第11話 私を惚れさせてみて

 茉莉とのインタビューのあとの休み時間に、何人かの男子と一人のに訊いて回ったが、特に得るものはなかった。


 放課後、俺と鹿島は校舎1階のカフェテリアで本日行ったインタビューの内容をまとめていた。


「どう? なんとかなりそう?」


「……まぁ、いくつか使えるネタは集まったかな」


 確かにネタは集まった。


 どっかの短編でやるには良いネタが。


 しかし、物語の核となるモノが浮かぶような話は聞けなかった。


 また、こういうモノが書きたいという情熱が湧いてくる話も聞けなかった。


 現在のモチベーションはかなり低い。


 これはまずい。


「あっ」


「どうしたの?」


 鹿島が首を傾げる。


「明日、生物の補習だ」


 不意に明日の土曜日、生物の補習兼追試があることを思い出した。


 普通なら休みなのに、行かなければならない。


 モチベーションがさらに低下した。


 ラブコメ書くのは諦めようかな……。


 いや、俺みたいな弱小作家がドタキャンした場合、二度と話が舞い込んでこない。


 書かないなんてことは許されない。


 例えゴミクズのようは作品だろうと、仕事を完遂かんすいしなければならない。


 ただ、本当にゴミクズ作品を出してしまうと出版社の信用を失い、仕事が来なくなる。


 現段階で仕事が来なくなるのは困る。


 高校生が一人暮らしするためには、どうしても印税に頼らねばならない。


 つまり俺のメインクエストは、あと3日で凡作以上のラブコメを生み出すことだ。


 さて、どうしたものか。


 2人してインタビューしたメモをしばらく眺める。


「思いついた?」


「いや、全く。鹿島は?」


「私はもう、最初から全く思いつかない。というか、今回のインタビューから胸がきゅんきゅんするようなエピソードは得られなかったね。むしろ、いらない情報の方が多いような……」


 誰のせいだよ……。


「「はぁー」」


 大きなため息がハモる。


 ここで悩んでも、良い案は浮かばないだろう。


 とりあえず今日はここで解散し、家に帰って構想を練るとするか。


 インタビュー記事を整理しようとしたとき、あることに気付いた。


「そういえば、鹿島をインタビューしてなかったな」


「え、私? 私はいいよ」


「いやいや、言い出しっぺが何を言ってんだよ。人にあんだけ恥をかかせておいて」


 多分、今日の出来事でクラスからむっつりスケベと陰口言われるぞ、俺。


「んー……、そう言われると断れないな」


 恥ずかしそうに目線を外したのも一瞬、すぐに優しく微笑んだ。


「いいよ。なに?」


 その笑顔が妙になまめかしい。


「付き合ったことある?」


「ないって言ったじゃん………………なに、その顔?」


 笑いながら俺に訊いてきた。


「意外だなって。明るくて自分勝手な性格なら、彼氏くらい出来たんじゃないかなって」


「そりゃあ告白されたことだってあったけど、好きじゃなかったから断った」


 自慢かい。


「へぇー。じゃあ、初恋はいつ?」


「……うーん、どこからどこまでが恋?」


「いや……わからないけど。多分、その子のことを目で追っかけてたら好きなんじゃない?」


「じゃあ、いないかなぁ……」


 鹿島は遠くの方を見た。その目の先にはカップルがいた。


 優しい顔した男子に、ほんわかした女子。


 爆発しろ、という物騒ぶっそうな発想が生まれないほどお似合いのカップルだった。


うらやましいなぁ」


 鹿島がカップルを眺めながら呟いた。


「羨ましい?」


「うん、羨ましい。私もあんなふうに、誰かに夢中になってみたい」


「あのさ、俺が言うのもなんだけど、この学校ってイケメンがたくさんいると思うんだよね」


「自分含めて?」


「含めてくれるかどうかは鹿島次第だな」


「顔は悪くないよ」


 玉虫色の回答だな。


 いや、遠回しにイケメンではないよ、と伝えているのか。


「つか、俺の顔のことはどうでもいいんだよ。とにかくこの学校にはイケメンがいる。3年間過ごしていれば、1人くらい好きな人ができる。それにこの学校には1000人以上生徒がいるし」


