第13話 人間の顔を模したエイリアンって感じっすね
『綿子先生がお前に会いたいそうだ』
午後10時、仕事終わりに
メッセや電話で説明するのはアレだから、というのだ。
アレとは何か。ちゃんと説明してくれと言ったところ、メッセを既読スルーされた。そのかわり、インターホンが鳴らされた。
そして今に至る。
菜月さんが
ていうか、なんでいちいち家に来るんだろう。確かにこの部屋は菜月さん名義で借りている。とはいえ、家賃や光熱費を払っているの俺だ。
それに菜月さんは茉莉と2人暮らしだ。どうせなら寄り道せず、お姉ちゃん大好きな茉莉が待つ家に帰った方がいい。姉のために夕飯も作っているんだからさ。
もちろん菜月さんは美人なうえにモデル体型だ。芸能人と言われても何の疑問も抱かないほど、容姿は完璧である。それに香水もつけているし、教師には無い色気というものがあるのはわかる。
だが、俺にも1人の時間が欲しいというものだ。だから頼む。温かい飯と妹が待つ自宅に帰ってくれ。
言っても拳しか飛んでこないから言わないけど。
菜月さんが落ち着いたところで、本題に入る。
「あの、なんで
振り返ってみるが、接点はない。
雑談社が開催したパーティに俺は呼ばれてないし、インタビューを受けたこともない。
綿子先生の作品は読んだことあるし、面白かったが、俺はファンと公言していない。むしろ、俺より1年あとにデビューしたのに今は、俺より売れてる。いや、俺と比べるのがおこがましいくらい売れてる。
正直、
もっと悲しいことをいえば、俺の存在は認知されてないのかと思った。
「ああ、それはな。お前の作品が好きだからだってさ」
「へぇー俺の作品が好きですかー…………ん、好き?」
「そう、好き」
「え~、ウソだぁ~?」
「だと思うだろ? 事実なんだよこれが。信じられないことに」
「脱落パーティのどこがいいんですかね?」
「さっぱりわからん」
「おい。アンタは否定しろよ。俺のこと拾ったん――――いででででで!!!」
俺のこめかみを両方の
「アンタだと? 誰に向かって言ってんだ!? あぁん!?」
「う、うそうそうそうそっ!」
拳をこめかみから離す。
「次から口の利き方に気をつけろよ」
「わかったよ」
「あ?」
「わかりました! わかりましたから! 拳を収めてください!」
ようやく菜月さんは拳を収めた。
はぁ、困ったらすぐこれだ。
菜月さんは空手の黒帯を持つ、バリバリの
「で、なんで俺のこと好きなんですか?」
「お前じゃなくて、お前の作品な。鏡見ろ」
ちょっと今のコメントは痛かったな。
「なんで俺の作品が好きなんですかね?」
菜月さんは手鏡と同時に『ザツダン・マガジン』を渡してきた。脱落パーティが
「そこの巻末コメントを見てみろ」
手鏡を机にそっと置き、『ザツダン・マガジン』の一番後ろのページを開いて綿子先生のコメントを見た。
☆☆☆
とても大好きな作品でした。ルークの諦めない心にどれほど救われたか……!
