著:雨宮キタロー 『ヒロイン争奪戦』 第1話:椅子取りゲーム

 4月29日は、高校2年生の真庭まにわ祐樹ゆうきにとって待ちに待った日である。


 特別な日といっても誕生日や何かの記念日、体育祭当日というわけではない。


 だが、この日の結果によって未来が決まる。そういう日である。


 そう、今日は”席替え”の日。


(絶対、鹿島かしまさんの隣の席になってみせる)


 高校1年生の時の文化祭のときに、落とし物を拾ってくれた。そして、落とし物だったハンカチを「おしゃれだね」とめてくれた。その時から、真庭は学校のマドンナ的存在である鹿島梨沙子かしまりさこのことを好きになっていた。廊下ですれ違うたびに目を奪われ、学年合同行事の時は常に彼女を探していた。


 前まではただ遠くから恋焦こいこがれていただけだったが、今は違う。


 幸運にも同じクラスになった。なれた。


 だが鹿島に話しかけるのは容易ではない。彼女は気さくで面白い人ため、周りには常に人だかりができている。友人の壁を突貫とっかんする勇気は、真庭にはなかった。


 同じクラスになったにも関わらず鹿島に話しかけることができないまま、ずるずると1ヵ月が過ぎようとしていた。


 このままではいけない。そう思った真庭は、この4月29日に行われる席替えに、5月分の時間をけることにした。


(俺が鹿嶋さんと友達になるには、当たりを引くしかない)


 真庭は自分が人見知りで恥ずかしがり屋だということを知っていた。それに加えてかっこつけぐせがある。ダメ押しに、あきらめやすい。


 この特性があるため、きっかけを自分で作ることが出来ない。そして出来ない場合は、恋人になることを諦めて悶々もんもんとする日々を過ごすことになる。


 だから、憧れの鹿島とお近づきになるには席替えで隣を引くしかないのだ。

 

(やる。やる。やってみせる!)


 雪だるまみたいな体型した女性体育教師が、男女の学級委員とともにクジの準備をするのを見ている。男子学級委員は木内きうち涼輔りょうすけ。178㎝のややイケメンの友人だ。そしてその隣にいる女子学級委員は、憧れの鹿島梨沙子だ。


(可愛いなぁ。俺も学級委員に立候補すれば……いや、木内が立候補した時点で勝ち目はなかった)


 鹿島に話しかける方法がないので眺めていると、左隣に座る高校1年生からの友達で、部活も同じの吉本よしもと辰巳たつみから話しかけられる。


「なぁお前、誰の隣がいい?」


「隣の席は男友達だったら誰でも。それよりも後ろの席がいいな」真庭はさも本音かのように言った。(当然鹿島さんの隣。欲を言えば左右だが、前後でも構わない。とにかく隣だ)


「だよなぁ。後ろの席は取りたいよなぁ」


 吉本は眼鏡をクイッとあげた。


 ※


(本当にそう思ってるのか?)


 吉本は眼鏡の奥にある瞳を光らせて、真庭の言葉の本意を探る。


(真庭の奴、前をぼんやりと眺めていた。鹿島を見ていたんじゃないのか?)

 

 吉本辰巳は、真庭よりも早く鹿島梨沙子に恋をした。あれは、望んだ高校でない入学式に向かう電車内でのことだった。

 

 自分が大好きな小説を読んでいる同じ学校の女子高生が、目の前に座っていた。本の読み方がとっても綺麗きれいだった。背筋、本との距離、本の持ち方・開き具合、そして表情。どれを取っても完璧だった。


 その後、鹿島とは違うクラスで、鹿島のこともすっかり忘れていた高校1年生の5月、体育祭実行委員会で会った。本の読み方が綺麗な女子高生だと、一目見て思い出した。


 吉本は、体育祭実行委員で動いている間、鹿島に積極的に話しかけた。他愛のない会話が、どの小説よりも楽しかった。何より、波長が合うと思った。


 そして、気付いたら好きになっていた。


(同じクラスになれたのは幸運だった。ならここでもう一発引いておきたい)


 吉本はやる気になっていた。その一方で、気になることもあった。それは、このクラスに鹿島を狙っているやつはどれだけいるのだろう、ということだ。


 ヒロイン鹿島争奪戦を勝ち抜くためには、まず敵を知らねばならないと吉本は思っていた。


 敵を知り己を知れば百戦危うからず。


 何人かいるなかで、しかも鹿島と付き合う可能性のある人物、その中の1人が真庭だった。理由は2つ。1つは顔がフツメン以上だということ。もう1つは面白いところ。言い回しが独特なのと、ツッコミがえている。


