第30話 The same as

「お前をかばってくれる味方はもういない。謝るなら、今だぞ」


 先生のような口調でさとす滝藤さんに対し、時任は天を仰いで嘆息たんそくする。


「だからさぁ、好きにすれば?」


 この世の全てを恨んだような目を、滝藤さんや私に向ける。


「そのかわり、もしオマエらが動画をリークしたことで私が不利益をこうむったその時は、覚悟しておいてね」


「うっ……」


 完全に話し合う余地がない。


 時任は、取り巻き2人とはベクトルが違う。底知れない闇を感じる。


 いったいなぜ、こんなにも私を狙ってくるの? 

 なんでこんなにも私を敵対視するの?


 接点なんてなかったはず。


 彼女に嫌われるようなことは言ってない。


 考えても考えても答えが出ない。


「あの、わたし何かしましたか?」


 気付いたら口に出していた。


「いや多分、篠木は何もしてない」


 その問いに答えたのは、滝藤さんだった。


「というか、究極誰でもよかったんだろう。自暴自棄になっているだけだからな。そうだろう? 沙良姉ちゃん」


「―――――っ!?」


  途端、激しい怒りが顔全面に出る。その矛先は、鹿島さんに向いた。


「リサ……っ!」


「ごめんね。話しちゃった」


 感情が一切こもっていない、無機質な口調だった。


「でも、仕方ないよね。人の心を踏みしじっておいて、自分は踏み躙られないって、そんな一方的なことはないんだからさ」


「オマエ……!!」


 拳をグッと握った時任は、殺す勢いで鹿島さんに迫る。


 対する鹿島さんも、体勢こそ変えないものの時任を迎え撃つオーラを出した。


 一触即発—―――


「やめろ」


 2人の対角線上に、滝藤さんは身体を滑り込ませた。


 バシッ!!


 滝藤さんの左頬に時任の拳が当たる!


