第23話 作ろうぜ、最強の美少女③

 昼食になり、俺と鹿島と篠木は学食に集まっていた。


「今朝は……死ぬかもしれないと思いました」


 篠木はげっそりしていた。それと同じくらい俺もげっそりしていた。鹿島は普通に元気だった。マジで腹立たしい。


 4時間目から早くも筋肉痛がやってきた。足を動かすたびに、太ももがジンジン痛い。


「今日から昼飯は手作り弁当か学食のヘルシーなものだけだからな。コンビニとか売店は禁止だ」


「それは、身体に悪いからですか?」


「1つ目の理由はそれだな。コンビニのご飯って、油とか塩とか結構入れてるからな。サラダだって、食感をよくするために添加物にけたりする。身体には良くないだろう」


「2つ目の理由は?」


 鹿島が訊く。彼女の前には菓子パンが2つあった。


「2つ目の理由は、美味しいことで食欲が増すからだ」


 鹿島の菓子パン2つを指差す。


「美味しいとついつい多く食べちゃう。逆にマズければ食欲は失せる。篠木って自炊じすいしてないでしょ?」


「ええ、まぁ。家庭科でしか料理したことないです」


 想像以上に料理していないな。


「なら、なおさら自炊しろ。きっと自炊し始めは絶対にマズイものしか出来ない。経験上、絶対そうなる。だが、それでいい。それで食欲を無くせ」


「経験ってことは、滝藤は自炊出来るの?」


「出来るぞ。ほら」


 試すように訊いてきた鹿島に、俺は布の中から作った物を見せる。


「おにぎりじゃん」


「おにぎりだって料理の1つだ。これも自炊のうちに入る」


「いや、入らないでしょ」


「入るから。今日早起きして作りましたから。なんなら、ご飯をちゃんと冷ましたからね。握るときだって、サランラップの上から握りったし」


「わかった。わかりました! はいはい、滝藤はスゴイねー。ゴイスー」


 鹿島はめんどくさそうに頷き、しっしと手を払う。


 売店の菓子パンを買った鹿島に、そんなことは言われたくない。


「まぁ、とにかく篠木もおにぎり程度でいいから、自炊するんだ。まぁ、料理出来ることは最強の美少女になるための必要条件でもあるしな。料理の腕を鍛えて損はない」


「は、はい」


「ただ、どこまで作れるようになればいいか分からないよな。というわけで、この方に来てもらったぞ」


 打ち合わせ通りのタイミングで、学校トップクラスの可愛さを持つ高校1年生がシンプルな布に包まれた弁当を持って現れた。


「あ、茉莉じゃん!」


「梨沙子もいたんだ」


 嬉しそうに言う鹿島に、茉莉は無愛想に対応した。


「ほら篠木、見てみろよ。これが真の理想の体型の1つだ」


 篠木は茉莉をまじまじと見ていた。


 そりゃあそうだろう。鹿島のアップグレード版といっても差し支えないくらいだ。本人には死んでも聞かせられないけど。


 身長は鹿島とほぼ同じくらいだが、スリーサイズのバランスがいい。全体的に細いが、出るところはしっかり出ていて、締まるところはしっかり締まっている。


 当然だが、正確なスリーサイズは本当に知らない。


「篠木もここを目指すんだ。完璧とまでは無理だと思うが、良いラインまでいくと思うぜ」


「早川さんのようになるのは無理ですよ、絶対」


 篠木の発言に、茉莉が首を傾げる。


「あれ? 初対面だったと思うけど、私のこと知ってるの?」


「は、はい」


 恐る恐る肯定する篠木。そんなにビビらなくてもいいんだぞ。無愛想だけど、根は優しいんだ。無愛想だけど。


「えっと……クラスの男の子が話してて。学年でぐんを抜いて可愛い子が4組に2人いるって、その1人が早川さん」


「あ、そう」


 茉莉は特に気にする様子もなかった。