 何回か探りを入れているが、真庭が鹿島の事を好きだという確証は得られていない。


 ただ、鹿島の話題を出したときに「へぇー」や「ふーん」など、やたらと『俺興味ないですよ』感を出していたのが気になっていた。そのくせ、鹿島が他クラスの男子と一緒に帰っていたと伝えると表情がひきつる。黒に近いグレーだと、吉本は思っている。


「で、吉本は誰と隣になりたい?」


 真庭が訊いてくる。


「真庭以外」


「ツンデレすな」


「ははは、ツンデレじゃないから!」


 コミカルに笑ったが、本心だ。正確には、鹿島と隣の席つ、真庭含むイケメン男子と離れた席。これが吉本の理想だった。真庭は友達だと思っているが、隣じゃなくていい。


(ここは絶対に鹿島の隣になるぞ) 


 心の中で叫ぶと、


「うわぁ、この席最高だったのになぁ! 席替えしたくねぇ!」


 遠くの席で友人の小島こじま壮太そうたが叫んでいた。


(小島の奴、うるせぇな。二度も鹿島の隣に座れると思うなよ)


 ※


「おい小島、うるさい!」


 木内が笑いながら注意した。


「だってよぉ! この席マジで楽しかったんだもん!」

 

 小島がなげくと、教卓にいる鹿島が微笑ほほえんだ。それだけで、小島は幸せな気持ちになった。


(うわぁぁぁ! 席替えしたくねぇ! せっかく仲良くなったっていうのに!)


 小島壮太が鹿島梨沙子を好きになったのは、高校1年生の入学式だった。クラスで鹿島を見た瞬間、好きになった。一目惚ひとめぼれだった。


 高校1年生の時はカ行の苗字の人間が鹿島・小島合わせて5人いたので、席は離れていた。


 それでも小島はなんとか鹿島と仲良くなり、連絡先を交換した。話せば話すほど、鹿島の優しさや愛嬌あいきょうの良さを知り、ますます好きになった。


 しかし、話しても話してもそれ以上は進展しなかった。進展出来なかった。


(俺みたいなブ男じゃダメか……)


 そう思って諦めて進級したとき、まさかの同じクラスになった。


(こうなったらもう、当たってくだけろだ。来年は受験で忙しくなる。勝負するなら2年しかない!)


 こうして小島は覚悟を決めた。


 1年時よりも積極的に結果、1年の時よりは確実に進んでいた。その大きな要因は席が隣だったからだった。席が隣というのは大きなアドバンテージだということを、小島は学んだ。


(絶対に隣になりたい)


 そう念じながら、くじ引きが入ったビニール袋を見つめた。


「先生、混ぜ切りました」


 木内が先生に伝えた。その木内を小島は少しだけ憎しみを込めて見つめる。


(木内め。本当なら俺が鹿島の隣に立っていたのに)


 鹿島が女子学級委員に立候補したのを見て慌てて学級委員に立候補をしたが、木内との決選投票で敗北した。その時はおちゃらけて悔しがったが、内心は血の涙が出るほど悔しかった。


 今でも2人が仲良く作業しているところを見ると、胸がチクリとする。こんな想いはそう何度もしたくない。


「じゃあくじ引きを始めようか」担任が手をパンと叩いた。


(始まる……!)


 小島は机の下で拳を握った。


 ※


(うーん、鹿島と隣になれたらいいなぁ)


 紙切れでつくられた無数のくじを見ながら、木内はぼんやりと思った。


 木内涼輔には化粧をバッチリすると可愛い、アニメ声の先輩彼女がいる。では、愛しているのか訊かれれば、否と答える。


 木内が現在愛しているのは、いま隣にいる鹿島梨沙子である。彼女のことを意識し始めたのは、つい2週間前のこと。彼女と喧嘩して、心がり減っていったときのことである。


 汚い言葉で酷くののしられたメッセージを見ながら、木内は一人学校のベンチで溜息ためいきをついた。


 一緒に帰る予定だったが、喧嘩で彼女が怒って先に帰ってしまった。


 どの発言が気に入らなかったのか、木内にはわからなかった。


 3日に1回は彼女が不機嫌になっている。気に入らない言動が少しでもあれば即座に不機嫌になり、場合によっては『帰る』と言い出す。必死に引き留めれば引き留めるほど態度が硬化して帰る。そのくせ、いざ帰らせると10分後くらいに『ごめん』と電話で泣きながら謝るのだ。そして今から会おうとか寝ぼけたことを言ってくる。