「私の中学校も1000人越えのマンモス校だったけど、出来なかったよ」


「中学校の1000人と高校の1000人は違うだろ」


「そうかな? 高校より中学校の方が、人物に幅があると思うけどね。高校って、大体同じ学力の人が集まるし」


「お前、けっこーひねくれてるな」


「いいもーん。こうやって生きてきたんだもーん」


 とりあえず、今のインタビューで鹿島は何回か告白されていて、好きな人が出来たことのない、恋を知らない人間ということを知れた。


「ま、いつか出来るだろ」


「いつか、か。そうだね。いつか出来るかもね」


 鹿島は頬杖ほおづえをつきながら外を見た。


 他にも質問したいことがあったはずだが、やめた。今じゃない。


 俺はとりあえずインタビューの記事に目を凝らすが、題材につながるものは見つからず、インスピレーションもこない。


「まだ浮かびそうにない?」


「ああ。苦戦中」


 つとん、と再び沈黙。


 校舎内や周りで行われている部活動の音が鈍く聞こえる。


 すっ、と喋るための息を吸う音が聞こえ、顔を上げる。


「どういうのが面白いラブコメなんだろう?」


「うーん。そりゃあ、魅力的なヒロインがいればラブコメとして成り立つんじゃないか? 例えば、読者が恋しちゃうような」


「ふーん」鹿島は極めて普通のことのように言う。「ならさ、滝藤が魅力的な人物になれば、面白いラブコメを書けるじゃん」


「簡単に言うなよ」


「自信ない?」


 鹿島が小悪魔的な笑みを浮かべて、首を傾げてくる。挑戦的な表情だが、不覚にも可愛いと思ってしまった。


「ないよ……」


「自信持っていいと思うんだけどな。あまり本読まない私が、全巻読破出来たんだよ?」


 それは、鹿島の感性がズレていると思うんだが。


「ねぇ、魅力的な人間になってみせてよ。私を振り向かせるくらい」

 

「……は?」


 急にどうした?


 振り向かせる……? 


 一体、この子はどうしちゃったの?


 頭バグっちゃったの? 


 それとも俺の耳がバグっちゃった?


「私を振り向かせてみせてよ。作家さん」


「え、えぇ……」


 どうやら俺の耳はバグってなかった。


 何か言い返す前に、鹿島は左腕につけた時計を見、


「あ、もうこんな時間だ。じゃあね」


 と、俺を置いて去っていった。


 今更ながら、俺って鹿島に振り回されてるな。


 ※


 土曜日の午前8時。期限まであと2日弱。


 昨日の11時には案が浮かび、1話だけだがプロットも出来た。


 ただ、作品の質はお粗末なものだ。ラノベを読む層にウケる内容でもない。


 おそらくこの作品を投稿とうこうしてもアンケート結果は散々な結果になるだろう。


 ここで選択肢は2つ。


 1つはこの作品を投稿すること。もう1つは新しい作品を生み出すこと。


 現実的な話としては、前者になるだろう。時間内に終われるし、推敲すいこうも出来る。アンケート結果は地獄になりそうだが。


 後者を選んだ場合は、殴り書きの作品となる。


 誤字脱字はもちろん、ストーリーのあらも目立つだろう。時間的にも地獄だ。

 

 つまり、どちらを選んでも地獄は確定している。


 なら俺は前者を選ぶ。理由は簡単、前者の方がまだ楽な地獄だからだ。


 学校のない土曜日を最大限利用するはずだったが、なんと俺は今学校に向かっている。

 

 この間の生物の小テストでしくじってしまい、補習を受けることになっていたからだ。


 自称『私立並みに手厚い公立高校』を売りにしているだけあって、生徒の事情に関わらず落ちこぼれを救済しようとする心意気には感心させられる。


 いやぁ、すばらしいなぁ。


 この滝藤、感服かんぷくいたしました。


 あくびを噛み殺して教室に入ると、不良を気取ったうるさい男子とマジでゲームしかしてなさそうなキノコヘアーの男子、かなり太った女子が座っていた。


 補習30分前だというのに、よく集まってるな。


 太った女子は教科書を開いて勉強しているが、他2人は違うことをしている。なぜ早く来たんだ?


 つか、大事な時期にどうしてこんなところにいるんだろ、俺。


 ひどく情けなく思った俺は、小説のことは一旦いったん忘れて勉強にはげんだ。

 

