第18話 俺の妹は、どうやらコンボできるらしいです

 驚愕きょうがくの再会から少しして、リビングに入ると、秋帆がソファーでスマホをいじっていた。


 ちょっと迷ったが、秋帆には茉莉からのプレゼントを渡さなければならないため、俺は秋帆の横に座った。


 秋帆はこちらに一瞥いちべつもくれず、スマホをいじり続けている。


 ……………まぁ、そうなるよなぁ。


 だが、せっかくの再会だ。


 久しぶりに兄妹水入らずで話したい。


 一応、話すきっかけに茉莉のプレゼントがあるが、いきなりそれを使うのは、気軽に話せてないみたいで負けた気になる。


 だからここは世間話からだ。世間話で盛り上げてからプレゼントを渡す。


「よ、よぉ秋帆。久しぶりだな」


 スマホを見ながらこくっと、小さく頷いた。


 反応はしてくれるみたいだ。


「元気か?」


 こくっと、小さく頷いた。


「その髪型、マジで似合ってるな」


 こくっと、小さく頷いた。


あめあげようか?」

 

 首を軽く横に振る。


「茉莉からプレゼントがあるんだ」


「茉莉ちゃんから?」


 負けた。


 駄目だった。2年のブランクはデカい。しかも、最後の別れ方は最悪だったからな。


「はいこれ」


 俺はトートバッグからプレゼントを出した。

 

「へぇー……………あ! シュシュ。可愛い!」


 これはもう、自分の妹とは思えないほど可憐かれんな笑顔をした。


 まぁうん、これはモテるわ。


 容姿に関してはどこに出しても恥ずかしない、自慢の妹だ。


 貰ったワインレッドのシュシュで、すぐに髪を結いた。表情からして、かなり気に入っているようだ。


「お礼は俺の方から伝えとくな」


「いい。自分で伝える」


 すると、秋帆はスマホを耳に当てた。


「あ、もしもし、茉莉ちゃん? ……うん、シュシュありがとう! これめっちゃ綺麗だね」


 茉莉と電話し始めちゃった。そういえば俺、秋帆の連絡先知らないや。逆に、なんで茉莉は秋帆の連絡先知ってるんだ?


 電話はすぐ終わるはずだから、待とう。


 一応、茉莉には今日渡しに行くことは伝えてある。長引きそうでも、茉莉の方から上手く打ち切ってくれるだろう。


 俺は台所に向かい、冷蔵庫から麦茶を出し、コップに注いでソファーに戻る。


 秋帆はまだ茉莉と電話していた。


「わざわざクソ兄貴に預けなくても、言ってくれれば取りに行ったのに」


 またクソ兄貴呼びしてる。思い出の中の秋帆と違いすぎてショック。


 1分ほどして、「じゃあ、また遊ぼうね」と秋帆の方から電話を切った。


「茉莉と仲良いんだな」


「うん、まぁね……」


 再び無表情に戻り、スマホをいじり始める。


「よく遊ぶのか」


「たまに」


「何して?」


「買い物とか」


「買い物か。その服は茉莉が選んだのか?」


「自分」


「そうか」


「……………」


「……………」


 ……………話が続かない。


 なんか一緒の空間にいるのが気まずい。前はどんな話してたっけな。そういえば、ゲームとか漫画とか話してた。


 改めて秋帆を見る。


 うん、これはゲームも漫画も見たないだろう。TikTokやインスタだな。だが俺は、どちらもやってない。


 難しいなと苦戦していると、


「喜太郎、アンタ夕飯食べていくでしょ?」


 母さんがリビングに入ってきた。神の救いだ。母さんはお喋りだ。場を持たせてくれるだろう。いやぁー助かった。


「いや、夕飯はあっちで食べる」


 夕飯までいると、親父と出会ってしまう可能性がある。アイツに会わないために、わざわざ早起きしてきたんだ。


「何よアンタ、ウチで食べて行けばいいのに」


 非難するも、それ以上食い下がることはしなかった。


「じゃあ、昼飯は食べていくでしょ?」


「食べるよ」


「何食べたい?」


「唐揚げかな。油ものとか、家でやらないし」


 油の処理やキッチン周りの掃除がめんどくさい。特にキッチン周りは油が飛び散るので、掃除しないと頑固な汚れとなってしまう。


 オッケー、と快諾した母さんは冷蔵庫を開けた。


「あ、鶏肉がないや。買ってくる」


「えっ?」


 母さんはいそいそと買い物にいく準備を進める。


「いやいや、そこまでしなくていいよ」


「何言ってるの。普段、滅多に帰ってこないんだから」


 そーゆー意味じゃないんだ。ここにいると気まずいんだ。


 哀願の眼差しで母さんを見る。伝われ、息子の切なる想い!