 場所をわきまえず感情のままに怒り泣く彼女に、木内は辟易へきえきしていた。


「はぁ……」


 先ほどよりも大きく溜息をついていると、


「どうしたの、溜息なんかついて」


 長い髪をなびかせた鹿島が、目の前にいた。


「あれ、鹿島。どうしたの?」


「忘れ物したから学校に戻ってきたの。そしたら深刻そうな顔していたから、つい声かけちゃった」


 鹿島は少し間隔を開けて木内の横に座った。木内からすれば同じクラスの学級委員という関わりしかなかった。


「どうしたの? なんかあった?」


 優しい微笑みが、妙に可愛かったから―――


 気付いたら自身の悩みをポツポツと語っていた。


「そうだったんだ。それは大変だったね」


 すると鹿島はスクールバッグの中からペットボトルを出して木内に渡す。


「このファンタあげる」


「えっ?」


「学校1週間通ったご褒美に取っておいたんだけど、特別にあげる。だから、元気出しなよ」


 にこっと白く綺麗な並びをした歯を見せた。


 キャップを回したときのプシュッという炭酸が弾ける音がしたとき、木内は恋に落ちた。


(席が隣になれたら、アタックしよう)


 そう決意して意識を現実に戻した木内は、ふと鹿島の横顔を見た。下半身のある一か所が熱を帯び始めたので、慌ててくじが入った袋に目を戻し、宣言する。


「じゃあ始めるぞー!」


 ※


 くじ引く順番が吉本に回ってきた。クラスで3番目である。出席番号は後ろから2番目だが、3番目に引くことになった。


 なぜか。


 鹿島が1番に引いたからである。「くじ引きを1人で作った功労者だから」と担任は説明した。


 鹿島は「ありがとうございまーす。じゃ、お先に」と可愛くくじを引いた。


 結果、真ん中の一番前の席という、ハズレを引いた。


 (鹿島……ゴミみたいな席を当てたな)吉本は教卓に向かいながら思った。(だが、そんなゴミ席でも隣になりたい)


 吉本は黒板に貼られた座席表を見る。


 6番なら鹿島の左、11番なら後ろ、16番なら右となる。狙うは16番と吉本含め4人組は思っていた。なぜなら、机をくっつけてつくる班で活動する授業のとき、16番だと鹿島と同じ班になるからである。


(当たり席は3つがあるが、大当たりは16番。確率は33分の1。普通に考えれば当たらない。だから、アタマを使う)


 吉本は真庭と会話しながらも、木内と鹿島の手の動きと教卓のくじをよく見ていた。


(くじは若い番号から袋に入れられた。木内はくじの袋をそんなに振らなかった。なら、下の方のくじほど若い番号があるはず。だから、16番は真ん中あたりにあるはずだ)


 吉本は無駄に一生懸命考えた。


(俺のこの考えは…………おそらく当たってる)


 根拠のない自信を胸に、吉本はくじの入った袋へ手を突っ込む。


 それを真庭・小島・木内は楽観的に見ていた。吉本がこの時点で、鹿島の隣を引き当てることはほぼ無いと思っていたからだ。確率と約10年間の学校生活で得た経験がそういうのだ。


 そんな3人のことなどいざ知らず、吉本はそーっと袋の中にある”くじの土”を掘った。変な掘り方して土の形を崩さないように。


(落ち着け。大丈夫だ)


 心の中で自分を励ましながら探るなか、


(—―――ッ!)


 右の人差し指と中指に、電流走る。


(これだッ!)


