第32.5話 作ろうぜ、最強の美少女 裏エピソード

 午後11時。


 本来なら自室のベッドに寝っ転がり、眠くなるまでInstagramとYouTubeを行き来する時間だ。


 しかし今日は違う。


 LINEの、ある人のトーク画面を開いている。


 一歩踏み出してメッセージを送ろうと文字を打てば、途端に気恥ずかしくなって文字を消してスマホを投げ捨てる。


 こんなことをずっと繰り返している。


 惰性だせいで見るYouTubeを開くことすら、億劫おっくうになっている。

 

 一体、何しているんだ……私。


 自問して、迷っている時間が無駄だと熱っぽく結論づけて、投げ捨てたスマホを手に取り、再び文字を打つ。


 打ってる途中でふと冷静を取り戻し、スマホをベッドへ放り投げる。


 両手で数えられないくらい迷い、ついに迷い疲れた私は、仰向けでベッドに寝ながら、天井をぼーっと見た。


 変なことは考えるな。


 あんな男、顔もタイプでなければ、身長だって高くはない。勉強の出来は知らないが、頭は良くないだろう。


 あの4組の吉田昴流すばると比べたら、100人が100人吉田を選ぶ。


 相手は取るに足らぬ男だ。嘲笑あざわらわれたところで、何の問題もない。


 なのになぜ迷う。


 そして私が出した答えは、



 ――――今日はやめよう。


 明日でいい。


 もう寝よう。ちょうど良い眠気もある。


 一度決めてしまうと、心が軽くなる。


 夜中に悩むことほど馬鹿なことはない。


 目覚ましのアラームを設定しようとスマホを手に取った瞬間、眠気が吹っ飛んだ。


『よぉ、起きてるか? 起きてるなら、少し話そうぜ』


 送ろうと思っていた相手から、連絡がきていた。


 しかも、既読済み。


 スマホを放り投げた時、トーク画面が開いたままだったらしい。


 サイアク……。


 既読してから5分が経っている。


 きっと送ろうとしたのがバレてる。


 そして今は返すかどうか迷っていると思われている。


 っず。


 時を戻したい。


 なんて返すか、そもそも返すかどうか。


 トーク画面を開きながら悩んでいると、


『おい、起きてるだろ。返せや』


 もう1つメッセージがきて、瞬時に既読という文字が浮き出た。


 …………………無視だ。無視をしよう。


 奴を突き放す。


 これで私がどういう人間かわからせる。愛想尽かせば、奴もわかるだろう。


 今度こそスマホの画面を閉じ、枕の横に置こうとした瞬間、ブブッとスマホが振動した。

 

『ごめんね、お風呂入ってた!』


 ………は?


 目の前に表示されたメッセージが理解できない。


『んだよ。心配したぜ』


『ごめんね。お風呂は……ウソ』


 どんどんメッセージが流れていく。


 ――――アイツ、自分のメッセージに


 しかも、見るに堪えない気持ち悪いメッセージを。


『ウソ!? 本当は?』


『実は…………恥ずかしかったの!』


『なんで恥ずかしがるんだよ』


『だってだって……私に寄り添ってくれる人、アナタしかいなかったから』


『そうだったのか……大変だったな』


『あのね、伝えたいことがあるの』


『なんだい?』


『す・き・♡』


 気付いたら着信をかけていた。我慢できなかった。


 ワンコール終わると同時に出る。


「はい、もしもし」


 至って普通に出た。それが尚更腹が立つ。


「……うぜーよ。そしてキメェ」


 率直な怒りを伝えた。馬鹿にして。


「なんでキモいんだよ。お前の真似したってのに」


「私はあんな性格じゃねー」


 生まれてこの方、男女含めて好きと本気で言ったことはない。


「はぁー。そもそも、お前が既読無視しなければこんなことしなかったんだからな。そこんとこ、理解しておけよ」


「次やったら、ブロックするから」


「ブロックしてみろ。トーク画面を加工して、俺とイチャイチャするトークをSNSに公開してやるからな。ついでに、6組の黒板に俺と時任の相合傘も書いてやるからな」


「やったらマジで潰す」


 ドスを利かせて威嚇いかくした。


「こわっ……」


 会話が途切れた。


 ……私は、何を話せばいいんだ?


