第31話 いつか私が、あなたの秘密を暴きます
放課後、俺と鹿島は3年8組へ行った。
土曜日に行われた体育祭の反省会をするため、臨時の体育祭委員会をやるというのだ。
気づいた点は色々あったが、反省会中は意見を言わず、ただただ黙っていた。
来年はやらない。
こんな女子と仲良くなるチャンスを無くす委員会なんて、二度とやるか。
返せ、俺の体育祭を。
みんなも同じ気持ちかどうか知らないが、一部の3年生しか質問しなかった。
そのため、1時間半を予定していた委員会が1時間足らずで終わった。
体育祭委員が次々と教室を出て行くなか、
「うーーー………ん」
座りながら、鹿島が両手を高く上げて伸びをする。
浮き
いくら小さいとはいえ、女子特有の膨らみは男子を惹きつける魔力がある。
ふと、小さな丘が消え、平地となった。その平地が、俺に迫ってくる。
「さ、行こ」
友達に語りかけるような口調で誘う鹿島の顔には、夕陽が当たっていた。
改めて見ると、美人だよなぁ……。
「あ、ああ」
胸と顔のダブルで見惚れてしまったので、気の抜けた返事になってしまう。
「大丈夫? 疲れてる?」
「あー……そりゃあな」
「はい、ダウト」
俺の鼻の先にビシッと人差し指を差す。
「私に見惚れてたでしょ」
「なっ!?」
こいつ、よく見てやがる。
「女子ってね、男子の目線に敏感なんだよね。ずばり、胸とみた」
「げっ……」
ふっふ〜と得意げにする鹿島。
男子のエロさを暴露してくる女はよくないぞ。
「滝藤もエロいんだね〜」
無い胸を強調してくる。
くそ、こんな虚無に見惚れただなんて。どうかしていた。
「うるせぇ、さっさと行くぞ」
「うん」
普通の表情で頷いた。
うん。昼休みと比べて大分よくなった。
俺達はいつもの集合場所である公園へ向かうために、校舎を出た。
「なんかさ」
鹿島が前を見ながら、ポツリと言った。
「全部、滝藤の言う通りになったね」
ああ、今日のことか。
「俺の予想する人物像と合致していてよかったよ」
安堵の言葉と共に、俺は篠木のいじめ発覚から今日までの水面下の行動を思い返していた。
篠木ダイエット計画を立てた時、俺は同時に篠木をいじめる6組の奴らを止める計画も進めていた。
理由は簡単、根本から断たなければいじめは無くならないからである。
篠木が痩せたところで、いじめがなくなるとは到底思えなかった。一度ターゲットにされたら、なかなか外れない。
それに、篠木のいじめが止まっても、他の人がターゲットにされては意味がない。
いじめを止めるには、加害者の更生も必要であると考えた。
誰もいないところで加害者と対話し、失敗したらいじめの証拠を教師に提出することを方針として、俺は篠木には秘密裏に行動した。
敵を知り、己を知れば百戦危うからず、とは誰が言ったか忘れたが、それを実行させてもらうまで。
己のことは嫌になるほど知っているので、あとは敵だけ。
友達がいない俺が、迅速かつ効率的に人物の情報を集められるわけがないので、鹿島に協力を要請した。
『任せてよ。私の大切な友達をいじめるなんて、絶対に許せない』
鹿島はこの学校の中でもかなり顔が利き、SNSでの繋がりも多い。
こちらが時任達を探っていることを早い段階でバレると面倒なので、SNSで探した。
顔は覚えている。特にリーダー格のあの冷たい顔は
ものの10分で見つかり、彼女達の名前を手に入れた。
時任の顔を指差した時、
『うそ……見間違いじゃぁー……?』
と、鹿島は動揺していたが、何度見ても金を取り返した時に見た顔の人間と一緒だった。
『いいや、本当だ。間違いない』
『…………この目で見るまでは……』
『そんなことを言っていたら、手遅れになってしまう』
『でも……………友達を売ることはできない』
『お前のもう1人の友達がいじめられている。その友達のためなんだ』
『……………………』
『大丈夫、悪用は絶対にしない。それに本当に勘違いだったら、俺のことをぶん殴ってくれていい。土下座もする』
『沙良とは塾が一緒だったの』
