第25話 迎えてしまった、体育祭
いつもより乗客が少ない電車に、俺は揺られていた。
今日は土曜日。時刻は5時半。普段ならぐっすり眠っている。
だが俺は、学校へ向かっていた。
篠木のトレーニングのためではなく、体育祭の準備するため。
そう、本日は体育祭。
高校生にとっての一大青春イベントで、俺にとって中止になってほしい案件だった。
※
「えー、本日は天候に恵まれ、体育祭日和となりました」
ぎら、と音を立てるような厳しい日ざしのなか、校長が講和日和とばかりに長々と話す。
うちの校長は話がいつも長い。
ノンストップで15分間話した入学式は、今でも1年生の間で伝説となっている。もちろん、悪い方で。
校長が話し始めてから、すでに5分が経過した。だが、終わる気配は一切ない。
みんなの顔を見てみろよ。誰もが早く終われと思ってるぞ。
何人かの教師あくびしながら聞いているし、体育祭委員会の教師は腕時計をみながらソワソワしてやがる。ここまで長引くとは思っていなかったんだろ。
「これで、私の話は終わりです。今日は、頑張っていきましょう!」
のべ8分間の薄っぺらい講話が終わり、準備体操に移る。
が、俺はすでに疲れ果てていた。
生徒よりも早く学校へ来て、体育祭準備という肉体労働をしていたのだから。
なんで金曜日の放課後にやらないのかと教師に訊いたところ、日曜日に公式戦がある野球部が練習するからだと言うのだ。
それならば野球部に準備させろよと抗議すると、万が一準備でレギュラーが怪我したら、目も当てられないと言う。
1年体育祭委員の長島は野球部のエースだと伝えると、彼には安全な仕事を任せるつもりだと説明した。
だったら生徒が帰った後に教師が準備してくださいと言ったら、生意気言うなと怒鳴られた。
結果、俺のイメージが悪くなるだけで終わった。
こうなるんだったら口論しなければよかった。
加えて3年の体育祭委員長の奴、「男子は積極的に力仕事を行いましょう」とか言い出した。
ふざけやがって、委員長のやつ。そのしわ寄せは非力男子に来るんだぞ。
文句の1つでも言いたかったが、委員長がゴリマッチョで強面アメフト部部長だったので言えなかった。腕の太さが俺の2倍ある人に
結局、重い物を散々運ばされ、体育祭始まる前に体力を使い果たすこととなった。
腕が重い。
マジで体育祭委員なんかやるんじゃなかった。
体育祭は高校生における大きいイベントの1つだが、委員会という役割で関わる必要は無い。
準備体操が終わると、いよいよ本格的に体育祭委員の仕事が始まる。
「さ、行こ」
観客席に戻る道すがら、鹿島が
こいつ、準備の時はマジで眠そうにしていたくせに、体育祭始まるころには目元にキラキラシールを貼り、リボンの編み込みをするなど、しっかりおめかししてきた。
「気合入ってんな」
「そりゃあそうでしょ。体育祭だもん」
確かに、高校生の体育祭は留年しない限り3回しかない、ビッグイベント。
鹿島をはじめ、
そして一番驚いたのが、化粧を一切しない茉莉が、鹿島と同じようなメイクと編み込みをしているのだ。一体どうした?
