第12話 マイナスからのスタートです

 ブルブルッとスマホが震える。


 菜月さんだろ。見なくてもわかる。


 大きく溜息をつき、電話をとった。


「雨宮先生、こんばんは。雑談社編集部の早川菜月です」


 いつもより高めの声。こりゃあ職場から電話してきてんな。


「アンケート結果がでました。総30万票という、非常に多くの方が投票してくださりました。弊社へいしゃとしては、喜ばしいかぎりです」


 ナレーターのように喋りやがる。しかも、めちゃくちゃ聞き取りやすい。酒豪のくせになんでこんなに透き通った声なのか、不思議でしょうがない。タバコ吸わないからなのかな。


「このように多くの読者に恵まれたことは、雨宮先生をはじめ、15名の著名な先生が参加していただいたおかげです」


「嫌味か」


「またまた、ご謙遜けんそんを。結果、お聞きになります?」


「いいです。わかってるんで」


 どうせ最下位だし。どうせこの電話もダメ出しの電話だろ。


「1位は綿子わたこ先生の『大学生から始める寮長生活~女子寮につき男子禁制って、オレ男なんだけどっ!?~』です。獲得数は12万票と、2位の8万票をはるかに凌駕りょうがしています」


 綿子というのは、俺より1年あとにデビューした作家、ということしか知らない。


 しかし、冷静な口調で『オレ男なんだけどっ!?』と読まれると、ちょっと不気味で気持ち悪かったな。


「さすが、デビュー1年足らずですでに雨宮先生の売り上げを越えられたお方です。しかも、今持っている連載を続けたままコチラも書いていますから。本当に素晴らしいお方です」


 追加情報、俺より稼ぎ、書く量も半端はんぱないとのことだった。羨ましいですねー。


「さて、気になる雨宮先生の順位ですが、なんと15位。最下位です」


「だろうな」


 予想通りだ。なぜならあの小説は、ある同級生に向けて書いたものだからな。それにこのサイトの読者層は男性だ。それも10代がメイン。


 主人公よりもヒロインをメインに書くのがセオリーだ。


 だが、今回の俺の物語は男、それも一般高校生4人がメインだからな。男からしたら面白くなかっただろう。まぁ女性から見て面白かったか、と問われても答えにくいものがあるけど……。


 しかし、票を得ようと思って書いてないが、いざ最下位を伝えられると辛いものがあるな。


「まことに残念な結果になりました。得票ですが―――」


 総数が30万票なら、俺の獲得数は3000票くらいだろう。ずいぶん突き放されたちゃったな。さて、どうやって挽回ばんかいするかな。


「5票です」


「5票!?」


「5票」


「5票!? 俺、5票しか取れなかったんですか? 30万も投票されてたったの5票ですか?」


「ええ。ちなみに、14位の『メロンパンパンパイナッポゥ』は10票となります。ダブルスコアですね」


「そんなふざけた小説に負けたんですか、俺?」


 ちょっとちょっと、ココロくだけちゃうんだけど。


「常識人には書けない意味不明なストーリーに、ごくごく一部の読者が絶賛ぜっさんしています」


 マジかよ……。逆に興味が湧いてきたぞ。


「まぁ、雨宮先生の作品と合わせて編集部では『ゴミの二大巨頭』と揶揄やゆされてますがね」


 編集部め、言ってくれるじゃないか。見てろよ。俺が売れたら締め切りブチってやるからな。『先生、書いてください!』って土下座させてやる!