 心中で叫んだのと真逆の温度でくじを引いた。


 吉本が恐る恐る開けるのを、木内はぼけっと見ていた。


 23番。


 それが、吉本の引いた番号だった。


 理想とはかけ離れた席に、吉本の名前が刻まれる。


 とぼとぼと教卓をあとにする吉本を見て、真庭はほくそ笑んだ。


(よし、あのインテリクソメガネは圏外へと飛んでった)


 戻ってきた吉本に真庭は声をかける。


「当たり障りのない席になったな」(グッジョブ)


「まぁな。問題なのは隣が誰になるかだな」吉本は落胆を顔に出さないよう努めた。(この際、お前でいいよ)


「そうだな」


 本来の真庭であればこれに加えて一言二言喋るのだが、今回はこれで会話を打ち切った。緊張で会話する余裕がないのだ。


(さて……。俺の番が回ってくるまでに場所が埋まらなければいいが。神様、頼むよ)


 真庭は名も知らぬ神に祈ったが、都合のいいときだけ祈る不届き者を踏みにじったのか、11番、そして6番がくじの袋からすくわれた。しかもあろうことか、11番を引き当てたのがそれなりにイケメンの男子だった。


(神め……呪うぞ)


 ふざけた人間である。


(…………まぁいい。16番が残ってりゃ、それで)

 

 そして、真庭の番となった。


「一番前になっちゃえ!」(右端みぎはしのな)


 吉本の野次を背に浴びた真庭は、手をみながら愛しの鹿島のもとへ向かう。


(なんか、当たる気がするんだよな。なんとなくだけど。そういや、昨日・一昨日と良いことなかったし)


 真庭はここ最近に起きた不運な出来事を必死に思い出した。中には、普通の出来事も不運の出来事とした。


(あんだけツイいてなかったんだ。今回は……!)


 くじの入った袋をにらむ。


(頼むぞ席替えの神よ。どうか俺に力を……!)


 勝手に神を創造した真庭は、迷いなくくじを引いた。


「番号は?」


 木内が事務的に尋ねる。真庭は四つ折りのくじを木内に手渡した。


(めんどくさ。自分でひらけよ)木内は心の中で愚痴りながら、真庭のくじを開いた。


「えーっと、番号は―――」


(右端、左端でもいい。ゴミみたいな席をコイツに)吉本は祈った。


(当たるな。ここで16番引かれたらマジで面白くない!)小島が切に願った。


「――――20番。お、一番後ろの席じゃん」


「ええぇっ!?」


 席替えの神は、創造主の意思に背いた。しかもよく見たら左はクソデブ勘違かんちがい女子、右は放送部所属のメガネ男子だった。


(1ヵ月間、こんな地獄みたいな席で過ごさなきゃいけないのかよ……)

 

 吉本は心の中でガッツポーズをした。(あっぶねぇー)


 小島は現実でガッツポーズした。(よしよしよしっ。良い流れだ!)


 とぼとぼと自分の席に戻る真庭と、それをニヤニヤしながら見る吉本。


「一番後ろって、お前ラッキーだな」吉本は真庭に笑いかけた。


「え、ああ、まぁな」真庭は必死に自分を説得した。(そうだ。一番後ろの席なんだ。漫画・ゲームやり放題じゃないか)


 しかし、いくら説得しても胸の中にある不安と落胆は消えなかった。


(こうなったら頼む! 女子で! それも俺に仲の良い女子で!)


 順調にくじ引きを進めていき、席がどんどん埋まる。その間、吉本・真庭・小島は隣人と話しつつも意識はくじに向けていた。いったい誰が16番のくじを引くのか。


 そして学級委員の木内が引く番になった。


(まだ16番は空いている。引けたらいいな)


 木内は袋の中に手を入れ、中にある紙切れを大袈裟にかき回す。


「うーんっ、こいっ!」


 引いた番号は17番。ニアミスだった。


「くそー!」


(あ、アブねぇ……!)吉本・真庭・小島の心がシンクロした。


 木内が口に出して悔しがると、隣でペンを持った鹿島がクスッと笑う。


「狙ってた席があったの?」


「16番狙ってた」


「え、それって私の隣じゃん」


「そうだよ。隣の席の方が、仕事しやすいじゃん」


「うわ、こき使おうとしちゃって」


 楽しそうに談笑する2人の姿を見て、残り3人はイラついた。

 

 くじ引きは後半戦に入った。16番はまだ誰も引いていない。


(……イケるっ。イケるぞ)小島の心拍数は上昇する。


 16番以外の番号が引かれるたびに小島の顔が明るくなる。


(よし、よし。いいぞ)


 自分の番が近づいた小島は馳せる気持ちに身を任せて立ち上がり、教室のタイルを踏みしめて教卓へ向かう。


(俺はこの日のために善いことをたくさんしてきた。教室の壁紙貼りを手伝ったり、ポイ捨てされた空き缶を拾ってゴミ箱に捨てたり、お年寄りに席も譲った。信号だって赤信号で渡ったことはほとんどない)