「じゃ、行ってくるわね。勝手に帰らないでよ?」


「ちょ、まっ」


 頼む、俺を置いてかないでくれ!


 バタンとリビングの扉が閉まった。


 再び2人きり。


「…………………」


 気まず過ぎるっ。


 秋帆は変わらずスマホを触っている。


 なんでこの場所にずっといるんだよ。


 話す気がないなら自室に行ってくれよ。


「ねぇ」


 鋭く冷たい声。ハッ、と横を見る。


「な、なに?」


「アタシと2人きりじゃ嫌なわけ?」


 明らかに不機嫌そうな顔をしていた。


「嫌じゃないけど」


 気まずいんだって。あと、パリピ感強すぎて恐い。


「そう」


 不機嫌そうにまたスマホに目を落とす秋帆。くそ〜、そこまで言うんなら話してやるさ。


「勉強はどう? ついていけてる?」


「ふつー」


「なんでその髪色にしようと思ったの?」


「なんとなく」


「なんとなくってことはないだろう」


「なんとなく」


「…………」


「…………」


 ほらね。


 また沈黙ですよ。


 これが気まずいんすよ。


 秋帆は相変わらずスマホに熱中してるし。


 俺は溜息をつきそうになり、慌てて飲み込んだ。溜息をついたら、どやされる。


 暇なのでリビングを見回す。


 昔と比べて置物は変わったが、家具は変わっていない。


「お、PS2がある。懐かしい」


 俺がゲームにのめり込むきっかけになったゲーム機だ。


 色々なジャンルをやったが、特にハマったのは連邦VSジオン。


 原作アニメは見ていなかったのでストーリーはわからなかったが、とにかく面白かった。「アムロ、行きまーす」を真似て、「キタロー、行きまーす」と叫んで遊んでたのは黒歴史だ。


 久しぶりにやろうと探すも、リビングにはそのソフトはなかった。俺の部屋かな?


 その代わり、『デッドオアアライブ2』という、買った記憶のないゲームが置いてあった。


 デッドオアアライブというゲームは知っているが、やったことは一度もない。


 そもそも俺は格ゲーが苦手だ。


 前に一度、格ゲーをやったのだが操作が難しくて技が出せないのだ。


 むしろ、技を出そうとしている間に敵のコンボをくらって負ける。


 だが、せっかくあるのなら、試しにやってみようかな。


「それ、この間100円で買ったんだよね」


 コントローラーに手を伸ばした俺に、秋帆が言ってきた。


「え、お前が? なんかそんなのやるように見えないけど……」


「アタシ」


 秋帆のやつ、ギャルっぽい見た目に反してこんな昔の格ゲーなんか買うんだ。ゲーム好きは変わってないのかな?


「コンボとか、コンボ中に抜け出せたりとか出来るようになったし」


「へぇー」


 俺の記憶によると、秋帆はゲームは好きだが得意ではない。


 しかし、あの自信満々な表情を見る限り、少なくとも練習はしてきたのだろう。


「じゃあ、やろうぜ」


 起動し、すぐさま対戦モードを選ぶ。


 俺は青い忍者服を着た、ナイスバディな女キャラを選択。一方、秋帆は刀を背負った男キャラを選択。


「3ラウンド制ね」


「いいよ。秋帆の腕前、見せてもらおうかな」


「任せて」


”GET READY  FIGHT!”


 秋帆のキャラが突っ込んでくる。


 俺はボタンがどの技になっているかも分かってないので、適当にボタンを押した。


「くらえ!」


 俺のキャラが下段蹴りを出す。


 バキッ!


『うっ』と秋帆のキャラがダメージをくらってよろける。


 ダメージの減り具合から、おそらく弱攻撃だろう。


 この攻撃方法しか俺は知らないので、とにかく同じボタンを押しまくった。秋帆に花を持たせる意味でも。


 下段蹴り、下段蹴り、下段蹴り。


 コンボにはならず、同じ攻撃が単発で出る。


「あ、ちょっ……!」


 秋帆のキャラが『ぐっ!』とうめく。


 下段蹴り、下段蹴り、下段蹴り、下段蹴り。


「待って待って!」


 下段蹴り、下段蹴り、下段蹴り、下段蹴り、下段蹴り。


『ぐぁぁぁぁぁぁ!』


”K.O.!”