雨宮先生、お疲れさまでした。〈綿子〉
☆☆☆
「うわー、ありがてぇー!」
「喜太郎に労いのコメントしてるのは綿子先生だけだからな」
へぇー、といつもなら絶対に見ない巻末コメントを見る。
プライベートでは割と関わりのある
他の作家も『10年ぶりにスイカ食べた』とか、めちゃくちゃどうでもいいコメントを書いていた。
俺のラノベの最終回はスイカ食べたことより下なのかい。
「な、これだけ見てもお前への愛が感じられるだろう?」
「そうですね。俺としても人気作家には会いたいです。どうやったらそんな素晴らしいストーリーが書けるのかとか、良い地の文が思い浮かぶのか訊いてみたいです。数少ない俺のファンですから」
ついでに、あの人気作家と繋がれたら宣伝してくれるかもしれないしな。『綿子先生イチオシ!』とかって。
「ゲスい顔しているぞ」
「え、顔に出てました?」
近くにあった手鏡で確認する。ゲスい顔をしていた。
「ま、喜太郎が考えてることは私も考えていた。綿子先生と仲良くすることで、お前の本が売れるならそれでいい。ウチの利益にもなるからな。じゃ、会うということでいいんだな?」
「はい。えっと、今週の土曜ですよね。空いてます。会えます」
「ああ、あっちが指定してきた時間は14時に井之頭公園で待ち合わせだ」
「井之頭公園!? 遠くないですか?」
ここから電車で2時間ぐらいかかるんですけど。しかも乗り換え3回くらいしないとたどり着かないし。
「心配するな。小説の事でも考えていればすぐに着く」
「それにしても…………もうちょっと俺に歩み寄った待ち合わせ場所はないんですかね?」
「ない」
断言すると、菜月さんはスマホで誰かに連絡した。明日のことを了承してもらったとのことだった。もちろん、俺の希望は全く通らなかった。
「……あの、参考までになんですけど。もし俺が断ってたらどうしたんですか?」
「どんな手を使っても連れて行っていたな」
「俺のプライベートは……?」
「何言ってるんだ。ウチの看板作家の願いだぞ。ある程度、無理を聞いてやるのが担当の仕事じゃないか」
売れてる作家とそうでない作家で、こうも違うのか……。
俺は大きく溜息をつき、布団に寝転んだ。そういえば、綿子先生の作品は読んだことがあっても、人物を知らないな。
近くにあったスマホを手に取り、ネットに綿子先生と入力すると、『綿子先生 性別』『綿子先生 高校』『綿子先生 年収』『綿子先生 顔』等々、たくさんの検索候補が出てきた。
特に、容姿や性別に関するものが多く上がっている。試しに『綿子先生 性別』で検索してみたところ、内容の薄いまとめサイトしかなく、不明だった。
「綿子先生の顔写真とかないんですか?」
「ない。あっても見せられないけど」
「え、でも会うのって2人きりですよね? 写真見ないと俺、わかりませんよ?」
「大丈夫だ。お前の顔写真送っといたから」
「俺のプライバシーは……?」
菜月さんは俺のことをフリー素材だとでも思っているのだろうか。
「というか、俺の写真なんか持ってましたっけ?」
「こういう写真ならたくさんある」
菜月さんがスマホを操作し、写真を一つ見せる。
「うわっ!?」
スマホに表示されたのは、なんとアイディアに詰まり、力果てた俺の寝顔だった。しかも高校の制服を着ているので、最近撮ったものである。盗撮したうえに流出させるって、犯罪でしょ。
「まぁ、安心してくれ。ちゃんと、バリバリ加工した写真を送ったからな」
「ちゃんと……? ちょっと見せてください」
菜月さんは再びスマホを操作し、写真を俺に見せる。
「な……! これって……!」
地味な水色の背景。中学校の制服をきっちり着た姿。真正面の顔に、硬い表情。
「そう、高校受験の時に撮った証明写真だよ」
「ないと思ったら……まさか菜月さんが回収していたとは……」
「何かに使えるかもしれないって思ってな」
何かってなんだよ。恐すぎるだろ。
いや、それよりも俺の顔の加工具合だ。
まず、証明写真を撮るときに目をしっかり開いたため、加工されて不自然に大きくなってしまっている。
加えてまつ毛も外向きに強調されているせいで、目がとんでもないことになってしまっている。
肌の色は発光しているのかと思うほど白いくせに、頬の部分はピンクに染められている。唇はぷりっとしていて、口紅を塗りたくったかのように色付いている。
鼻と頬の境界線がわからなくなるほど肌が白くなっているうえに、頬骨のあたりはピンク色に染められている。