「滝藤さんっ!」


「これでとりあえずは気を済ませろ」


「邪魔すんなよ。オマエから潰すぞ」


 なおも殴ろうとする時任を宥めながら、滝藤さんは顔だけ鹿島さんの方に向ける。


「鹿島も余計な挑発はするな! さっきも伝えただろ。」


「…………ごめん、熱くなった」


 しゅんとした声で鹿島さんが謝り、少し後ろに退がった。


 しかし、時任はそれでも殴ろうとするので、滝藤さんは時任の両手を掴んだ。


 そして、感情を抑えて語り始める。


「両親共に高学歴、2人いる妹も俺や時任とは比べ物にならないほど頭が良い。それこそ、お前が一生懸命勉強したけど落ちた中学校にて、2人の妹は難なく受かった」


「……………」


「両親はお前のことを陰で『努力不足』、妹達は面と向かって『出来損ない』と言われれば、反抗心を持つのも当然だ」


 時任の動きが次第に鈍くなっていく。同時に、殺気立った感情も落ち着いていく。


「高校受験で見返そうと睡眠時間を削り、人間関係すらないがしろにするほど頑張ったが、結果は補欠合格。しかも繰り上がり合格は無かった」


 時任の動きが完全に止まり、黙って滝藤さんを見る。


「家族からはそもそも補欠合格ってこと自体喜ばれず、この学校に入学することが決まってからはさらに落胆された」


 滝藤さんは、時任から一度たりとも目を離さない。


「家族にそんな扱いを受け、お前はついに復讐を決めた。家族に計り知れない汚名をつけるという、復讐を。そしてお前は、鬱憤の捌け口も兼ねて、いじめを始めた」


 滝藤さんが掴んでいた時任の両手を離す。


「バレて退学になれば、親の顔に泥を塗れる。SNSに上がって世論が炎上すれば、家に嫌がらせや取材がくる。妹達も、学校で陰口を言われ続けるだろう。まさに復讐だな」


「よくもまぁ、そこの女から仕入れた情報でそこまで物語を作れるもんだね。小説家にでもなったら?」


 時任は鼻で笑った。でも、なんだろう。無理しているような気も……。


「そこにいるデブが気に入らないからやってる。それだけ」


 私を睨む。


 が、いつもの鋭さが足りない。


 誤魔化している。ここにいる全員が、そう思ったはず。


 でも滝藤さんはそれを突っつきはしなかった。そのかわり、


「甘えだな」


「――――は?」


「甘えてる」


「……甘え?」


 時任の眉が動いた。鋭さに欠けていた目つきも、次第に鋭くなっていく。


「親への復讐のためにグレて周りに迷惑かけるなんざ、他人に甘えてる。そんなのが許されんのは、義務教育までだぜ」


 ハッ、と鼻で笑った。


「わかったような口をきくなよ、キメェな。家族関係が良いオマエにはわからないだろうな」


「わからないな。だから教えてくれよ」


 滝藤さんはポケットからスマートフォンを出した。軽く操作したあと、「ほらよ」と時任に投げる。


 時任は片手で難なくキャッチし、スマホを見る。


「なんのつもり?」


「俺の連絡先だ。友だち追加しといてくれ。んで辛い時、連絡してこい。お前の話を聞かせてくれよ」


 時任に非難の目を一切持たずに歩み寄った滝藤さんが、眩しく見えた。


「は?」


 最初は上手く飲み込めなかった時任も、段々と飲み込めてきた。


「ふざけてんの?」


「ふざけてねぇよ」


 滝藤さんは「はぁー」と呆れた。


「あのな、辛い時は辛いって、助けを求めるんだよ。人を頼れ。痩せ我慢も時には必要だが、パンクするくらい我慢すんな」


「パンクなんかしてねぇから」


「パンクしてない人間が、こんなにわかりやすくいじめるかな?」


 言葉に詰まる時任。


 暴行されている時は、痛みのことで頭がいっぱいだったが、考えると確かに妙だ。


 誰もがカメラを持っていて、情報を不特定多数の人に発信出来るこのご時世、人前でいじめをするのは自殺行為に等しい。


 滝藤さんの話によると、時任は賢い。私よりもずっと。


 そんな賢い人間が、教室内でパシリをお願いするのだろうか。


 バレやすい昼休みに暴力を振るうのだろうか。


 高校生なりに、バレない方法を探すはずだ。


「時任に無いのはさ、弱音を吐く勇気と、人を頼る勇気だ」


「…………弱音なんか……」


 時任は目を伏せ、拳をぎゅっと握った。


 彼女も、誰かに優しくされたことがない人間だったのかもしれない。


「見栄を張り続けるのは疲れるだろ。どこかに憩いの場、逃げ場が必要なんだよ」


「………………」


「お前がいつも引き連れている取り巻きとは違い、俺はお前のことをそれなりに調べて、弱い部分を知っている。寄りかかるには絶好の人間だと思うんだがな」


 そして滝藤さんは、とびっきり優しい笑顔で、


「人を頼れ。信用しろ。少しだけでいいから。一度してみれば、二度目からは楽だぞ」


「しっ………っ………」


 視線が私や滝藤さんを行き来する。何かを言おうとして、言葉を飲み込む。


 私達3人は、答えが出るのを静かに待つ。


 そしてついに、時任は決断した。


「わ……悪かった………今までのこと」


 伏し目がちに吐き出した、小さて弱々しい声。


 かろうじて聞き取れたその謝罪は、私の中にある黒くて大きい怨念おんねんの塊を無くすことは出来なかった。


 それでも私は、


「………………はい」


 謝罪を受け取った。


 理由は、わからない。


 強いて言えば、滝藤さんが現状を変えようと頑張ってくれたから。


 あと、同じクラスだからも、少しあるかもしれない。


「とりあえず、この場は終わりだな」


 滝藤さんが、彼のスマホをずっと握っている時任に近づく。


「何迷ってるんだよ」


「あ?」


 時任のスカートのポケットから強引にスマホを取り出し、彼女の顔に近づけてロック画面を解除。無理矢理、連絡先を交換した。


「よし、これでOK」


 滝藤さんはスマホを手渡す。


「ちゃんと連してこいよ。夜なら大体空いてるからさ。じゃあ、今夜」


 滝藤さんの言葉には返答せず、時任は無言で立ち去った。


 ふと気になって、隣に立つ鹿島さんを見る。


 …………………え?