珍しいなと思って茉莉を見ていると、
「梨沙子の手引きで、立花にしてもらった」
不機嫌そうにそっぽを向きながら答えた。
自分にこういう浮かれたメイクは似合わないと思っているのだろうが、残念。めちゃくちゃ似合っている。
「へぇー。茉莉のそーゆーイマドキの女子高生って感じのメイク、新鮮でいいな。似合ってるぞ」
「…………ありがと」
茉莉が顔を赤くして照れた。
「ひゅーひゅー! 照りつける太陽より熱いねー」
鹿島が冷やかしてくる。うぜー。
「いいから行くぞ」
俺と鹿島は仕事へ取り掛かった。
体育祭委員の主な仕事は、競技者の召集と整列、競技準備、審判、得点表の掲示だ。俺は主に競技準備と審判を担当する。
しかも、1年生は競技に出場する時以外、ほとんど仕事を振られている。悲しいけどこれ、下っ端の宿命なのよね。
しかも障害物競争は午後の競技のため、午前中は出ずっぱりだ。
ダルすぎる。全て投げ出して帰りたい。
嘆いていも仕方ない。仕事に取り掛かりつつ、周りを観察する。
体育祭でヒロイン争奪戦のアイディアを一つでも得るんだ。じゃなかったら、マジで救われない。
そう意気込みながら、熱を持った用具を素手で持ち、炎天下を走り回る。
俺ってこんなに水分を持っていたんだ、人間ってすげーなと感心すら覚えた。
そういえば、篠木は上手くやっているだろうか。
1年6組の方に目を向けると、前の席はカースト上位の奴が前を陣取っていた。そこに、篠木はいない。
どこだろうと探していると、後ろに方でちょこんと座っている篠木を発見した。
イケイケ女子達に押し退けられたのかな、と思ったら、似たようなタイプの女子と話していた。
なんだ、上手くやれてるじゃないか。
安心した俺は、片づけを再開。
すると今度は、1年4組の観客席が目に入った。
あ、成瀬のやつ、さりげなく女子の腕に触りやがった。
女子も満更でもない。
—――――そうなのか。
俺は、気付いてしまった。
体育祭委員を引き受けることは、間違っていたことに。
そうだよなぁ、あれだけ男子と女子の物理的距離が近いんだもんな。心の距離も比例して近くなるよなぁ。
一方、俺が喋るのはゴリマッチョの委員長と同じ1年男子だけ。
1年女子は、男の先輩と一緒に仕事をしている。それでいて、1年男子は先輩女子と一緒に仕事はしない。
仕事の分担はゴリマッチョ委員長が決めた。あー見えて切れ者だったんだな。
ここに俺のむぞ
ここは無心で働こう。無心だ無心。
次の競技準備のときに、また4組の近くに行くことになった。相変わらず前原や成瀬は、女子達とワイワイやってる。
くそー、本来ならば俺だって話せるチャンスがあったのに。
沸々とする怒りを抱きながら、地面にある用具を拾おうとかがんだ瞬間、
「滝藤ー、忙しいかー?」
前原のからかった発言が、頭上に降り注いだ。
「馬鹿か! 見りゃわかるだろ! 忙しすぎるわ!」
あはは、と隣の女子達と一緒に笑い、
「来年も体育祭委員やるー?」
「もう、二度とやんねぇーよ!!!」
俺は笑いながら怒鳴った。
コイツ、マジでふざけてやがるわ。この汗を見たら、忙しいかどうかわかるだろ。
そんなこんなで、
疲れ果てた俺は、教室で1人ゆっくり食べた。
土曜日は学食が閉まっているほか、保護者や招待客がいるので教室で食べることになっている。
篠木は誰と飯を食ってるんだろうか。
若干気になったのだが、午前中を見た感じ大丈夫だろう。
欠伸が止まらない。今週1週間の疲れがどっと押し寄せてくる。
ダメだ、寝よう。
俺は心配するのをやめて、束の間の睡眠をとった。
※
あっという間の昼休みが終わり、午後の部が始まると、俺は午前と同じように働いた。
そして現在、目の前では2学年が騎馬戦を行っている。
この次の競技が障害物競争である。
うわぁ、嫌だぁ。やりたくない。
こんな時は、サボるが勝ちだ。
そういえば、午前中ずっと日差しにあてられて、頭がクラクラしていたんだ。これは熱中症の呼び症状だ。そうに違いない。
これは、休まないといけないな。
ふと、観客席を確認。
タオルを頭にかけ、独り無言でグラウンドをぼーっと見ている補欠の山根を発見。
もともとコイツが出る予定だったんだ。サボることに問題はない。
さて、担任に伝えてこようと、障害物競争の整列位置とは逆方向に歩いて行こうとした
「ど~こ行くの?」
後ろから聞き覚えがある―――というか、ここ最近一番聞いている声がした。
