第19話 俺は、どうやら決意したようです

 白熱するデッドオアアライブ2の戦いは、13戦中6勝7敗と、あと一歩のところで負けた。


 このうちの3敗は、天狗の”風コンボ”で負けてしまい、昼食前の最後の試合は、ギリギリのところで負けてしまった。


「まだまだクソ兄貴には負けないよ」


 ゲームに勝った時にした挑発的な笑みがめちゃくちゃ腹立つ。


「今度、デッドオアアライブ2で勝ったら、そのクソ兄貴呼びを止めさせるからな」


「やるものならやってみろし」


 べーっと舌を出した秋帆の顔を忘れない。次こそは絶対に勝つ。


 ゲーム後は3人で昼食をとり、少しゆっくりしたところで、俺は帰ることにした。


 本当は1時間ぐらいで帰る予定だったが、ゲームに熱中したせいで長居してしまった。


 秋帆もいるなか、リビングで母さんに帰ることを伝えると、


「もっといればいいのに」


 母さんが名残惜しそうに言ってきた。


「これ以上遅くなると、アイツと出くわしそうだから」


 そう言うと、母さんは困り顔になった。


 秋帆は、なんか難しい表情をして外方そっぽを向いていた。


 このまま帰るのはさびしいので、俺は秋帆に声をかけた。


「今度は俺んちに来いよ」


「クソ兄貴の家なんか行きたくないし…………それに場所知らないし」


「ここだよ」


 俺の家の外観を見せた。


「いや、わかんないし」


「ならあとで送っておくから、連絡先寄越せ」


「なにそれ? アタシ、クソ兄貴の連絡先なんかいらないんだけど」


「兄妹で連絡先がないと不便だろ」


 俺は強引に連絡先を交換すると、秋帆は俺から自分のスマホをひったくった。


 そしてディスプレイを見て、少しだけ口角を上げていた。


「あとで住所送っておくからな」


「別にいらない」


「知っていて損はないから、受け取っとけって」

 

 秋帆はブスッとしつつも、ちらっと俺の方を見た。そしてすぐに画面に目を落とす。まぁ、嫌ってはいないだろう


 さてと、やり残したことはもうない。


 トートバッグを持って玄関へ向かう。母さんも付いてきた。


 玄関についた俺は、靴を履く。そういえば、家出した時は最低限の靴しか持っていかなかったから、俺の靴が残ってるんだよな。


 あれから2年で身長はそんなに伸びなかったのに、靴のサイズは3㎝も伸びたから、もう履けないんだよな。


「そうだ、下駄箱の靴、もう入らないから捨てといて」


「アンタが捨てなよ。今度、処分しにきなさい」


 母さんの口調には温かみがあった。


「……じゃあそのうちね」


「夏休みくらいは帰ってきなさいよ。アンタまだ未成年なんだから」


「早めの独り立ちって言ってほしいな」


 もう、と母さんは呆れた。


「じゃあね」 


 別れの挨拶をすると、母さんの少し後ろで秋帆が目線を合わせずに言う。


「また、ウチに帰ってきなよ」


 頬が少しだけ赤くなっていた。


「ああ。秋帆こそ、次来る時までに、下段蹴りループを抜け出す方法を考えておけよ」


「余裕ー」


 変に強がったあと、秋帆はそそくさとリビングへ戻っていった。その姿を見て、俺と母さんは微笑んだ。


「口ではあー言ってるけど、アンタが帰ってくるの心待ちにしていたんだからね。今日、友達との約束蹴ってアンタと会ってるんだから」


「まさか、俺に恩を着せようとしただけだよ」


 昔ならあり得たが、今の秋帆に限ってそれはないだろう。クソ兄貴って呼ぶぐらいだし。


「じゃあ」


 俺は実家を後にした。


 少し暖かくなった風が吹く。母さんも行っていたが、あと2か月ほど夏休みだ。


 やっぱり3人といる時間は居心地がよかったな。奴がいない家族だったら、俺も家を出て行ってないんだろうと思う。


 久しぶりに秋帆とも話せたし。


 ゲームでせこい一面が見えたけど、ネグレクト気味の父親のもとでちゃんと育ってよかった。安心した。


 心地よい気持ちで、昔とちっとも変わったない風景を見ながら歩いていると、


「喜太郎」


 男性の声が、後ろから聞こえた。


 忌まわしい声。忘れたい声。忘れられない声。


 不覚にも一瞬、足を止めてしまう。だが、すぐに歩き始めた。


「おい、喜太郎」


 関係ない。


「喜太郎!」

 

