第20話 救世主

 帰りのホームルームが終わった。

 

 さて、パラダイスの始まりだ!


 と、エキサイティングな放課後ライフを送るのが常だったが、今回は予定があった。


「滝藤、一緒に行こ」


 鹿島が俺のもとへやってくる。普段なら嬉しいのだが、今回は嬉しくない。


 今日の朝、担任が「放課後、体育祭委員は3年5組に集まれ」と言ってきた。


 他人事のように聞いていたが、担任の話が終わった直後、不意に鹿島から伝えられたことを思い出した。俺って体育祭委員らしい。


 ホームルーム終了後、クラスの壁に貼ってある委員会表を見に行った。


 すると、体育祭委員のところにガッツリ俺の名前が書かれているじゃないか。


「マジかよ……」


 思わず独り言ちてしまうほど、信じられなかった。


 何かの間違いだろ。嘘だと言ってよ、梨沙子!


 だって、俺が手を挙げるわけがない。目立つのが苦手なのはもちろん、単純にめんどくさい。内申点にも興味がない。


 じゃあ、立候補者0によるくじ引き大会か?


 そんなことをした記憶は一切ない。


 誰かと間違えているんじゃないか、と担任に問い詰めようとした矢先、茉莉からこう言われる。


「委員会決めの時、くじ引きで喜太郎に決まったの」


「くじ引き? やった記憶ないぞ」


「その時、喜太郎休んでたから」


 くじ引きになったのだが、休んでいる人を除いたら、休み得になるとかいうクラスの何人かの意見で、そうなったとのこと。


「せめて本人に伝えてくれよ。これじゃあ、いじめみたいじゃねぇか」


「私、配布物を届けた時に口頭で伝えた。喜太郎が忘れただけ」


「うっ、マジか」


 そう言われればそんな気もする。


 茉莉って、俺が休むと必ず配布物を届けにくるんだよなぁ。ついでにノートも持ってくるし。


 写真で送ってくれればいいというのにさ。こーゆーところは菜月さんと似ている。


「ちなみに、体育祭委員は男女ともくじ引き」


「マジかよ」


 なんつー運だよ。鹿島も災難だな。


 というか、ウチのクラスは積極性がないな。どうしてみんな立候補しないんだ。


 くそ、どうせなら自分で運命を決めたかったよ。


「でも、喜太郎が委員会活動やって、みんなの役に立つのは嬉しい」


 茉莉のやつ、すげーいい笑顔で言うじゃん。そんな顔されたらサボれない。


「委員会活動なんて初めてやるから緊張するんだけど」


「大丈夫、集まって話し合うだけだから。最悪、頷いていればいい」


 さすが。


 毎年学級委員をやるだけあって、言葉に説得力がある。


「今日バイトないから、終わるまで待つよ。一緒に帰ろ?」


「いや、いいよ。つか、待つくらいなら代わってくれ」


「無理」


 真顔で断じた後、すぐに笑顔になった。


「放課後、頑張ってね」


「おう」


 威勢いせいよく返事はしたものの、心の中ではクラスを呪っていた。


 そんなことを回想しているうちに、3年5組についてしまった。


 心臓がバクバクする。恐い先輩いないかな? 


「緊張するな」


 鹿島と不安を分かち合うために言葉にしたが、


「全然」


 俺の不安などそっちのけで、鹿島は扉をガラッと開けた。いやいやいや、心の準備がぁ! 深呼吸をさせろぉ!


 教室には、すでに何人か座っていた。


 その中には、


「あれ、鹿島じゃん!」


 1年5組の長嶋がいた。やったーとばかりに嬉しそうな顔をするも、


「うん。あ、和美! 体育祭委員だったんだ!」


 長嶋をさらっと流し、その隣に座る1年5組の女子体育祭委員のもとへ駆け寄った。そして長嶋とは反対の場所に座って談笑し始めた。


 しゅん、と表情を暗くする長嶋。俺も、鹿島に置いて行かれてドアで立ち尽くす。

 

 鹿島よ、お前ってマジで冷たい人間だな。


 鹿島に軽くスルーされ、相方を奪われた長嶋は、悲しそうに縮こまる。こいつ、意外と人見知りなんだな。


 しょうがない。ここは俺が隣に座ってやろう。ついでに話しかけてもやろう。


「長嶋も体育祭委員だったんだな」


「あぁ」


 長嶋はこちらを見ずに、手を組んでいた。


 落ち込みすぎじゃない? それとも俺と話すのが嫌なのか?


 せっかく話しかけてやったのに。


 だが、俺も暇なので、ダル絡みしてみることにした。嫌いと言われるまで話してやる。


「この間の練習試合、結構良かったぞ」


「ん? あぁ、そーいえば来てたな。馴染みのない野郎がいるなと思ったら、お前だったのか」


 俺だってことに気付かなかったのかよ。こいつ、男に興味なさすぎだろ。それとも、俺の存在がこの学校の中で小さすぎるのか?