 リプレイが流れる。


 ひたすら同じ攻撃をくらって崩れ落ちる秋帆のキャラが映し出された。


「なんだよ。全然じゃん」


「違うから。今の違うから」

 

 秋帆が悔しそうな顔をする。


「まぁまぁ、まだ2ラウンドあるから」


「今のは間違えた。次は本気出す」


”GET READY  FIGHT!”


 秋帆のキャラがジャンプキックを出してきた。


 次は違うボタンを押してみた。するとパンチが出て、互いの攻撃がぶつかり、両方ダメージをくらう。


 俺のキャラはよろけただけだが、秋帆のキャラはダウンした。


 俺はそのまま下段蹴りしようとするも、立ち上がりながら蹴られた。


「甘いよ、クソ兄貴」


「おぉー」


 秋帆のキャラが突っ込んできたので、俺は下段蹴りを放った。


 その結果、『うっ!』と秋帆のキャラが呻いた。


「あっ」


 下段蹴り連発で、秋帆のHPをどんどん減らしていく。


「ちょっとっ! ねぇっ! や、やめっ……」


『ぐぁぁぁぁぁぁ!』


”K.O.!”


 秋帆のキャラが下段蹴りで倒れ落ちるという、既視感のあるリプレイが流れた。


「コンボ中に抜けられるんじゃなかったのかよ」


「それ、コンボじゃないんだもん!」


「コンボみたいなもんだろ」


「違うし! コンボはこう、ガンガンズガンって感じだもん」


「なんだよ、ガンガンズガンって」


 言い合っているうちに、3ラウンド目が始まった。


「せめて1ラウンドくらいとってみろよ」


「うっざ!」


 秋帆のキャラがダッシュで近づいてきたのを見、俺は下段蹴りを繰り出す。


 対する秋帆も、下段蹴りを繰り出してきた。

 

「あ、なんだよ。お前も同じやり方かよ」


「毒をもって毒を制すってやつ」


「俺の攻撃は毒かよ!」


「毒だよ!」


 互いに弱攻撃を出すだけの、格ゲーの醍醐味だいごみを一切無視した試合となる。


 そしてこの試合を制したのは、俺だった。


「秋帆よっわ」


「はぁ? マジうざ」


 嘲笑あざわらう俺に、秋帆がマジギレする。


「いいよ、クソ兄貴がそんなふうに戦うなら、こっちにも考えがあるから」


「んだよ。もう1回やるのか?」


「当たり前でしょ、このままじゃ終われないから」


 俺は前回と同じキャラを選択。対する秋帆は、天狗を体現したキャラを選択。


「もう、クソ兄貴に勝ち目はないから」


「どうかなぁ」


”GET READY  FIGHT!”


 開始直後、秋帆は俺のキャラから距離を取る。そして天狗はその場で素早く足踏みし出した。


「なんだ?」


「くらえ!」


 すると、天狗は持っていた葉っぱの扇子から、ビュッと風を出した。


 その風が遠く離れた俺のキャラに直撃し、ダウンする。


「うわっ! なんだその攻撃!」


「知らない。けど、風出せるんだよコイツ」


 そう言いながらも、秋帆は風を俺のキャラに当ててくる。


 立ち上がったと同時に風に攻撃が当たり、再びダウンするという、無限ループにおちいってしまった。


「あっ、きったねぇ!! 全然近づけないじゃん!」


「そっちが先にやってきたんだからね!」


 結局、俺は天狗に1ダメージも与えられず、1ラウンド先取された。


「お前、コンボとかどうなったんだよ」


「これもコンボのうち。”風コンボ”」


「チキンプレイって言うんだぞ」


「うるさいし。勝てばいいんだもーん」


 究極生命体みたいなこと言いやがって。


 対策も浮かばないまま、2ラウンド目に突入する。


 天狗の風を飛ばす攻撃は隙があるから、近づけば技の発動を防げる。


「いけっ、俺のくノ一!」


 しかし、そんな狙いは秋帆に見破られており、


「甘い!」


 適当に吹っ飛ばされたあと、距離を取られて”風コンボ”をくらって俺は負けた。


「お前、そんな勝ち方して楽しいか?」


「めっっっっちゃ楽しい」


 いい笑顔で言うじゃねぇか。


 続く、3ラウンドも同じような展開になり、同じ攻撃、同じ呻き声、同じ効果音が1試合中ずっと続いた。


 結局、2試合目は、秋帆の3ラウンド先取で幕を閉じた。


「お前、見ないうちに随分ずいぶんとせこくなったんだな」


「クソ兄貴に言われたくないし」


 両者睨みあい、リアルファイトに発展しそうになりそうなところで、母さんが帰ってきた。


「あら、アンタ達、本当仲良いわね」


「仲良くねぇから!!!!」

「仲良くないから!!!!」

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