第21話 作ろうぜ、最強の美少女①
昼休みを迎え、俺はダッシュで購買へと向かった。
「うげぇ……めちゃくちゃ混んでやがる」
購買の店員が見えないほどの人だかりができていた。ため息をつきながら最後尾に並ぶ。俺が選ぶ時にはもう、まともなパンはないだろう。
くそっ、数学の授業が長引いたせいで出遅れたせいだ。
「チャイム鳴っちゃった。ま、いっか。この問題だけ答えあわせするぞー」
よかねぇんだよ。
まったく、ずりーよな先生は。
課題の提出が少し遅れただけでブチギレてくるくせに、自分は平気で授業を遅刻や遅延してくるんだからよ。
あーあ、作家なんかやめて先生になろうかな。
そしたら締め切りに追われることもないし、顔も知らない人間に批判されることもない。
結構待ってして、やっとこさ俺の番がやってきた。
ショーケースに残っていた食べ物はイチゴジャム味のコッペパン・梅おにぎりのみだった。だめだ。俺両方とも苦手なんだよなぁ。でも、食べなかったら死ぬ。
苦渋の決断でおにぎりより20円高いコッペパンと珍しく店頭にあったラムネを買った。
ラムネなんて何年振りだろう。
パンと相性は悪いが、ついつい買っちゃったよ。あーはやく教室に帰って成瀬に自慢してやろ。
ウキウキしながら教室に帰っていると、6組の近くでたむろしている女子グループを見つけた。
昼飯食わないのかな? だったら君達の弁当と、このコッペパンを交換して欲しいんだけど。
そんなことを思いながら見ていると、4組の沢尻以上に太った女子が両手に食べ物が入った袋を持ってそのグループのもとへ早歩きで近づいていった。
「あ、遅いよぉ、
太った女子は、篠木というらしい。俺より背は低いが、俺より重いだろうな。だが、よく見ると顔立ちはまぁまぁ整っている。痩せたら可愛くなるだろう。もったいない。
「ご、ごめんなさい……」
あまりに弱々しく謝る声に、俺は思わず足を止めた。とても対等の友人にかける声ではない。
「ま、いいや」
女子グループの3人は篠木の持った袋から食べ物と飲み物を取り、教室へ入っていく。
なるほど、パシリか。つまんないことしてるなぁ。
「あ、あの――――」
「ありがと」
女子3人組は篠木を置いて教室へ入っていった。
「……お金」
ポツンと取り残された篠木が、ポツリと
6組の教室を見る。さっきの女子3人は、篠木のことに一切目も向けず、談笑している。
「いくらだ?」
「……え?」
「取り返してきてやるよ。お金」
「え、あの……」
6組へ入ろうとしたとき、
「や、やめてっ」
腕を
「だ、大丈夫っ」
「大丈夫って……お前……」
「大丈夫だからっ!」
腕を握る手がぐっと強くなる。
いててててて。腕がちぎれる。
「大丈夫だから。あの……ホントに……」
「わ、わかったから!」
篠木の手から力が抜ける。マジで痛かった。涙がちょっと出ちゃった。
「あの、気にしてくれてありがとうございます。それじゃあ」
篠木は足早に去っていった。
「どうしたの、滝藤?」
後ろから声をかけられ、俺は振り返った。そこには鹿島がいた。焼きそばパンとパンオショコラを持っている。
「他クラスに友達なんかいたの?」
「その言い方、
「いるの?」
「いないけど……。つか、そのパン、もしかして購買で買えたの?」
「ああ、うん。買えた」
「他クラスより出遅れたのに、よく買えたな」
すると鹿島はしたり顔をして、
「購買には必勝法というのがあるのよ」
「へぇ、凄いな。今度教えてくれ。じゃあ俺、ちょっと6組に用があるからさ」
6組を指差すと、鹿島は首を傾げつつも頷いて4組の方へ向かっていった。
さてと――――。
俺は再び6組を、6組の中にいる女子3人組を見る。
あの女子達のせいで嫌な事を思い出してしまった。そのおかげで、ただでさえ不味いコッペパンがさらに不味くなる。
篠木には悪いが、腹いせをさせてもらおうかな。
※
「探したぞ。こんなところ昼飯を食ってるとはな」
「え、どうして……」
篠木の肉まんを食べる手が止まる。彼女は校舎裏の駐車場で一人静かに食べていた。
篠木の横には大きな袋が1つ。ぎっしりと食べ物がつまっていた。え、これ全部食べるの?