 教卓に着き、くじ袋に手を入れる。


(俺なら引ける。俺なら引ける。俺なら引ける)


 袋の中をゴリゴリかき混ぜる。


「おいやめろ。袋が壊れる」


「これだぁぁぁっ!」


 叫び声と共に、小島は思い切りくじを引っこ抜いた。中に入っていた3枚のくじがこぼれ出た。


「おい小島ぁ!」


 木内が怒ると「ごめんごめん」とヘラヘラしながら零したくじを袋の中に入れた。


 小島がくじを開ける。


(外れろ! 外れろ!)吉本と真庭は念じる。


(来い! 来いっ! 来いッ!)くじを強く握る。


(こういうとこウザいんだよな)木内が嫌な顔する。「早く開けろ」


 小島はゆっくりと開けた。


「ッ!」


 なんと、紙に書かれた数字は”16”


「きたあぁぁぁぁぁぁぁあっ!」


「嘘だろっ!」真庭は思わず叫んだ。


 小島は右のにぎこぶしを振り上げ、こう思った。


(我がここ3週間の生活に、一片の悔いなし)


 ※


 全体で席を移動が行われた。その間、真庭は心の中で項垂うなだれた。現実ではうつむいていた。


(おかしい……絶対におかしい……。どうしてブタ小島が……二度も……)


 高校に入って男子バレーボール部に所属してから1年で小島はかなり痩せたので、ブタと呼ぶのは中学が同級生の真庭しかいない。


 幸せに満ち溢れた小島が見るたびに、底知れぬ殺意がく。


(ちぇっ、小島のやついいなぁ)木内はそう思いつつも、素直に受け入れていた。学級委員の仕事で喋る機会もたくさんあるし、席も鹿島の後ろ斜め右なので話せる距離だからだ。


 吉本は吉本で、仲の良い女友達と隣になれたので楽しく会話している。それに、小島が鹿島を射止めることはほぼ不可能だろうと考えていたので、問題にしていなかった。


 突き付けられた現実に文句を言っているのは、不届き者の真庭だけである。


(それに比べて俺は…………なんで隣がこんなチビ眼鏡なんだ……)


 真庭の左隣りはデブの女。右隣りは榊原さかきばらという放送部の男。話したことは一度もない。さっきから体を小刻みに動かしてうーうーうなっている。気味が悪い。


(くそ~)真庭はこれから訪れる学校生活を予想してさらに落ち込んだ。(駄目だ~。終わった~、何もかも。これから地獄の1ヵ月になる)


 はぁー、と思いっきり溜息をついた。


(あ、あいつ、落ち込んでやがる)吉本はちらっと真庭を見、心の中で笑った。(あの席は地獄だな)


 うーんと唸っていた榊原が、ピシッと手を挙げる。


「あのー先生、黒板の字が見にくいので席変えてほしいんですけど」


「そうか? あー、そこじゃあな……。じゃあー……鹿島。悪いけど、席代わってやってあげて」


 —――なんだって?


 4人全員がそう思った。


 これにいち早く動いたのは小島。


「あ、あのっ、俺が代わりますよ!」


 叫んだが、鹿島は笑顔で小島に言う。


「いや、平気だよ。こういうのは学級委員が引き受けるんだから」


「ちがっ……」そのあとは胸中でつぶやいた。(違うんだよ鹿島。そういうことじゃないんだ……。あ。そうだ、木内っ!)


 小島はすぐ後ろを見た。木内はあーあ、と鹿島を見送っていた。


(なにボサッと眺めてんだよっ! 友達の横になりたいとか、適当な友情を振りかざせて鹿島の移動を阻止しろっ!)


 心の叫びは、木内に届くことはなかった。


(真庭め、アイツマジで……!)吉本は唇をむ。


 スムーズに移動が行われ、真庭のもとに鹿島がやってきた。


「よろしくね」


 鹿島が真庭に笑顔を向ける。


「あ、あぁ……よ、よろしく」


 そう言ったあと、真庭は喜びを必死に顔に出さぬよう口を噤んだ。しかし唇がゆるんで、口角が上がってしまう。結果、不気味な顔になった。


(俺の恋、どうなるっ!?)


 

―――—― つづく ――—――


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