ポツポツと、時任との出会いから仲違いになるまでを語り出した。
進学塾に通っていて、2年の時に知り合ったこと。
何となく話が合い、ちょくちょく連絡を取り合う仲になったこと。
時任の家庭環境を聞き、同情したこと。
中学3年生の9月ごろ、時任が自分より成績の良い塾生に嫌がらせをしたこと。
それを鹿島が
そのことで塾では鹿島グループと時任グループにわかれて、完全に決別してしまったこと。
そして、同じ高校に入ったにも関わらず、今日まで話さないで過ごしてきたこと。
鹿島の話を聞きながら、俺は時任が自暴自棄の末に非行に走っているのではないかと推測した。
親との不仲で精神が不安定になるのは、小学校の頃に体験済みだ。
ましてや、性格以外に非の打ち所がない親や姉妹がいたら、どこかで発散しなければパンクするだろう。
どうせ発散するなら、自分より才能があって、弱い人間がベストだ。才能が潰されていくのを見るのは、さぞ楽しいだろうしな。
そして高校生になってからは頭がよく、自分より弱い存在として篠木がターゲットにされた。
今思えば、取り巻き2人も篠木なら
決めつけだが、合っている自信はあった。
時任の目は、家を飛び出した時の俺の目と似ているから。
『ありがとう、信じて話してくれて』
全てを話し終わったタイミングでお礼を言うと、鹿島は悲しそうな顔でこう呟いた。
『一緒にアイス食べたこともあったんだけどな……』
鹿島は感傷を顔に
まだ、信じたい気持ちがあるのだろう。
友達が悪い方向に向かうのを見るのは、辛いだろう。
鹿島にこんな辛い顔をさせた以上、時任を何とかしたいという気持ちが、俺の心の中でどんどん広がっていった。
続いて俺は、時任の取り巻き2人である須曲と込山について調べた。
2人ともSNSにあげられている写真は高校のものばかり。プロフィール情報も出身小学校・中学校は載せていない。
このことから俺は、2人は高校デビューの可能性が高いとみた。
推測を裏付けるために、彼女たちと同じ中学の人間を探そうとした。
6組の女子に訊いたところ、初めての6組のホームルームで行われた自己紹介のなかに、出身中学校を言うことがあったおかげで、隠していた出身中学も簡単に手に入った。
その中学校を調べると、2人とも高校から1時間半かかる場所にあることがわかった。
そのため、学校の中には誰も同じ出身校がいなかった。
万事休すかと思われたが、ここで鹿島と時任の関係を思い出した。
進学校に入る以上、塾に通っていたはず。そこまで遠い塾に通うはずがない。
塾のつながりを見ていけば、いずれ奴らの存在にたどり着く。
須曲と込山の中学の近くにある中学校を探すと、それぞれ3校ある。
あとは気合と根性の芋づる作戦である。
2人の中学と近い中学校の出身者を高校で探し、その出身者から須曲か込山のことを聞く。
知っていれば情報を、知らなければ関係がありそうな人や2人と同じ中学校に通っていた人間とコンタクトを取れるようお願いした。
これも、口の上手い鹿島が中心となって情報を集めた。
俺だと「狙ってるの?」とか「ストーカー?」とか邪推されて、情報収集の障害になりそうだし。
鹿島の尽力の結果、体育祭当日に、欲しかった情報を集めきることが出来た。
やはり2人は、高校デビューだった。
ここまで情報を集めたところで、俺は時任にのみ重きを置くことにした。
頭を潰せば、時任グループは一気に瓦解する。須曲と込山は、1人で何か出来るタイプではない。
それに2人は、単に高校デビューが成功して調子に乗ってるだけ。
ちょっと痛い目を見れば、落ち着くはずだ。
2人の公開されたくない情報と写真はすでに手に入れた。
あとは彼女達に突きつけるだけ。
決行は、3人が再び篠木をいじめ始めた時。
これが、先程の昼休みで実行した計画の全容。
で、なぜ彼女らを見つけたかというと、これは偶然だった。
小テストをさっさと終わらせて学食へ向かおうとした瞬間、草むらに弁当用の巾着袋を見つけた。
どんな捨て方してるんだよ、とツッコミながら向かうと、篠木の巾着袋だった。
―――マズい!