「あと1人は? もしかして鹿島か」


 俺がおちょくるように訊いた途端、鹿島がくちびるとがらした。


「滝藤、マジで意地悪だね。どうせ立花りっかでしょ」


「えと……はい。皐月さつきさんです」


「ほらねっ。絶対そうだと思ったもん。嫉妬するのがおこがましいくらい可愛いもん、六花。私なんかどこにでもいる普通の女子だよ」


 バリッと菓子パンの袋をあけ、豪快ごうかいに一口食べる。やけ食いだった。


「鹿島さんも可愛いと思います。生まれ変わるなら鹿島さんになりたいです」


「和子……」


 めちゃくちゃ嬉しそうにする鹿島。


 篠木から見たらめちゃくちゃスレンダーだからだろ、と野次やじろうかと思ったがやめた。言ったら本気でキレられるか、嫌われる。


 仕方ない、俺も便乗びんじょうしてやろう。


「まぁでも鹿島も学校じゃあ上位レベルで可愛いじゃないか」


「和子は本当に優しいね」


 聞いてねぇ。


「梨沙子とイチャイチャするところを見せるために呼んだのなら、帰る」


 なんで、茉莉が聞いてるんだよ。しかも、怒ってるし。


「さ、食べようぜ。時間も少ないしな」


 強引に話を進めた。無暗に弁解したり褒めたりしても、言及という蟻地獄ありじごくにハマるだけだ。


 鹿島以外の全員が「いただきます」と挨拶をし、食べ始める。


「ねぇ、これって茉莉の手作り?」


 茉莉が頷くと、「すっご」と鹿島は驚いた。


 こじんまりとした弁当箱の中は、ほうれん草のごまえとブロッコリーで緑、卵焼たまごやきで黄、にんじん多めのきんぴらごぼうで赤、ご飯の上に乗せた肉そぼろで茶、と色どり豊かだった。


「凄い綺麗だし、美味しそうです」


 感心する篠木や鹿島を見て俺は嬉しくなり、つい自分のことのように自慢する。


「凄いだろ。見た目だけじゃなく、味も最高なんだぜ」


「……褒めすぎ。でもありがとう」


 茉莉は喜んでいた。さっきの失態は取り返せたかな。


 篠木の昼食は『ヘルシー丼』という野菜増し増し、油・ご飯減り減りの肉炒め丼だ。丼もの食べたいけど、カロリーも気にする方にお勧めの一品である。味噌汁も付いている。


 篠木は箸ではなくスプーンをヘルシー丼に深くさし、スプーン山盛りに乗った野菜と米を大きく開けた口に入れた。


 1、2回咀嚼そしゃくしたのち、ごくッと飲み込む。


 続いて2口目に行こうとしたところで、


「はい、ストップー。止まってくださーい」


「は、はい、何でしょう?」


 篠木は野菜と米がたくさん乗ったスプーンを置き、俺の方を向く。


「早食い過ぎ。これじゃ食べ過ぎるわ」


「え、早いですかね?」


 俺が頷くと、鹿島もうんうんと頷いていた。さっきやけ食いした鹿島の2倍ほどおおきい1口だった。マジで怪獣かいじゅうに見えた。


「茉莉を見てみろ」


 茉莉はほうれん草のごま和えを、上品な所作しょさで口に運んだ。


「よく噛んでいるんですね」


 茉莉は知り合った頃からゆっくり、よく噛んで食べる。これは親のしつけではなく、育った環境によるものなのだが、良い習慣である。


「よく噛むと満腹になりやすいしな」


「満腹中枢ちゅうすうが活性化される、ってやつだね」


 鹿島が補足しながら、パンを食べる。さっきのやけ食いとは違い、よく噛んで食べていた。鹿島の場合は細すぎるから、もっと食べた方がいい。


「”1口は小さく、よく噛んで味わおう”を合言葉にして食べよう。目安は10回だな」


「10回………ですか」


「難しいけど、頑張ろう? 私も意識するからさ。そうだ、スプーンから箸に替えてみたら? そっちのほうが1口が少なくなりそうだし。そして、茉莉を見ながら食べる。そしたら、茉莉の食べ方がうつるかもよ」