「どうせなら、女子がよかったな」


「盛ってんなぁ」


「男である限り、盛るもんだろ」


「下心見え見えの奴はモテないよ。この間の鹿島とのことのようにさ」


「黙れ」


 長嶋が恥ずかしそうに言った瞬間、前からパンと手を叩く音が聞こえ、俺達は前を向いた。教卓には体育教師が立っていた。


「じゃあ、全員揃ったので体育祭委員会を始めます」


 騒がしかった教室がぴしゃりと静かになる。俺と長嶋も黙って前を向く。


「まず委員長から決めるぞ〜。3年、誰か立候補しろ」


 そこから委員会は、一切滞りがなく、40分程度で終わった。


「なんか、意外とやること少ないんだねぇ」


 学校からの帰り道、部活に入っていない俺と鹿島は、一緒に下校していた。長嶋の相方は部活だったらしい。


「そうか? 俺はいきなり仕事振られて嫌んなっちゃったけどな」


「競技決めなんて楽勝じゃん」


 鹿島は気にも留めていなかった。


 今日の体育祭委員会は、体育祭に行われる競技の説明と、明日の総合ではクラスで個別競技の出場者を決定することを言っていた。


 決めるのは100m走男女各2名、1500m走男女各2名、障害物競走男女各1名、クラス対抗リレー男女各4名の4つ。加えて、各競技に2名の補欠を決めなくてはならない。


 補欠含めて、最大2種目出ることが出来る。


「楽勝じゃないって。委員会をくじ引きで決めるほど積極性のないクラスだぞ。絶対揉める」

 

「そうかなぁ? 足が速い人を入れていけばいいし、障害物は運動神経良い人を当てればいいでしょ。だから楽勝だよ」


「いや、絶対揉める。特に障害物競争。あんなの誰がやりたがるんだよ」


「うーん………」


 理解していない鹿島に、俺は言い放った。


「ぜっっったい揉める。100万賭けたっていい」


「ふーん。揉めないと思うけどね」


 ※


 案の定、揉めた。


 予想通り障害物。


 それ以外の競技は、体力測定時に測ったタイムと所属している部活に則って決まった。


 補欠決めはやや揉めたが、最後は俺が折れる形で補欠に入った。


 そこまではいい。


「おい、障害物が決まらないと俺ら放課後残ることになるぞ」


 俺がうんざりしながら言うと、

 

「残るって言っても、個別競技決まってない奴だけだけどな」


 サッカー部の高身長イケメン、前林まえばやし千起かずきが補足した。見た目はかなりチャラチャラしていて、学校にシルバーのアクセサリーを着けて来てる。あと、すきあらば指で前髪を整えている。


 前林含む、数名のイケイケスポーツ男子はすでに障害物以外の競技に登録している。そして彼らの代わりを務められる人間もいない。


 投げ出したいのをグッとこらえ、俺は懇願こんがんするように言う。


「誰か立候補する人〜?」


 頼む〜、頼むよ〜。


 誰か出てくれ。


 しかし、名乗りを挙げる者は誰一人としておらず。


「マジかよ〜」


 なぜ決まらないのか。理由はわかる。


 それは、障害物競争がネタ競技だからである。


 内容は網くぐり、おたまでピンポン玉配達、子ども用三輪車こぎ、ハードル、そして小麦粉の上に置かれたマシュマロ食い。この最後のマシュマロ食いは、顔中小麦粉まみれになるというウワサだ。


 ウチの体育祭の競技で、1位2位を争うほどの笑いが起こるんだとかで、高校2、3年生になると人気の種目であるのだが、高校1年生では不人気だ。


 だってそうだろう。


 この学校に入学してから2か月足らずで、皆の笑い者になる貧乏くじ競技をやりたい人間がいるだろうか。


「もう、マジで誰か出ようぜ? 出たら英雄だぞ」


 男子バスケ部でお調子者かつナルシストの成瀬なるせ咲太さくたが男子諸君に呼び掛けるが、誰も手を挙げない。


「男子まだ決まらないの? 情けないなぁ~」


 女子バスケ部の御代みしろかえでが言ってきた。近くで見ると、マジで腕とかあしが細く引き締まっている。


「そっちは決まった?」


 顔も性格も素晴らしい吉田よしだ昴流すばるが訊くと、ずいっと沢尻さわじり真由が出しゃばってきた。


 こいつの顔を見るたびに、この間のソフトボールで俺に浴びせた暴言を思い出す。


「うん、梨沙子」


「え、鹿島が!?」


 俺含む、クラスの男子の大半が驚き、鹿島の方を見る。


「うん、だって、面白そうじゃん」


 鹿島は無邪気な笑顔を俺に見せた。


 お前って、そんな奴だったっけ?


