著:雨宮キタロー 『ヒロイン争奪戦』 第2話:体育祭
ライバルがたくさんいるなか、真庭はこの間の席替えで鹿島梨沙子の右隣という良い席を得た。
だというのに、一度も話しかけられずにいた。
(中学校の時みたいに、席がくっついていればなぁ……!)
中学の頃は2列ずつ席をくっつけていた。
そして人数比によって例外はあれど、男女隣り合う席となっていた。
席がくっついているため、否が応でも話し合う。
しかし、高校はくっついていない。
話しかけるには勇気がいる。
その勇気が、真庭にはあまりない。
ので、チャンスを狙っていたが、なかなかやってこない。
鹿島の隣には仲の良い女の子(この子も可愛い)がいて、授業が終わるとそいつがすぐに鹿島に話しかける。
そいつ以外にも、たくさんの女子が鹿島に寄ってきて、いつの間にか女子達とどこかに行ってしまっている。
鹿島は人気者である、ということを改めて認識した。
さらに、友達でありライバルである
立ち位置も真庭と鹿島の間に立つという、見事な壁。
(馬鹿どもめっ………仲間で潰しあってどうするんだ………っ!)
真庭はこう思っていたが、3人に言わせると、
(((真庭を潰しつつ、鹿島と近づくチャンスだ)))
彼らはこれを好機と捉え、こぞって存在感をアピールする。
(人はなぜ自らを高め合いながら競うのではなく、
と、嘆く真庭も真庭であった。
結局、チャンスを活かせぬまま、6月を迎えた。
6月1日の帰りのホームルームにて、教師が「体育祭委員は今日の放課後、3年2組な」と発言した。
6月にはビッグイベント、体育祭がある。
男女の仲が急接近する特大イベント。
クラスで団結する気運が高まったり、お祭り気分もあって、関係が進展しやすい。
去年、体育祭を機に付き合った男女が、友達の少ない真庭の知る限りでも4組。
(ここが狙い目だ)真庭は意気込んだ。(ここでやらねば、これまでチャンスをくれた恋愛の女神も呆れて見捨てるだろう)
拳をグッと握り、体育祭までに体とトーク力を仕上げようと決意した。
※
「1レーンで走る人は、この列に並んでくださーい!」
体育祭当日、真庭は鹿島がいる応援席にはおらず、それとは反対の位置にある競技者集合場所で大声を出していた。
そう、真庭は体育祭実行委員の仕事をこなしていた。
「なぁ、俺どこ?」
ゴリマッチョの上級生が、真庭に尋ねてきた。
「どのレーンで走りますか?」
「忘れた」
(ふざけんなマジで)「名前を教えてもらってもいいですか」
「
真庭はジャージのポケットから体育祭のしおりを出して確認する。
「9走目の3レーンですね。あそこです」
礼も言わずに寺島は、指定された場所へ向かった。
(礼ぐらい言ってから行けよ)
普段はこんなことに腹を立てないのだが、今日は苛立ちのピークということもあり、無礼な寺島のことを胸中でボロクソに言った。
(くそっ、どーしてこーなった……っ!?)
真庭のクラスはいつになっても体育祭実行委員が決まらずにいた。
誰も立候補しなかったのだ。
あまりにも長引いたため、くじ引きとなった。
その結果、真庭が男子体育祭実行委員という紙を掴んでしまった。
人目を気にせず、くじが置いてある教卓の前で崩れたことは言うまでもない。
その後は体育祭実行委員が招集されることなく、真庭もすっかり忘れた。
6月1日、同じクラスの女子体育祭実行委員の
そして、今に至る。
「はぁー……」
ため息が止まらない。
好きな子と接近するチャンスをやりたくない委員会で逃したとなれば、ため息が出るのも無理はない。
「そんなにため息ついてどーしたの?」
競技者を一通り並ばせた御坂が真庭に話しかける。
いつもは綺麗なミルクティー色の髪を外はねさせているが、今日はくるっとしたサイドを残して、ポニーテールにしている。
とても似合っていた。
「いや、ちょっとね」
「ふーん、ため息すると幸せが逃げるよ?」
御坂は優しい笑顔を見せた。
学年の男子ならつい舞い上がってしまう笑顔だが、今の真庭には届かなかった。
(もう十分逃げてるって)「気をつけるよ」
真庭は体育祭のしおりに目を落とす。
ほとんどの競技に、自分の仕事が入っている。
ため息を我慢しつつ、鹿島がいる応援席を見た。
遠くてよく見えないが、ワイワイしていることは確かだった。
(さぞ楽しいだろう)
それを認識した瞬間、反射的にため息が出た、
「あ、またため息」
御坂がまた指摘してきた。
「おっと」
「もうっ、ダメだよ。周りのやる気も下がるからね」
「ごめんごめん」
「相談なら乗るよ?」
「大丈夫だって。あ、そろそろ入場だって」(恋の相談なんか出来るかよ)
真庭が言った数秒後に、グラウンド内に入場のアナウンスが響き渡る。
真庭含む体育祭実行委員は、競技者を見送った。
するとすぐに次の競技の整列準備が始まる。
真庭は再び大声をあげて誘導した。
(なんとかしてここから脱出する方法を考えなければ)
考えるも、暑さと疲れで上手く思考が回らない。
ふと、御坂が視界に入る。
「あれ? 伊織体育祭委員なの?」
「そうだよ〜。くじ引きで引いちゃってさ」
「あはは。ドンマイ。しっかり働けよ」
「言われなくても働くよ!」
とか、
「伊織ちゃんじゃん!」
「あ、先輩、こんにちは。100m走るんですね!」
「まぁね。でも陸上部とだから、厳しいよ」
「先輩、足速いから大丈夫ですよ。頑張ってください!」
「おう!」
など、御坂は2年や3年の競技者と楽しそうに話しながら、仕事をこなしていた。
(御坂レベルまで可愛いと、あんなふうに関われるんだ)
見た目がギャルっぽい御坂は学年関わらず男子に人気がある。
可愛い顔立ちに加えて、ほどよい胸の膨らみと足の細さ。
化粧も全体的に薄いが、要所要所にアクセントがあり、メリハリがついている。
つまり、容姿は学年トップレベル。
性格も、気さくで人見知りしない。
プラスでおだて上手となれば、人気になるのも頷ける。
(俺には出来ない関わり方だ)
御坂の容姿と性格があってこその関わり方である。
とても真庭が真似できるものではない。
御坂から得るスキルはないと判断し、
(無心だ。無心で働こう)
真庭は次の仕事を淡々とこなす。
そんななか、
「伊織~!」
(かっ、鹿島!)