「ついでに言うと、雨宮先生が獲得した5票のうち、2票は私と茉莉からです。新規の読者は3票ですね」


「冷静に考えると、やべーなこれ」


 一応、5票あるうち茉莉からの票が入っていることは知っていた。投稿してから1時間後に、『面白かった』という感想と、『がんばって』という激励げきれいのメッセージが送られてきたからだ。


「仕方ありません。現実を受け止めましょう」


「ちょっと冷た過ぎじゃないですか。もう少しなぐさめてくれてもいいじゃないですか」


 返事は無い。かわりに歩く息遣いきづかいが聞こえる。


「あの……菜月さん?」


「まったく、お前は……。どうしてあんな小説を書いたんだよ」


 いつもの声のトーンになった。なるほど、人がいない場所に移動したというわけか。


「お前だって曲がりなりにも商業作家だろ? だったらウチのサイトにいる読者がどんな層かわかってるだろう。」


「まぁ……」


 気圧けおされる。だが、先ほどの事務的な声を聞くより心地よかった。


「どうして男主人公4人にしたんだ。性格はイマイチだし、名前も普通過ぎて印象に残らない」


「等身大の男子高校生を書きたくて……」


「メインヒロインは描写びょうしゃが少なすぎてキャラが立ってないし」


「省略の美学ってやつですよ」


「それは描写不足というんだぞ、喜太郎。そもそもなんで大してかっこよくない男4人が好きな女子を取り合うストーリーにしたんだ。せめて、逆にしろよ」


「そりゃあ……」


 言葉にまる。あれはバカな男子高校生の心情を、とある読者に伝えるために書いた、と言うわけにはいかない。言ったらかなり面倒なことになる。


「ここで1位になるためには、男性読者にキュンキュンさせるエピソードを書かなきゃならないのにさ。綿子先生はそれをしっかり書いてる。だから1位だ。それなのに喜太郎、お前ときたら……」


 はぁー、と菜月さんはあきれた。

 

「……申し訳ないです。結果が出なくて……」


「ホントだよ」


「すみません……ホント」


「ああ。だがな、私は一番面白いと思った」


「…………」


「昔を少し思い出したよ。まぁ、私はあんなふうに一喜一憂いっきいちゆうしたことはないけどね」


「好きな人はいなかったんですか?」


「いなかったよ。……学校には」


「含みのある言い方ですね。他校にいたんですか?」


 こつんと、頭を壁に預ける音が聞こえた。


「はぁー……、これで私の有能伝説は終わったな」


「え?」


「いや、なんでもない。じゃ、私はまだ仕事が残ってるんでな」


「あ、あぁ……。お仕事頑張ってください」


 時刻は午後6時。今日も残業か。大変だな。


「ああ。倒れない程度に頑張るよ」


「それと、俺の物語、面白いって言ってくれてありがとうございます。めちゃくちゃ嬉しかったです」


 フッと菜月さんは笑った。


「ちゃんと栄養のある晩飯を食えよ。で、食ったらさっさと売れるようにテコ入れしろ」


 俺の返事を待たずに、菜月さんは電話を切った。


 まったく、あの人は。


 菜月さんから受ける真っすぐなダメ出しと、ちょっぴりの褒め言葉。彼女のこれに何度、ふるい立たされてきたか。


 ―――さて、栄養バランスの取れた晩飯を食ったら、構想を練るか。遅れを取り戻すぞ。

 

 スマホを机に置いた瞬間、ブルブルとスマホが鳴った。誰からだ?


「はい、滝藤です」


「あ、滝藤? やっとつながったよー!」


 鹿島からだった。


「もう、さっきからかけてるのに一向にかからなくてさ~」


「ごめんごめん、仕事の話をしていた」


 ダメ出しされていたことは、せておこう。自ら汚点をさらす必要はない。


「そっか」


「それよりどうした? あ、もしかして―――」


「うん、読んだよ。『ヒロイン争奪戦』」


 小説をサイトに投稿とうこうした日、茉莉と鹿島には伝えた。


 23時に送ったため、2人とも返信はなかった。茉莉に関しては23時に起きていることは皆無だ。朝は必ずシャワーに入る、と菜月さんが俺を挑発するように言った。ちなみに、菜月さんは香水で済ますとのこと。この話を聞いたとき、だからなんだよって思った。