「障害物競争の招集がかかっているんだけど」
「げ……」
案の定、鹿島だった。
「なに、”げ”って?」
「い、いやぁ……頭クラクラするからさ」
じとーと、俺の顔を見てくる鹿島。
「嘘だね。さ、行くよ」
「嘘じゃねぇって。お前にはわからないだろ! 俺がどれだけ働いてたか」
「働き度はわからないけど、それだけ大きい声だせれば平気でしょ」
半ば連行される形で、鹿島と一緒に障害物競争へ向かうことになった。
「なぁ、どれくらい本気でやる?」
「そりゃあもちろん、皆を笑わせるために本気で体張るよ」
「マジかよ」
「だから滝藤も本気でやりなよ。テキトーにやるとダサいからね」
「例えば?」
「ダラダラ走ったり、マシュマロ食いで小麦粉まみれにならなかったり」
えー、後者は俺がやろうとしていたことじゃん。
マシュマロ食いは、小麦粉の上にマシュマロが乗っているだけ。
埋まっていないので、小麦粉まみれにならないで食べることができる。
それなのに小麦粉まみれになれというのか。
笑い者にはなりたくない。
「あれ? 返事がないなぁ」
「……わかったよ」
とりあえず承諾するフリをした。あとで適当な言い訳つけて逃れよう。
そんな俺の心中は知らず、鹿島は満足そうに頷いた。
「なんでそんなにやる気……—―――ん?」
障害物競争へ並ぶ途中で、丸く大きいクマさんのような背中が見えた。
「おーい、篠木!」
俺に続いて鹿島も声をかけるが、篠木は反応せずに縮こまったまま。
篠木の隣にいる女の子が俺達の方を見たのだから、声量が足りないわけではない。
緊張しているのか。
ちょっと心配になった俺と鹿島は篠木に駆け寄った。
「篠木」
肩を叩くと、びくっとさせてこっちを向いた。
「っ!!! …………びっくりしたー」
ほっと胸を撫でおろしたのも一瞬、すぐに暗い表情に戻った。
「どうしたの? 体調悪い?」
鹿島が心配そうに篠木に訊く。お前、俺の時はそんな顔しなかったろ。
「あ、はい……いや、いいえ」
「どっちだよ」
苦笑する俺に、鹿島がギロッと睨む。
そしてすぐに篠木に優しい目を向ける。
「辛かったら休んでもいいんだよ? 補欠に代わってもらいな」
「き、気にしないでください。私、きょっ、極度のあがり症なんです」
鬼気迫る感じで話された俺達は、ただただ圧倒される。
「こういう時いつもこうなるんです。大丈夫です。大丈夫」
凄い棒読みだった。目は焦点が定まってないし、今にも吐きそうなほど顔が青白い。
「はい、大丈夫になりました」
全然大丈夫ではない。
「そういえば、私と同じレーンじゃん」
「そそそですね」
「負けないよ〜?」
「えあ私、負けます。絶対、負けます」
壊れたロボットみたいな喋り方になっちゃった。どうしちゃったの、本当に。
「しょうがない、ここは私が一肌脱ごうかな」
鹿島は
「え、大胆。何色なんだろう? 水色かな」
「こういう時は笑って緊張をほぐすのが一番だよ」
俺のボケを鹿島は無慈悲にもスルー。
「だから私が、絶対笑えるギャグを言ってあげる」
「お、お願いします……」
咳払いをし、声の調子を整える。そんなことするとは思わないので、俺も篠木も気になって鹿島を注視する。
「コンドルがつっこんどるっ!」
……。
俺達と鹿島の間に、寒い空気が通り過ぎる。
「コンドルがめりこんどるっ!」
やばすぎるだろ、こいつの笑いのセンス。親父すらついていけないよ。
あの優しい篠木ですら笑っていない。
「あ……あれ、おかしいな。絶対笑うギャグなのに」
「おかしいのはお前のギャグセンだろ」
「はぁ!?」
「チーターが落っこちーたー」
「あはははは!!」
篠木がめちゃくちゃ寒い顔で見るなか、鹿島は腹を抱えて笑った。
「それ
「鉄板じゃねぇから。篠木を見てみろ。気絶しそうなくらい引いてるぞ」
「えー……」
鹿島は共感を得られなくて凄く残念そうにしていた。
イマドキそんなギャグに共感する人間の方が珍しいんじゃないか。
ともかく、鹿島のギャグはスベリ倒し、場にからっ風だけ吹かせるだけだった。
「確か、俺が最初に走るんだったな」
「うん。男子が先」
鹿島が答えた。
仕方ない。鹿島が失敗した今、篠木を勇気づけられるのは俺しかいない。
「ここは俺が一肌、脱いでやろうじゃないか」
俺は腹を決めた。
「一肌って、どうやって?」
「障害物競争の走り方を見せてやる」
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