「よ、滝藤っていうんだ。篠木……だよな?」
彼女は自信無さげに頷いた。そして警戒と恐怖の目を俺に向けてくる。
だからこそ、変に取り繕わずに素の状態で篠木の横に
「でも安心したよ、ここにいて。トイレで食っていたら絶対見つけられなかったからな」
「あの……どうして探してたの?」
「ああ、それはな」
ポケットにしまっていた小銭を篠木に見せる。
「取り返してきたぞ」
「え……」
篠木の顔面が
「よ、余計なことしないでっ!」
篠木が怒鳴り、俺と鹿島は驚いた。声のボリュームに驚きはしたものの、発言自体は想定内だった。
顔を赤くさせたのも一瞬、またすぐに青白くなる。
「そんなことしたら……私また…………………いじめられちゃう」
「それは悪いことしちゃったな。ごめん。とりあえずこれ受け取ってくれ」
小銭を無理矢理手渡した。
「こんなもの、取り返してきてもらっても…………それに足りないし……」
「えっ、足りない!? いくら?」
「……100円」
アイツら……! 絶対に取り立ててやるからな。
「いや、もう大丈夫です。これだけ返してもらっただけでも嬉しいです。ありがとうございます」
小銭を財布にしまい、篠木は肉まんを力なく
俺もコッペパンを食べる。うん、マズイ。
さっさとコッペパンを食べ終わり、ラムネを飲む。ラムネはとんでもなく美味かった。ハマりそう。
ほどなくして、篠木が尋ねる。
「あの……どうやって取り返したんですか?」
「ああ、それはね。
「騙したっ!?」
「ああ」
俺は女子グループのやり取りを振り返り、篠木に簡単に伝えた。
6組に入った俺は、「すみませーん」と女子3人組に近づいて座った。
「なに? 誰?」
「お金、篠木さんに返したほうがいいですよ。このままだといじめで退学になっちゃいますよ。3人とも」
「はぁ? なに適当なこと言ってんの?」
「俺、学級委員なんですよね。それでいじめ
「だから、私達やってないって。パシリもカンパも」
「そうですか。わかりました。残念です」
俺は立ち上がる。
「動画を提出してきます。認めて金を返してくれたら、証拠動画消してあげるのに」
3人は顔を見合わせる。
「ちょ、ちょっと、動画って何?」
「何の証拠も無いのに、詰め寄るわけないじゃないですか」
じゃ、と俺は教室を出て行こうとする。
もちろんハッタリだ。動画なんて撮っているわけがないことは、少し考えればわかる。
だから、俺は足早に歩く。考える時間を与えないのと、焦らせるために。
「わ、わかったわよ」
3人は小銭を出してきた。
「――――というわけさ」
ひとしきり伝えたところで、俺は
「……あの、どうして……他人の私に?」
「まぁなんとなく。見てて嫌な気分がしたから、かな」
「それだけで……」
「俺としてはスカッとしたから、やって満足してる」
コッペパンをかじった。いつもより美味しく感じた。
そのまま食事が進む。段々と校舎周りが活気づいていく。
「それにしても、今どきあんなことする人、いるんだな」
俺が言うと、篠木はさらに暗い顔しながら肉まんを食べるスピードを速めた。
あっという間に食べ終わり、次の肉まんに手をつける。
やけ食いだな。
食べている間はストレスを忘れられるんだろう。
「篠木は、漫画とかラノベとか読むか?」
「ラノベは読まないけど、漫画なら読みます」
「少女漫画とかか?」
「はい」
「ラブコメ系だよな?」
「も、好きです…………恋愛系は、よく読みます。登場人物がとてもかっこいいですから」
「たしかに、尋常じゃないほどイケメンだよな」
「でも、あんな容姿も性格もイケメンな男子は現実にはいないです」
「いてたまるか。顔も性格も完璧な男がゴロゴロいてみろ。俺のような男は一生彼女作れないぞ」
篠木は暗い表情なまま、肉まんを食べ進める。
いや、ここ笑いどころだったんだけどなぁ。あと出来れば「滝藤さんも顔は悪くないです」と否定してほしかった。
「まぁ……とにかく、少女漫画とかラブコメが好きってことは、それこそ少女漫画が行っているような恋愛とかしてみたいって思ってるんだろ?」
篠木は力なく頷たあと、そのまま
「………無理です。私にはとても」
「じゃあ、こういうのはどうかな? ペンとノート、借りていい?」
篠木が頷いたので、俺は遠慮なく借りることにした。篠木が書いたページはなるべく見ずに、まっさらなページを開く。
「俺さ、今こんなラブコメを考えているんだよね。いじめられて今にも自殺しそうなデブ女子が、死ぬ気でダイエットして痩せたら、イケメンたちに囲まれるほどモテたって話」
話しながら俺は、2つの胸から上の絵を見せた。1つは太った、いわば今の篠木の顔。
その顔から矢印を引いて、もう1つの絵は、痩せた篠木の顔。
「どうかな?」
「……意外と絵、上手いんですね。可愛いです」
「意外と?」
あっマズイ、と焦って肉まんを食べだした。なんだ、篠木って実は明るいんだな。多分、本来はこっちなんだろう。
「で、どう? ウケるかな?」
「似たようなのは漫画はあるので、ウケないかと……」
目を伏せながら遠慮がちに言う篠木。
「そうだよなぁ。俺が思いつくくらいだもんな。似てるのがあって普通だと思うんだよ。それでさ、この物語をノンフィクションにしちゃえばいいんじゃないかなって」
「ノンフィクション……?」
ああ、と大きく頷き、俺は篠木に向き合う。
「やってみないか? 俺達2人で。いや、もしかしたらもっと巻き込めるかもしれない」
「痩せても、顔が……」
「そうか? 目はパッチリしてるし、歯並びもいい。多分、骨格もいいと思うぞ」
褒めちぎったが、篠木は一切照れることはなく、むしろ探るように俺の顔を見る。
だからこそ言ってやった。
「高校生活、どうせならラブコメみたいな青春を過ごしてみたくないか?」
「信じて……みたいです……」
一瞬だけ目を合うも、すぐに逸らされた。しかし、それでも篠木は合わせようと目を動かしながら言う。
「もし、本当に変われるなら、変わりたいです」
「よっしゃ、やろうぜ」
やる気になってきた俺は、勢い余って立ち上がった。
そして、座っている篠木に手を差し出して、握手を求めた。
呆気にとられるも、篠木は立たせてくれるために差し出したと思ったのか、俺の手を掴んで立とうとする。
「重っ!」
篠木の重さに耐えられず、俺はバランスを崩して篠木に覆いかぶさる形で倒れた。
体と体が密着したが、心拍数は1ミリも動かなかった。
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