「………………ちっ」


 足音が大きくなってくる。無視は出来ないか。


「おい、喜太郎!」


 振り向いた先にいたのは、この世で一番会いたくないちちおやだった。少し息を切らしていた。汗もかいている。


「なんですか?」


「お前、まだそんな口の聞き方……!」


「学校の先生は敬え、と教えてもらってるので」


「俺はお前の学校の先生じゃないだろう」


「でも、横浜市の教員ですよね。というか、そんなことはどうでもいいです。なんの用ですか?」


「親が子どもを呼び止めるのに理由なんかいるか?」


「理由もなく呼び止めるのは困りますね」


 俺はそのまま帰ろうとする。


「待てって、その……順調か? 仕事とか、学校生活とか」


「普通です」


「そうか…………。そういえば、この間の、『ヒロイン争奪戦』読んだぞ」


 俺は舌打ちしたくなった。


 菜月さんめ、コイツにリークしたな。余計なことを。


「そうですか。ありがとうございます」


 あえてお辞儀した。


「結果の方は、残念だったな」


 慰めるような表情をする姿を見て、俺の心に怒りの感情が沸々とする。


 お前がそんな表情をする資格はねぇんだよ。


「まぁ頑張った。俺は、お前の作品は面白かったよ」


「そうですか」


「でもあれだけ面白い作品でも、最下位なんだ。作家の世界は、本当に大変だな」


 あぁ、駄目だ。イライラしてしまう。


 すぐにでも殴りかかってしまいそうだ。


 俺よりも体格が良く、体育教師をやっている男に勝てる気はしないが、それでも1発殴らなきゃ気が済まない。


「あの人気じゃ、金もそんなに入ってこないだろ。その、なんだ…………生活に苦しくなったら、いつでも帰ってこい。母さんも秋帆も心配してる。お前の部屋もそのままにしてある」


「結構です!」


 語気を強めた結果、沈黙が流れる。風で草木が揺れる音と、カラスの鳴き声がだけが聞こえて、あぁ、この通りは静かだったんだなと思った。


「結構ってお前……生活費は大丈夫なのか?」


「大丈夫です。心配しないでください」


「心配するだろう。俺の大切な子どもだぞ」


 大切だと……?


「俺はお前のことを一番に思ってる。もちろん秋帆も、母さんもだがな」


 一番だと……?


 どの口が言ってるんだ?


 俺の心境など知らずに並べ立てた言葉で、俺の怒りは頂点に達した。


 駄目だな。


 本当は親の戯言ざれごととして軽く受け止められればいいんだけど、出来ないや。


「そんな施しは、いりません」


 だからこそ、宣言してやる。


「1位、取りますんで」


「なんだと?」


「俺はこの業界でやっていくって決めたんです」


 今まで将来の不安とか、自分の能力への不安とかあったが、そんなことはもうどうでもいい。


 不安に押し潰されたら、またコイツの言いなりになってしまう。

 

「甘い考えだそれは。何人もの人間が作家になれずに違う生活をしている。その時、学歴がないようじゃまともな会社に勤められんぞ」


「それでも決めたんです。道半ばで死ぬつもりはないですが」


「だったらせめて、実家に帰ってこい。せっかく稼いだ金を、無駄に使って貧しくなる必要はない」


「俺は!!」


「―――っ」


 人生で一番強くにらみつけた。男が言葉に詰まる。その表情にはやるせなさを感じたが、思いやる必要はない。


「あなたには死んでも頼らない」


 悪いな、秋帆。実家に帰ることはもうないようだ。


「喜太郎……」


 目の前の男がたじろぐ。


「あいにく、食べ物に困る生活は慣れているんで」


「………っ、じゃあ、もう勝手にしろ!」


「ええ、勝手にします」


「あ、おい……!」


 後ろから呼び止める声に一切振り返ることせず、俺は駅へと向かった。

 

『ヒロイン争奪戦』で1位を取る。絶対にあのクソ親父を見返す。


 しかし、今のままでは1位を取ることなど夢のまた夢、というのはわかっている。


 なぜなら、『ヒロイン争奪戦』には青春要素がないからだ。


 そして俺が青春要素を加えられないのは、自分自身が青春を体験していないからだ。


 だが俺は青春というものを知らない。


 なので、俺が知る中で一番青春してそうな人間にメッセージを送る。


『青春って、どうやったら体験できるんだろう』


 すぐに返事がきた。


『急にどうしたの? 気持ち悪いんだけど』


 思ったことをストレートに伝え過ぎじゃない? 


 気持ち悪いはつけなくてよかったのでは?


 そう、送った相手は鹿島だ。


 こいつは、俺が連絡出来る相手の中で一番青春してそうだ。


 茉莉は美人だが、訳アリでバイト三昧。菜月さんも高校時代は茉莉と同じなうえに、恋愛こじらせウーマンになっている。聞くだけ無駄だ。


 秋帆は俺より青春してそうだが、まだ人生経験が甘い。それに、連絡したら家族全員に回りそうだ。それは避けたい。


 その結果、選ばれたのは鹿島でした。


『面白い物語を書くためには青春を体験する必要がある。だが俺は中学時代、あまり人と関わってこなかった』


『ボッチだったんだ。想像にかたくないけど』


 だからストレート過ぎるって。もう少しお手柔らかに頼むよ。


『だから、性急に青春が必要だ。俺に教えてくれ! 鹿島! 俺に青春を体験させてくれ!』


『ふーん。でもそんなに急がなくてもいいんじゃない?』


『なんで?』


『来週、体育祭だし』


 マジかよ。体育祭のこと、すっかり頭から落ちていた。


『しかもさ、確か滝藤って体育祭委員だよ。私と一緒で』


『はい?』









 

 

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