第26話 駆け抜けろ、障害物競争
「障害物競争の走り方を見せてやる。完璧な走りを、な」
「言うねー」
篠木が鹿島の挑発的な言葉がやってくる。
「中途半端だったら、滝藤の顔に小麦粉塗りたぐるからね」
「そっちこそ、変にカワイイ子ぶりっ子した走りしたたら、小麦粉頭からかけるからな」
「それは
「なんでだよ!」
鹿島が嫌悪の表情で俺を見てきやがった。
「まぁいい。とにかく俺の走りを見ておけよ、篠木」
返事を待たずに、俺は並び順へ行った。
別れ際、篠木の顔は少しだけ赤みを取り戻すも、まだまだカチンコチンだった。
しょうがない。
誰だって緊張はする。俺も緊張してる。というか、表に出してないだけで、篠木よりも緊張してるかもしれない。
胸の鼓動がうるさいせいで、周囲の音が遠くに聞こえる。視界は狭く、かつ揺れる。
なんか息も苦しくなってきた。
だが、鹿島と篠木にあー言った手前、手を抜いて走るのはダサい。
ここは恥を捨ててがむしゃらに取り組む姿を見せてやろう。
緊張していると、時間が経つのが早いもので、あっという間に俺の番となる。
「さて、第2レースは引き続き男子1年の部。どんなレースを見せてくれるんでしょうか」
放送部が実況してくるが—―――どっかで聞いたことがある声だな。
ふと実況席を見て、納得した。「そーゆーキャラじゃない」発言した市原だった。
市原め、そこで見てやがれ。格の違いを教えてやる。
スタート位置まで歩きながら、周りにいるライバルを確認する。
他、4人とも俺と似たような人間が多く、吉田や前林のようなイケイケキャラはいない。全員、貧乏くじ引きそうな顔である。
速そうな奴は全員短距離だろうし、がっつり引き離されるってことはないだろう。
スタート位置にたどり着いた俺は、しゃがんで、クラウチングスタートのフォームを取る。
俺を見て、ライバル達はもちろん、観客が若干ざわめいた。
なぜなら、障害物競争はスタンディングスタートだからである。
俺以外の競技者は全員スタンディングスタート。
完全に調子に乗ってる。だが、それでいい。それでいいんだ。
合図を出す教師が若干笑いながら、ピストルを上に向ける。
「位置について、よーい……」
パンッ!
俺はグラウンドを思いっきり蹴って、飛び出す。
うわっ、滑るっ!
想像以上に滑って走り出しが遅くなったが、ともかくスタートを切った。
クラウチングスタートが裏目に出たのか、最下位となる。
出遅れたが、これでいい。障害物へのアプローチ次第では、余裕で挽回出来る。
見ていろよ、篠木!
第1の障害、網くぐり。
1位と2位はすでに網くぐりの後半まで進んでいる。だが、前の2人は今まさに網に到達したところ。
追い上げるチャンスっ!
前2人がくぐろうと網を持ち上げる。
「ここだぁぁああああああああ!!!」
ずざざざざッッ!!!!
ヘッドスライディングをかまし、持ち上げられたところに無理矢理食い込む。
「おーっと! 野球部顔負けのヘッドスライディング! これは痛そうだ!」
実際痛い。
恐れずに顔を上げたから
歯を食いしばれぇ、俺! 休んでる暇はねぇ!
「あっ!?」
ライバルが驚いている
途中、「きめぇー!」とかいう声が聞こえた。誰だ、言ったの。あとで森に放り投げる。
目の前にいた1人は簡単に抜かしたが、次の1人はギリギリ抜かすことが出来ないまま次の障害物へ向かう。現在、4位。
目の前の奴は軽音楽部にいそうな見た目をしているが、速さはほぼ互角。
抜けそうで抜けない。
少し距離を詰めたところで、次の障害物”ピンポン玉配達”に到達。
前の走者は運ぶのがぎこちなかったり、落としたりしていた。
ぬくぬくと家で育ってきたお前らにはわかるまい。いつも料理している俺のおたま
俺はおたまを掴み、少し傾けて全力疾走した。
「お、4組速い!! 速いぞ!」
このお玉とピンポン玉はな、走ることによって発生する風とお玉でピンポン玉を挟むことで、ピンポン玉を固定できることにな!
「抜くか? 抜くかっ? おっと1人抜いたー!」
「はえー!」とか「いいぞー!」という笑い声が聞こえてくる。
「お先っ!」
見事ピンポン玉を落とすことなく、そして1人を抜き、さらにもう1人を抜きそうなところまで行った。
「さぁ、続いては子ども用三輪車漕ぎ。ハンドリングが悪く、コースアウト続出だが、果たして4組はどうか!?」
俺は飛び乗り、漕ぎ始める。
な、なんだこれ。めちゃくちゃ漕ぎづらい。ペダルを漕ぐ足とハンドルを操作する腕がぶつかって上手く進まない。
だが、舐めるなよ! プライドを捨てた今の俺に、恐れるものは何もない。
「うおおおおおおおおおおお!!!」
ゴキゴキゴキゴキゴキーッッ!!!!