「男子、早く決めろよ~」


 御代に続いて、


「あ、ジャンケンで決めたら?」


 グラビアアイドル級のスタイルを持つ新井あらい沙耶さやも言ってきた。顔を見た1秒後には、胸を見てしまう。それほどデカい。悲しいけどこれ、男のさがなのよね。

 

 すでに競技者を決めた女子達が、俺ら男子の周りに集まってくる。


 これはもう、リスクを背負うしかない。


「じゃあ、新井の意見を採用してジャンケンにしよう。もう、恨みっこなしでさ」


 俺の提案に、「えー」という不満の声があがるも、この方法しか場を納められないと思い、該当者がいとうしゃはジャンケンをする態勢になる。


 そんななか、1人だけ窓側まどがわすみっこで縮こまっている奴を発見した。


 市原いちはら晴彦はるひこという、俺よりも少し身長が低くてメガネをかけている男子だ。


「おい市原、じゃんけんするぞ」


 俺がそう呼び掛けると、市原は斜め下を向き、手を横に振る。


「やらない」


「はい?」


「俺、そーゆーキャラじゃないし」


 なんだよ、そーゆーキャラじゃねぇしって。何言ってんだ?


「キャラとか関係ないから」


「俺、そーゆーキャラじゃないから」


 目を合わせずに小声で言い続けてきた。


 くそ腹立つコイツ。


「じゃあ、どんなキャラだよ?」


「いや、俺そーゆーキャラじゃないから」


「ゲームのNPCみたいになりやがって」


 こうなったらもう、絶対にジャンケンしないつもりだ。


 すると、学級委員の茉莉が市原に対し、


「市原、やりたくないからって―――」


「いいよ、もう」


 叱ろうとするのを、俺は止めた。


「でも」


「いいよ、こいつは」


「喜太郎……」


 ちっ、仕方ない。


「じゃあ、市原抜きでやるか」


 結局、クラス全員が折れた。幸い、市原以外はジャンケンをする意思を見せていた。


 市原は今度俺が小説で異世界転生もの書いたら、マジで最初に殺す。


 市原を除いた人間で、二手に分かれてジャンケンをする。


「負けた奴が障害物競争出ることな」


 市原を除くみんなが納得し、ジャンケンを始める。


 体育祭委員を引き受けたんだ。せめてここぐらいは勝たないと、俺は一生貧乏くじを引く続けるぞ。


「いくぞ? ジャンケーン」


「「「「「ポンッッ!!!!!」」」」


 負けた。


 まさかの俺、決勝戦進出。


 あっちのチームも終わり、決勝戦へ移る。


 対する相手は、ひょろがりの山根やまねだった。めちゃくちゃ不安そうな顔してる。それを見て、俺にも緊張が移った。


「恨みっこなしな」


 こくりと頷く。


「ジャンケーン」


「「ポンッ!」」


「よっっしゃぁー!!!」


 なんと、勝った。


 負けるかと思ったけど、勝った。


 対する山根は、めちゃくちゃ青ざめて、そこで固まっている。


 だが、仕方のないことだ。


「じゃあ、山根な。補欠は俺が入るから」


 そう言って、競技者登録用紙に名前を書こうとしたその時、


「山根、カワイソー」


 沢尻真由が憎たらしい口調で呟いた。


「はぁ?」


「山根を見てみなよ。この世の終わりみたいな顔してるでしょ?」


 確かにそんな顔してるけど……。なんか、


「じゃあ、誰が出るんだよ。代わりに沢尻が出るのか?」


「出られないでしょ、私は。女だし」


「いや、男としても出ても……」


 誰にも聞こえない音量でボソッと口にした。


「サイテー!」


 やべっ、聞こえてた。奴は地獄耳だった。


「滝藤がやりなよ。そしたら万事解決じゃん」


「はぁ? ふざけんな!」


 ジャンケンにまで買ったというのに。


「なんで俺が―――」


「いいじゃん、出てみれば」


 鹿島が追撃してきた。”青春したかったんでしょ”、と目が言っていた。


「モテるかもよ?」


「なぁ、マジで良くないよ。そーゆーこと言うの」


 と言いつつ、俺は学校1位の人気を誇る皐月さつき立花りっかや新井—―――沢尻は飛ばして――――御代みしろなどを順々に見ていく。


 彼女らが俺を見てくれてる………気がする。


「滝藤……」


 山根がすがるような目で俺を見てきた。


「やろうぜ、滝藤」


「お前がやったほうがいいよ」


「市原を救ったじゃないか。山根のことも救ってやろうぜ。人助けだと思ってさ」


 吉田が親指を立てて、成瀬が馬鹿にしたような笑いを浮かべ、前林は前髪をいじりながら言った。


 女子も全員見てる。


 もう、無理だ。これ以上は逃げられない。


「わかった。やるよ……」


 俺は競技者名に自分の名前を書き、補欠に山根の名前を書いて担任に提出した。山根が小さく「ありがとう」とお礼を言ってきた。


 30分後、我に返った俺は、情に流されたことをひどく後悔した。

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