「そうかもしれません」


 鹿島の提案に篠木は名案とばかりに頷き、俺も加わって3人揃って茉莉を凝視ぎょうしする。


「…………食べにくいからやめて」


「おっと」

「す、すみませんっ」

「あはは、ごめんごめん」


 茉莉を集中して見るのはやめて、1口の量と咀嚼回数を気にしながら食べる。


 しかし、人はそんな簡単に変わるはずも無く。


 最初こそ1口は小さく、よく噛んでいたものの、3口目になると元に戻りつつあった。


「篠木、前に戻ってるぞ」


「あ、すみません、つい……」


 篠木は無自覚だったみたいだ。


「もどかしいですね」


「そう言うと思ったよ。そんなお前のために秘策を用意してきぞ」


「「秘策?」」


 鹿島と篠木は同時に首を傾げた。茉莉は何か悟った顔をしていた。


「それはな、モグモグ体操だ」


 秘策を聞いた直後、鹿島は馬鹿にした表情をした。


「俺の指示に従ってモグモグするんだ」


 篠木は言われた通り、ヘルシー丼を口に含む。


「はい、モグモグ体操第一。最初は10モグを目指そう。はい、1モグ、2モグ、3モグ―—――」


「なにそれ、馬鹿にしてるの? ……って、和子もやってるし」


 篠木は俺の合図に従って律儀りちぎ咀嚼そしゃくしていた。


「滝藤のやつ、絶対ふざけてるよね」


「これ、真面目にやってる」


 非難する目で見てくる鹿島に茉莉がフォローするも、鹿島の理解は得られず。


「―――9モグ、10モグ、はいゴックン!」


 篠木は指示通り飲み込んだ。


「どうだ、これなら出来るだろ?」


「はい、出来そうです!」


 篠木が嬉しそうに言った。


 作戦は大成功だ。いやぁ、一晩考えた甲斐かいがあったな。


「和子、やめたほうがいいって」


「何言ってるんだよ。良い方法だよなぁ?」

 

 篠木に同意を求めると、


「はい、これなら私でも出来そうです」


 即座に頷く篠木。そしてまたモグモグ体操をしながらヘルシー丼を食べる。


「滝藤に毒されてるよ」


「いいんだよ、結果的にうまく行ってるんだから」


 俺はおにぎりを一口食べると、茉莉が見てきた。


「喜太郎も食べるの早いよ」


「あ、駄目だよそれ。食べ過ぎちゃうよ」


「俺はいいだろ。男子の平均以下の体重なんだし」


「駄目だよ。運動しないんだから」


 茉莉は職業柄、という意味で言ったのだろう。本当に周りを良く見て行動しているな。


「このままだと大人になった時に太るよ」


 茉莉の心配する声に、俺は腹をつまむ。幸い、つまめる量は少ない。


「まだ大丈夫だろ」


「駄目だよ滝藤。ほら、モグモグ体操、1モグ、2モグ、3モグ」


 鹿島が両手で作った口と本物の口を、自分のカウントに合わせてパクパクさせる。


「おい、馬鹿にすんな」


「ほらぁ! やっぱふざけてやってんじゃん! 和子のことおもちゃにしてたんだよ。酷くない?」


「そんな……滝藤さん……酷いです……」


 篠木は失望した顔を俺に向けてきた。


「あ、いやっ……。鹿島、モグモグカウントだ」


 俺はおにぎりを口に含む。すると、鹿島が幼稚園の先生のような口調で、


「はい、1モグ、2モグ、3モグ…―—――」


 鹿島のカウントに合わせて大袈裟おおげさに口を上下させた。


「10モグ、はいゴックン! ハイ良く出来ました!」


 パチパチパチと鹿島が幼稚園児に向けた口調で拍手した。


「お前、やっぱ馬鹿にしてんだろ」


「してないって」


「じゃあ、次はお前の番だ。さぁパンを食え」


「嫌だよ、恥ずかしい。こっち見ないで。変態」


「変態ってなんだよ!」


 篠木はこの一連の流れを見て、楽しそうに笑っていた。


 茉莉はやれやれ、といった表情をしながらマイペースに弁当を食べ進めた。


 昼食後、茉莉はLINEグループ”作ろうぜ、最強美少女”に入った。

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