 そもそも、なんでこいつに連絡を取りたかったんだっけ?


 話を聞かせてくれよって、昼に言われたんだった。


 じゃあ、何の話を聞かせるんだっけ?


 わからない。


 それに、いったい自分は何を言うべきなんだろうか。何を言おうとしているんだろうか。


 家族の状況?


 過去?


 それとも、しいたげてきた奴らへの懺悔ざんげの言葉?


 どれも違う気がする。


 まだ沈黙が続くのか、と思った矢先、


「なぁ、家族のことは嫌いか?」


 アイツから訊いてきた。


 長い黙考のち、私は、


「好きなわけがない」


 本心を絞り出した。


「奇遇だな、俺もだ。家出するくらいにな」


「家出?」


「ああ、飛び出したよ。中2の時にな」


「今はどこに?」


「学校から3駅ほど離れた場所に、一人暮らし」


「え、金は……? それにどうやって契約を?」


「色々な人の力を借りてな。金は少なくて苦しいけど、何とか自分で稼いでる。中学生や高校生が誰の援助も受けずに一人暮らしなんてできやしないからな」


 一人暮らし。そんな方法もあるんだ。


 知らなかった。


 甘え、と奴は私の行動に対して言っていた。


 悔しいけど、認めるしかない。


 私は甘えていた。


 家が嫌いだからと言って家を抜けださず、他人に当たり散らしていた自分は、奴より甘えていた。

 

「そうだ、今度俺んちに来いよ。高価な物やお洒落な物は一切無いが、わりと満足に暮らしているぜ。そこでお前の話を聞かせてくれよ」


 友達のように言ってきた。


「……なんでオマエは、ここまでしてくるんだ……?」


 こいつの名前なんて、今日初めて知ったというのに。


「そりゃあ、他人事とは思えなかったからだよ」


「他人事?」


「ああ。程度の差はあれ、同じ親を嫌う者同士、なぜか他人事とは思えなかったんだ。このままお前が堕落していったら、なんか悲しいからな。それよりも、なんかこー、すげぇ見返し方があるかもしれない」


「……今更行いをよくしたところで、許されるはずもない」


 しいたげる人は忘れるものだが、虐げられた人はいつまでもそのことを覚えている。


 現に、自分は虐げた人など覚えていないし、何をやったかも覚えていない。


 でも、家族や妹達から受けたことを覚えている。


 しかし、家族や妹達は私にしたことなど気にも留めていないだろう。私と一緒で、虐げている意識が無いはずだ。


「許すか許さないかは篠木含め、お前がいじめてた奴が決めるが、生き方を変えるかどうかは、時任が決められるじゃん」


「……………………………」


 奴の言葉が、私の胸に突き刺さる。


「一緒に考えようぜ。俺の部屋を作戦会議にしてさ」


 彼の笑顔が、思い浮かんだ。笑顔なんて一回見たことあるかないかなのに。


 ドス黒く冷たい塊の上に、一雫ひとしずくの水が、ピトンと落ちた。


 なるほど……そうか。


 どうして彼の連絡先を手に入れたかったのか、今やっとわかった。


「…………………悪く……ないかもね」


「決まりだな」


 彼は――――—滝藤喜太郎は、自分のことのように考えてくれる。頼んだら、いつでも駆けつけてくれる。


 だから、私もつい心を許してしまうのだろう。


「一緒に復讐してやろうぜ、時任」


 16年もの間、私の中で凍り続けいた巨大な憎悪が、解け始めようとしていた。

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