嫌な汗が背中を流れた。
俺は弁当箱を拾い、鹿島に連絡しながら、人通りのなさそうな場所へ向かった。
で、最初に向かったのが、篠木と出会った校舎裏。
たまたまそこがドンピシャだっただけ。
俺は静かに動画撮影しながら、出るタイミングを伺い、飛び出た。
本当に偶然と幸運が重なった。
昼休みの件が上手くいったことを思い出し、1人で
「たまたまハマってよかったよ」
「いやホント、すごいね滝藤は」
「珍しいな。お前が素直に褒めるだなんて」
「だって和子だけでなく、沙良も救うなんて」
「救うだなんて大袈裟だなぁ。手助けぐらいだよ。時任なんかはまだ手助けすらできてないなしな」
アカウントは交換したが、まだ連絡は来ていない。このまま送らないつもりだろうか。
「でも、穏便に済んだ。沙良の性格だと、高圧的な態度でいったら完全に屈しなかったと思う。そうなれば、沙良を潰していたかも」
「…………まぁ、少なくとも教師に動画は提出していたな」
そうなれば、停学は免れなかっただろう。
高校1年生とはいえ、いじめは大問題だ。
しかも、次から気を付けてねで済むレベルではないことまでやっている。
家族に泥を塗れるだろうが、自分が受けるダメージも大きい。
そうなれば、更生は遠のく。
あと一歩のところで成功して、本当によかった。
ただ、篠木にとっては納得できない結果に終わったかもしれない。
あとでフォローしておかないと。
「私だったら、きっと、こういう結末は迎えられなかったと思う」
鹿島の顔に
「何言ってんだ。ここまで上手くいったのは、鹿島が頑張って情報を集めてくれたからじゃないか。鹿島がいなかったら完全に詰んでたぞ」
「確かにねー。それはあるー。私の偉大さがわかったか」
俺の気遣いを察してか、明るい口調で返した。
「……………ねぇ」
「なんだ?」
「なんで滝藤はあんな対応したの?」
「あんなって?」
「その…………沙良に歩み寄ったの?」
「あー……」
それかー。
少々考える。そして俺が出した答えは、
「なんとくなくだよ。強いて言えば、女子だったからかな?」
誤魔化すことにした。
俺の返答を聞いた鹿島は、こっちをじーっと見る。
「ウソ発見器のアプリ、使ってもいい?」
「いや、それは勘弁してくれ」
鹿島はふふっ、と笑う。
「私達って、いつも私からあなたの秘密を暴いていたもんね。だから―――」
鹿島が俺の前に出て、
「いつか私があなたの秘密を暴きます。覚悟しててね」
右手でピストルを作り、俺の心を目掛けて放つ。
瞬間、心臓の鼓動が大きくなった。
なんでだ……?
「ともかくっ! ……今日の滝藤はかっこよかったよ」
「じゃあ今なら、お前の彼氏に応募出来たりするのか?」
「うーん、ワンチャンくらいはあるかもね」
「何
「3
「全然無ぇじゃねぇーか!」
あははと笑って早歩きになる鹿島。校門に差し掛かる所で、くるっと俺の方を向いた。
「さ、早く和子のところへ行こ」
自分の中に芽生えた感情を放置したまま、俺は鹿島の後をついて行った。
公園に着いてすぐ、篠木を見つけた。
1人で、真剣に、そして一生懸命走っていた。
篠木が俺達の姿を見つけると、走りながら手を振ってきた。
「変わったな」
「そうだね」
あの日、体育館裏で独り悲しんで、後ろを向いていた篠木はもういない。
俺達がいなくてもあんなに頑張っている。篠木はもう十分変われた。
そして多分、これからも変わり続けていくんだと思う。
「滝藤も参加してくれば?」
「やってくるか。鹿島は?」
「私はいい。化粧崩れちゃうから」
「そうか、なら言ってくるわ」
夕日を背に、俺は篠木と一緒に走りながら、鹿島は俺達を応援しながら過ごした。
トレーニングが終わり、鹿島の待つベンチへ戻る。
周りの暑さもあって、汗が滝のように流れる。
汗をかくのは嫌だが、今日に限っては気持ち良かった。
運動も悪くないな。
そうだ、帰りに銭湯でも寄って行こう。
一休みして、帰ろうってなった時に、篠木が急に立って、ベンチに座る俺達の方へ向いた。
「あの、今日伝えたいことがあるんです」
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