「そりゃあ、ありがとう。で、どうだった?」


「……あの物語、人気ある?」


「人気は……出なかったなぁ」


 すると、鹿島がクスクスと笑う。


「だと思った。ダメだよあれは。ウケないよ~」


 厳しい一言だ。防御力ががくっと下がっている今の俺にその言葉は、効果抜群こうかばつぐんだ。


「他のラブコメとは系統が違うし。というか、ラブコメよりギャグ系? ライトノベル読まない私でも、この小説は人気出ないなって思ったくらいだし」


 ……あれ、なんで俺2人にダメ出しされてるんだろ。


 『メロンパンパンパイナッポウ』という意味不明な小説にすら負けてメンタルやられてるというのに。くそ~、酒飲める成人がずるいぞ。俺だって飲んで忘れたい。


「あれって男主人公4人ってこと?」


 俺の胸中などいざ知らず、鹿島は普通に接してくる。


「メイン主人公は真庭で、あとの3人はサブ主人公の予定」


「なんで主人公全員男なの?」


「それは……ですな……」


「ですな?」


 クスリと鹿島が笑った。


 しまった、俺の幼い魂胆こんたんが見透かされそうで焦って変な口調になってしまった。


「もしかして、男性キャラ増やして私が惚れる確率を上げているとか?」


「……正解」

 

 鋭いな。普段おちゃらけて、時にミステリアスで、割と意味不明な鹿島だが、洞察力どうさつりょくあなれない。


「全く、そんなチョロそうに見えるかな。……で、人気はなかったでしょ? 12位くらい?」


「さっ……最下位です……」


「えっ……あのメロンパンとかいう小説にも負けちゃったの?」


「…………ああ」


「……………」


「……………笑えよ」


 すると、鹿島は爆笑した。爆笑したところは見たことないが、きっと大口開けて笑っていることだろう。


 つられて俺も笑った。乾いた声だった。


「でもさ、私、滝藤に1票入れたよ」


「え……」


 あんだけ酷評こくひょうしたのに?


「ちゃんと15作品読んだ。……メロンパンも読んだよ。あ、正確にはメロンパンだけ途中でやめちゃった。あれ以上読んでたら頭おかしくなると思ったから」


 そんなにやばいのか、あの小説。


「一番面白かったのは大学生が女子高生寮の寮長を引き受けるやつだったけど、一番ワクワクしたのは『ヒロイン争奪戦』だった」


 鹿島が凄い楽しそうに話す。


「だってさ、私のための小説だよ? そりゃあワクワクするでしょ。しかもメインヒロイン私だし」


 ニッと鹿島が笑った――――気がした。電話越しだからわからないけど、でも、そんな気がする。


「鹿島……」


「ま、さっきも言ったけど、一番面白かったのは寮長のやつ。あれは継続して読んでいこうかなって思ってる。誰と結ばれるか興味あるし」


 そんなに念を押さなくても。


「だから、滝藤への1票は未来への期待を込めて、という意味もある」


「投資ってやつか」


「そう、投資」


 ということで、5票のうち3票は身内による票なわけだ。


 こうなったらもう、残りの2票も誰がいれたのか特定したくなってきたな。


「だからさ。私の期待に応えてよ。しっかりね、私を惚れさせてみて」


 またあの台詞か。俺がこの物語を書くきっかけになった台詞を。


 恥ずかしくなったのか、「んんっ」と咳払いする鹿島。


「さ、滝藤さん。マイナスからのスタートです。どうします?」


「プラスにしましょう」


「あ、言いましたね?」


「ええ、言いました。二言はありません。だから、信じて待っててください」


「わかりました! 期待してる。ぜひ、プラスにしてね」


 別れの挨拶をして、俺達は電話を切った。


 より一層、頑張らないといけないな。


 ん? 菜月さんからメッセが来てる。


『今週の土曜、空いているか?』


 返事を送るより先に、次のメッセが来た。


『綿子先生がお前に会いたいそうだ』

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