愛しの声が少し遠くから聞こえ、真庭は反射的にそっちへ向いた。
鹿島と友達が、御坂に話しかけていた。
「あ、梨沙~!」
御坂と鹿島が仲良さげに手を合わせる。
「体育祭委員、めちゃくちゃ頑張ってるね」
「まぁね~、真面目だから」
「あれ~? この間、国語の授業寝てたの誰だっけ~?」
「あれは、たまたまだよ!」
(鹿島って、からかったりするんだなぁ)
にっこり笑顔の真庭。
鹿島の知らなかった一面を見て、嬉しい気持ちになった。
もはや仕事そっちのけで、鹿島と御坂の話に聞き耳を立てる。
20秒ほど話した後、
「じゃあね、伊織! がんばってね!」
「うん、ありがとう!」
御坂とその友達は鹿島に手を振って、トイレのある方へ歩いて行った。
それと入れ替わりで、真庭が御坂に近づいた。
「なぁ、鹿島と仲が良いのか」
鹿島と御坂が話しているところを、真庭はあまり見たことがなかった。
「うん、一緒に銭湯行くくらい」
「せせせせせ銭湯っ!? 銭湯ってあ、あ、あ、あ、あのっ!?」
刺激的な妄想により、真庭の思考回路がショートした。
「うん、そうだけど……………どーした?」
ドン引きした御坂の顔を見て、真庭は即座に平常心を取り戻す。
(危ない危ない。このまま
真庭は心を引き締めた。
「い、いや、女子でも銭湯行くんだなって」
「そりゃあ行くでしょ。梨沙、あー見えて銭湯めっちゃ好きだからね。1回入ると長いこと長いこと」
「マジで!? ……実は俺も好きなんだよね、銭湯。部活帰りによく行くんだよ」
平気な顔してペラペラと嘘を吐いた。
風呂に特別な感情はない。興味もない。
銭湯はほとんど行ったことがないし、行きたいとも思わなかった。
家の足すら満足に伸ばせない風呂で十分。
そもそも、真庭は長風呂が好きではない。
パッと洗って、パッと浸かって、パッと出るの「3
(でも、鹿島が銭湯を好きだと言うのなら、俺も銭湯を好きになろう)
この決意を胸に、真庭は断言する。
「銭湯、マジで愛している」
「へぇーそうなんだ」
御坂はあまり興味がなさそうだった。
(しかし、これはチャンスだ。これを機に、御坂から鹿島の情報を聞き出そう)
聞こうとした瞬間、真庭に遮られる。
「ねぇ、真庭って梨沙のこと好きなの?」
「えっ!?」
ドキッとする。
(どう答えるのが正解なんだ……っ!?)
考えた結果、
「いや、好きじゃないけど」
またもや嘘をつくことにした。
「そうなんだ。ならよかった」
「え?」
「梨沙って好きな人いるらしいから」
「マジで!?」
「……やっぱ好きなんじゃん」
「い、いや、そんなわけではないけどー……」
平静を装うが、顔が引き
(鹿島って、好きな人いるのか!?)
心臓がバクバク鳴る。喉はカラカラ。周囲の音が遠のく。視界もグラグラしてきた。
足元から崩れ落ちるような感覚。
気を抜けば、地面に座り込んでしまう。
「顔、青いよ?」
(いるのか!? 好きな奴っ!! 鹿島には好きな奴がいるのか!?)
頭にサイレンが鳴り響いている。まともに考えられなくなっていた。
「この際、恥を捨てて聞くけど……鹿島の好きな人って俺かな?」
「違うよ」
「だよなぁ〜……」
恥を捨てて聞いたが、体全身が熱くなり、汗が止まらなくなる。
人間、完全に恥を感じないのは無理だったようだ。
「というか、私も知らないんだよね。梨沙の好きな人」
「え、そうなの!?」
「うん」
真庭は
「じゃあ、俺のこと好きじゃないっていうのは確定じゃないんだ」
「いや、確定だと思う。だって梨沙の口から真庭の話聞かないもん」
真庭は項垂れた。地獄の底に突き落とされた気分だった。
「……………」
「あのー、大丈夫?」
「…………すぞ」
「えっ?」
「探すぞ」
真庭の目はギラついていた。
「鹿島の好きな奴、探し当てんぞ」
(絶対に
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