 40分後、ガラッと扉が開く。


「よーし。みんないるー……って、山崎のやつ来てねぇじゃん」


 腹がでっぷりと出ている生物の教師がづかづかと入ってくる。俺が教わっていない教師だ。


 10分遅刻しているのに、悪びれる様子はなく、謝罪する素振りもない。


「おい小木曽おぎそ。山崎どこ行ったか知ってるか?」


 不良気取りの奴は小木曽という名前らしい。


「サボるって」


「マジかよアイツ、留年だな。あ、教科書はもうしまえよ」


 そう言いつつ、先生は俺達にプリントを配る。


「はい、これ今日のテストね。これ、90点取れるまでやり続けるから」


 教室からは不満の声とため息が出る。


 配られたプリントは6ページほどの冊子となっていた。中学校の時の定期テスト並みにある。


「まあまあ。そう嫌がるなって。もしこのテストで一発90点以上取れたらジュースおごってやるぞ。しかも500ml」


「無理だと思ってるから言ってんだろ!」


 小木曽がえた。


「いやいや、無理だとは思ってないぞ。ここにいる者は全員才能あると思ってる。ははは」


 その馬鹿にした笑いにカチンときた。


「じゃあ、各自始めろー」


 開始の合図とともに、俺は全てのページをざっと見た。


 定期テスト並みの問題量に驚いたが、赤点者に解かすだけあって基礎の中の基礎問題ばかりだ。


 しかも同じような問題も多数ある。


 どんな奴でも勉強すれば最終的に90点取れるような問題になっている。


 30分で終わらし、一番乗りで眠そうに座っている先生に提出した。


 結果は93点。想像以上に良い点数だった。


「おお、おめでとう。すごいじゃないか。一発で合格点出す奴なんて初めてだぞ。よし、帰っていいぞ」


 俺は先生の前に無言で手の平を出した。 


「なんだ、その手は?」


「一発で90点以上取ったら奢ってくれるって言いましたよね?」


 すると教師はさとすように、


「お前な。俺は今日部活ないし、本当は休日だったんだぞ。それに明日は部活。このままだと12連勤だ。ブラックだろう? だがな、俺はここに来た。何故だと思う? それはお前らが大切だからだ。そのために休日を返上して来たんだぞ? 感謝の気持ちはないのか?」


「言いたいことはそれだけですか?」


「感謝の気持ちはないのか?」


「…………………」


「…………………」


 ※


 一階渡り廊下の自動販売機に賞金を投入し、コーラを手に入れた。


 ペットボトルを手に取ろうとした瞬間に、カキンという音が聞こえた。


 直後に声援が聞こえる。


 どうやら、野球部が練習試合しているらしい。うちの野球部はたしか、県大会行けるか行けないかぐらいの強さだとか。


 ちょっと覗いてみるか、と軽い気持ちでグラウンドへ向かった。


 試合は5回裏。2対4でウチが負けている。


 現在、ウチの攻撃で1アウト1塁。


 バッターボックスに立つは長嶋雄吾。


 1年のくせしてレギュラーなのは、恵まれた身体とたゆまぬ努力のおかげだろう。


 彼女がいない分、空き時間をトレーニングに使えるからな。


 生物の教師に一杯食わすことができて気分がいいから、応援してやるか。


 相手ピッチャー、振りかぶって第一球、投げた。


「おっ!?」


 上手いフォークに長嶋、手が出る。かすれた音が鳴る。打球はなんとかファール。


「あ、あぶねぇ……」


 ハラハラさせる。

 

 1ストライク。続いてピッチャー、第二球。1塁へ送球。セーフ。


 らしやがって。


 気を取り直してピッチャーがストレートを投げる。長嶋は豪快ごうかいにスイングしたが空振り。惜しい。しかし、当たればホームランになりそうな勢いだった。


 頑張れよ、長嶋。頑張れ!


 2ストライク。追い込まれた。


 長嶋はあごに流れた汗をぬぐい、バットを構える。ピッチャーを見据えるその眼差まなざしは、戦士のように闘気とうきたぎっていた。絶対に打ってやる、と。


「頑張れ……!」


 気付いたら口にしていた。コーラを持つ手が濡れているのは、水滴すいてきか手汗か。


「頑張れ長嶋! 打て!」


 俺は柄にもなく、野球部の応援に負けず劣らずの声を出して応援した。


 ピッチャーが投げる。素人目ながら渾身こんしんの球だった。


 その球を長嶋は――――――打った。


 カキーンと思い切りの良い音をグラウンドいっぱいに響かせた。


 打球は青空を真っすぐ突っ切り、緑の防球ネットに当たった。


 ホームラン。

 