ここまで加工しているのに、背景は地味な水色のまま。それが、加工した写真の歪さを一層際立てている。
「なんか……人間の顔を
極めつけは俺の顔を、キラキラしたピンク色のハートで覆っているところだ。落書きはこれだけなのが、不慣れさを出していて痛々しい。
もう十分気持ち悪いのに、1人だけというのがまた気持ち悪さを増加させている。プリクラを1人孤独に撮っているように見え、闇を感じる写真となっている。
「喜太郎、郵便受けにこの写真のみが入っていたらどうする?」
「迷わず警察に連絡ですね。常にお前を見ているぞ、と挑発しているように感じますから」
「そうか。私の場合は僧を呼ぶかな。呪いという線があるからな。実際、呪いのビデオを送られるより怖い」
「……って、あなたがやったんでしょうが!」
「ははは」と、菜月さんは他人事のように軽く笑った。
こういう悪ふざけばっかしているから、未だに恋人も出来ないっていうのがわからないのだろうか。
「で、本当に送ったんですか?」
涼しい顔で
「それでも会いたいって言うんだ。綿子先生も変わっているよな」
アンタも相当変わっているよ。
「ま、会うことは決定した。土曜日のプランは綿子先生が決めてあるらしいので問題ないだろう。あとは着ていく服だな」
「そんなのは適当でいいでしょう」
「そうもいかない。服は大事だ。顔がかっこよくても服が悪ければ、隣を歩きたくなくなるからな」
「いや、エイリアンみたいな顔でもOKって言ってるんですから、服がダサくても大丈夫だと思いますよ」
「ここはギャップで攻めよう。エイリアンみたいな人だと思っていたら割と普通だった作戦だ」
なんだそのふざけた作戦は。
「とりあえずクローゼットを見せろ」
え、クローゼット? そ、それはマズい。見られちゃいけないものがたくさん入っている。
止めなきゃ、と動いた時はもう手遅れだった。
クローゼットがガバッと開かれた衝撃で長方形の箱が2、3箱落ちてきた。その箱に描かれていたものは、制服を乱された女子や全裸で男性に騎乗する女性達が――――
「喜太郎、お前……」
「いや、あの……これはー……」
べ、弁明しなければ。
体位の研究? いや、彼女いない俺が研究するのはおかしい。
小説の参考? ラノベにこんな場面は出てこない。
くそ、それっぽい言い訳が浮かんでこない。
ならば受け身の姿勢だ。
言われた事に対して冷静に対処していく。
「――――こんな服しか持っていないのかよ」
「えっ?」
予想外の発言に、俺はつい言葉に詰まった。
え、あの、クローゼットから高校生が持っていちゃいけなくて、女性に見られると非常に気まずい箱が出てきたんですけど……。
俺が抱いている焦りを
なんなら、元あったであろう場所に積み上げちゃってる。
その代わりに出してきたのは、俺がよく着ている単色無地のパーカーやトレーナーだった。
「お前、服装に遊び心が無いなぁー」
「え……いやぁ、まぁ……着られればなんでもいいといいますか……」
「……そんなんじゃモテないぞ」
「……あの、怒ったりしないんですか?」
「あ、お前が
呆れた表情で続けた。
「つか、見つかったのが私で良かったな。同年代の女子が見たらドン引きだったぞ」
た、確かに。鹿島だったら、ドン引いて
でも、茉莉なら何となく許してくれそうな気がするんだよなぁ。
長嶋なら沼に引きずり込む。
それよりも、男性経験が一切無いのにこの冷静さ……。
「……なんか、つまんないですね。そういう時、恥じらった方が男心掴むと思いますよ?」
「大人がこの程度で恥じらうわけないだろ。むしろ、こっちが気まずいよ。気を使わなきゃならないんだがな。まぁでも、浮気に比べれば可愛いもんじゃないか。それよりもお前の服装の方が問題だ」
出したパーカーとトレーナーをクローゼットに戻した。
「センスが悪いわけじゃないが、地味だ。面白味が無い。こんなんじゃ、隣を歩く綿子先生に失礼だ」
「それよりも、1年先輩である俺を遠い地へ呼び出す方が失礼だと思いますけどね」
「結果を残しているのはあっちですよ、雨宮先生」
「ぐわっ…………!」
痛恨の一撃。傷を深く負った。
「というわけで、お前明日暇だろ? 金はこっちで出してやるから、放課後、茉莉と服買って来い」
「はい?」
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