどうかを。
菜月さんは優しい。
もし俺が好きだって言ったら、全力で協力してくれたことだろうし、慰める準備もしてくれただろう。
今思えば、『わからない』って答えた時に安堵していたのは、恋愛対象として見ていないことがわかったからか。
安堵の呟きは、少なくとも俺が茉莉のことを恋愛としての好きではないことを知って、胸を撫で下ろしたってところか。
全て繋がった。
なるほど、なるほど。
ついに茉莉も好きな人が出来たか。
嬉しいような、悲しいような。
複雑な感情を抱いていると、吉田が話しかけてくる。
「なぁ、好きな人を聞いたよしみでお願いがある。早川と海に行きたい。なんとか誘ってくれないか」
吉田は真剣な表情だった。
「誘うって、お前ら2人のデートにか?」
「違うよ。男女6人くらいで」
「いいけど、お前が誘えば1発じゃないのか?」
「誘ってはいるんだけどな、断られててさ」
あー、そりゃあ、水着を持っていないからだろう。
茉莉は菜月さんと2人で暮らしているが、食費から何から全て菜月さんが払っている。
本人はせめて食費くらい入れたいと言っているのだが、菜月さんがそれを許していない。
『女子高生は遊ぶのも勉強だ』
と言って、受け取りを拒否している。
菜月さんの言う通りだ。
せっかくの高校生活。遊ばなきゃ損。
しかし、そう言われて頷くほど茉莉は素直ではない。
今もずっとお金を貯めている。
何かあった時のために。そして将来、菜月さんに恩返しをするために。
「あー、海は難しいかもしれないなぁ」
水着は買わないだろうから。
「祭りはどうよ?」
「祭りかー。それもアリだな」
「じゃあ、そっち方面で誘えばいいんだな?」
「頼める?」
「ああ」
了承すると、吉田は笑顔で喜んだ。
「一応、海も頼むわ」
「海も?」
「ああ、だってもうメンバー組んじゃったからさ。早川が来なくてもやるけど、誘えるなら誘っといてほしいな」
「わかった。やってみるよ」
「助かる。それに滝藤も来るだろ?」
「え、俺も?」
思ってもない提案に驚く。
「ああ。梨沙子や立花もくるし、行くでしょ?」
え、あの皐月立花も来るの?
学校トップレベルの女子達と海。
想像しただけで心が躍る。
「絶対行く」
俺は目を輝かせた。
絶対に茉莉を海へ連れて行こう。
最寄駅へ着き、俺と吉田は軽い足取りで電車を降りた。
今年の夏は、いつもより数十倍楽しくなりそうだ。
さてと、水着でも買いに行くか。
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