馬鹿みたいに雄たけびをあげて、思いっきり子ども用三輪車を漕ぐ。
ペダルが悲鳴を上げているが、関係ない。壊れたらそれまでだったってことだ。弁償義務も無いし。
全ての力を注いで漕いだ。
その
よしっ、横に並んだ!
このまま一気に、やや不安定に走るライバルを内側から抜いてやる!
「ちっ!」
「あぶねっ!」
ライバルが手で俺の肩を押しのけてきた。
なんてことしやがる。転びそうになったじゃねぇか。
「お返しだ!」
俺はライバルが乗る三輪車の前輪を足で思いっきり
「うわぁっ!」
情けない声を出して、ライバルは三輪車ごと転んだ。
「あ、暴力はよくないですよ、4組」
市川が放送で冷静に突っ込んできた。
最初に仕掛けてきたのはあっちの方だろ、と抗議したかったが、そんなことに気力を使いたくなかった俺は、叫んで漕ぐことに集中した。
その結果、ついに2位まで上り詰めた。その差はあと少し。
三輪車の次はハードル。追い付くためにも、ここは真面目に飛ぶ。
俺はなるべく綺麗なフォームを意識して飛び走る。
「速いぞ4組! 普通の走りも出来たのか!」
当たり前だろてめー。ぶっ飛ばすぞ。
「—――おーっとここで、5組がハードルに引っ掛かりゴロンゴロン大転倒。その
1位のまま、最後の障害物へたどり着く。
……来たか。
勉強机の上に
砂漠にポツンと咲いた花を見るような目でマシュマロを見る。
刹那、捨てたはずのプライドが、語りかける。
変な動きはせず、パクッと食べてしまえば、俺は1位でゴールだ。チームの優勝にも貢献できる。
もうこれ以上、馬鹿をやってお前の評価を落とす必要は無い。
ここは全校生徒に見られている。
茉莉はもちろん、皐月や新井だって見ている。そんな輝かしい人間に
もう、いいじゃないか。充分頑張った。体張った。身を削った。
最後くらい、かっこつけよう。
そんなふうに言ってくるプライドに、俺はハッキリ断言してやる。
ここまで馬鹿やってきたんだ。
だから、最後まで馬鹿させろ。
—――—――この間、0.2秒。
覚悟を決めた俺は、桶を掴み、目を閉じて桶に顔を突っ込む。
いざっ、実食っっっ!!!!!!
ボフっ! 小麦粉が
「おっと4組、頭から思いっきりいったーっ!」
ちょうど、口にマシュマロが入ったが、そんなことはもう関係ない。
俺は桶に顔を突っ込んだまま、顔と桶を激しく揺らした。
「どうした4組っ!? ご乱心か!?!?!?」
顔中に小さな粒がまとわりつくのがわかる。
「がっは、ごほごほっ! やべっ……げーほっげほっ!!!」
小麦粉が変なところに入って、咳が止まらない。口の中もパサパサして気持ち悪い。
咳き込みながら求める。だ、誰か、水をくれ。
視界も悪いままよろめいた瞬間、机に思いっきり脚をひっかけてしまい、机ごと地面に倒れる。
どっすーん!
小麦粉を頭から浴びた。
「うわーっと4組転倒! 他の選手はその隙にどんどん抜いていくぅー! さぁ、立ち上がれ!」
周りから笑い声が聞こえる。
しかもマシュマロがマズすぎて吐きそう。うげぇー。
嗚咽をこらえ、俺は何とかゴール。
結果はビリ。最下位だった。
だが、周りから「いいぞー!」と野太い歓声が聞こえた。
欲を言えば、女子からの声援が欲しかったが、まぁいい。
今は心地よい。やり切ったあとって、こんなにも清々しいんだな。
体育祭委員の長島が、俺を5位の列の所へ案内する。
「お前、サイコーだな」
「ありがとう」
握手を求めると、
「小麦粉つくから触んな」
「うぇい」
長島の体に手を伸ばすと、「おわっ、やめろ!」と言いながらぴょんとサイドステップしながらかわしてきた。
長島とふざけている途中で、俺はスタート地点を見た。
篠木と鹿島がこちらを見ている。
—―――はじけろよ!
そんな思いを乗せて、俺は親指を立てた。
遠くどんな表情をしているか分からないが、俺の思いは届いたと思う。
少しして、篠木と鹿島の番がやってくる。
教師がピストルを空に向けると、2人はしっかり構えた。
篠木はきっと、そんなに悪い表情はしていない。そんな気がした。
「位置について、よーい……」
パンッッ!!
余談。
俺の障害物競争の走りは後日、Twitterで無断アップされ、俺の書いた小説より話題になった。
返信の中に”イケメン”とか”かっこいい”とかあるかと思ったけど、1件も無かった。
逆に3秒ほどしか映っていない、俺を先導する長島が、かっこいいとコメントされていた。
自分、涙いいすっか。
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