 時任をずっと見続けるその顔は、普段の明るさから想像もできないほど暗かった。


 鹿島さんでもあんな表情をするのか。


「ふぅー。なんとかなったかな」


 滝藤さんが安堵するのを見て、時任が歩いていった道に視線を戻した。


 すでに時任の姿は見えなかった。


 プツッ、と緊張が解けた。


 へなへなとその場に座り込む。


「だ、大丈夫?」


 鹿島さんが駆け寄ってくれた。


 いつもの明るい表情に戻っていた。


 こっちの表情の方が似合っている。


「よくがんばったな」


 滝藤さんから褒められた。鼓動が早まった。


 この鼓動の早まりは、私の推しのアイドルを見て早まる鼓動とは違う。


 私にはわかる。この鼓動の名前を。


「そうだね。よく1人で立ち向かったよ」


「あ、ありがとうございます……」


「おそらく、いじめの件に関してはこれでひとまず決着がついただろう。クラスではまだ気まずいことがあるかもしれないがな」


「はい。ここからは私の頑張りどころです」


 ここからは私が頑張りたい。自分で頑張ることに意味があると思うから。


「そうか、期待してるぜ」


 滝藤さんは良い笑顔で言ってくれた。


 その笑顔を見て、決心がついた。今後の過ごし方を。


「ねぇ、和子はあれでよかったの?」


 あれとは、きっといじめっこ3人の処遇についてのことだろう。


「はい」


 私は自信を持って頷いた。


「…………正直、まだ結構恨んでます。でも、恨み続けるよりも、なんかもっとその先の人間になりたいんです。人としてさらに成長というか、なんというか……上手く言葉に出来ないですけど……」


 色々な感情が出てまとまりきらない私に、鹿島さんが苦笑した。


 でも、これだけは確信を持って言える。


「滝藤さんみたいな、誰かに良い影響を与えられる人間になりたいんです」


「俺よりももっと上の人間を目指した方がいいんじゃないのか? 二宮金次郎とかさ」


「馬鹿っぽい発言」


「なんで馬鹿っぽいんたよ。俺が通ってた小学校の所にも像があったくらい、有名なんだぞ」


 3人で笑い合う。やっぱりこの時間が一番楽しい。できれば、同じクラスがよかったな。


 でも同じクラスだったら、ここまでの仲になれていなかったかもしれない、


 だから、これでいいのだ。きっと。


 来年、同じクラスになればいい。ならなかったら、また別のアプローチをすればいい。


「それにしても優しいんだね、滝藤は。沙良や他の2人も謝るチャンスを与えるなんてさ」


「知らなかったのか? この学校の中でもかなり優しいんだぜ。なぁ篠木? 俺は優しいよな?」


「ええ、優しいです」


 今までこんなに優しい人は、見たことがない。


「女子にだけでしょ」


「誰にも優しくないよりかはいいじゃんか。なぁ、篠木?」


「それはちょっと困ります」


「あれっ!?」


 色んな女子に優しくしてしまうと、ライバルが増えちゃう。それは非常に困る。


 キーンコーンカーンコーン………。


 5時間目の予鈴が鳴った。


「やべっ、昼飯食い損った」


 グゴゴゴォォォォと地響きのような音が、私のお腹から聞こえる。


「あっ、安心したらお腹が減ってしまいました」


 思わずお腹を抑えた。痩せたらこの腹の音も静かになってくれるだろうか。


「このまま5時間目サボって飯食いに行こうぜ。ほら、弁当回収してきたしさ」


 滝藤さんが多少汚れた弁当を渡してくる。


 食べたい。けど―――――


「それは駄目ですよ。サボりはよくないです」


「授業中、ずっと地響きみたいな腹の音を鳴らすのか?」


「が、我慢します…………」


「出来るのかよ」


「それはー………」


「大丈夫だよ。私、inゼリー持ってきてるから。とりあえずこれで5時間目はしのぎなよ」


 鹿島さんが10秒でエネルギーが補給できると有名なゼリーを私に手渡してくれた。


「ありがとうございます。さっそくいただきます」


「お、準備いいな」


 滝藤さんが鹿島さんに手を出す。


「あ、ごめん。滝藤の分、用意するの忘れた」


「えっ……あ、篠木、そのゼリーを俺に―――」


「ごっ、ごめんなさい! もう全部飲み切っちゃいました」


「マジかよ」


 その後、鹿島さんによると、滝藤さんは授業中ずっと腹の音を鳴らしてうるさかったとのことだった。

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