 金沢第一高校ウチのベンチがく。仲間たちの賞賛の声を体に背に、長嶋は右の拳を上げてグラウンドを走った。これで同点。面白くなってきた。


 ベンチに戻り、仲間たちと拳を合わせて喜びを分かち合う長嶋の笑顔は、とてもまぶしかった。学校でもあーゆー顔してりゃあ、モテるんだけどな。


 しっかし、アイツも青春してるなぁ。


 結局、俺は最後まで観戦した。結果は5対4で金沢第一高校が勝った。


 面白かったな。機会があったらまた見よう。


 気持ち良い余韻よいんひたりながら来た道を戻る。自販機の横にあるゴミ箱に飲み終わったペットボトルを捨ててから帰ろう。


「で、話って何?」


 聞き覚えのある声が、この先の角を曲がったところから聞こえる。


 そろりと音を立てずに曲がり角の先を見ると、男と女が向き合っていた。


 1人は俺より身長が高い、名も知らぬイケメン。もう1人はなんと鹿島だった。


 あいつ、なんで休みの日に学校に? いや、それよりもこの場面……。


 俺は身を隠し、その場面を盗み見る。


「この間、遊んだ時あったじゃん」


安達あだち達とのやつだよね。まだ高校に入学したばっかなのに同窓会とか言ってた」


「あれは笑えた」


 思い出話をしているようだ。イケメンの顔には緊張が貼りついている。一方、鹿島の笑顔はどこかぎこちない。あんなふうに笑ったところは見たことない。


「んでさ。俺そんとき思ったんだよね。やっぱ好きだって。梨沙子りさこのこと」


「……そか。ありがとう」


 顔を見なくても、声のトーンで鹿島がどう思っているかわかる。俺は目を閉じ、壁に寄りかかった。


「俺は梨沙子が好きです。俺の彼女になってください!」


 力強く言い切った男に対し、鹿島は――――


「ごめん」


 躊躇ためらいはなかった。


「…………そっか。……でも、これからも友達でいてくれよ。また、遊ぼうな」


「うん、みんなでね。じゃあ、私、グラウンドに用があるから」


「わかった。ありがとう、時間を割いてくれて」


「ううん。大丈夫。またね」


 去っていく男子の背中は、哀愁あいしゅうに満ちていた。


 そりゃそうだ。


 告白が失敗して喜ぶ人間はいない。


 告白は失敗してしまったけど、あの男子をかっこいいと思った。


 相手の顔を面と見なくても想いを伝えられる方法がたくさんあるこのご時世に、面と向かって想いを告げるという選択をしたのは勇気ある。


 少なくとも、俺には出来ない。


 あ、まずい。


 鹿島がこっちへやってくる。隠れる場所はない。来た道をダッシュで引き返しても間に合わないし、頭おかしいと思われる。


 ここは大人しく出くわそう。


「うわ、滝藤」


「よっ、偶然だな」


 俺はわざと明るくった。


「あれ、なんで学校にいるの? もしかして私のストーカー?」


「なわけないだろ。生物の追試を受けてたんだよ」


「あ、昨日言ってたやつか。どうだったの?」


「一発合格。本気だしゃあ楽勝だったよ。これはその戦利品」


 空のペットボトルを掲げる。


「あはは。何それ」


 なんだその引きつった笑顔に低く落ち込んだ声。そしてキレの無い返答。


 無理してやがる。興味の無い俺の前でくらい、無理しなくてもいいのに。


「……鹿島ってモテるんだな」


「あぁー……見てたんだ」


 声が急に暗くなった。


「たまたまだ」


「もしかして盗み見? 趣味悪いね。……………どこまで見てた?」


「『で、話って?』ってところから」


「ほぼ初めからじゃん」


 鹿島が笑顔を消し、黙る。俺も黙ってしまう。話を振ったものの、このあとに続く言葉を考えていなかった。つか、なんで俺は話題に出した。


 そのまま沈黙が続く。


 ちょっと気まずいな。


 沈黙に耐えかねた俺が、ジュース奢ろうか、と言おうとした矢先、「あいつさ」と鹿島が弱々しく呟いた。


 慌てて口をつぐむ。


 あぶねぇ。


 もう少しで前にカモってきた相手にみつぐところだった。

 

「あいつ、白坂って言うんだけどさ。中学の頃は結構仲が良かった男子なんだよね。一緒に遊んだりしてさ。一生友達でいるかと思ったけど……」


「告白してきた、というわけか」


「うん。異性として見たことはあったけど、それは友達の範疇はんちゅうだったから」


「なるほど」


 再び沈黙を迎えると思ったが、


「羨ましい悩みだよね。友達だと思っていた人に告白されて困惑してますって」


『確かにそうだ。締め切りに間に合わないという俺の悩みはもう少しで爆発しそうなのに』と、ギャグを言える雰囲気ではない。


「けっこー、仲良かったんだけどなぁー……」


 どうやら鹿島は本気で悩んでいるようだ。


「ごめん。なんでもない。そういえば、作品はどう?」


「進行状況はかんばしくない」


「じゃあ、早く帰って書かないとね」


 またね、と去っていく鹿島。振り回されていた時のフレッシュなオーラはない。


 その寂しそうな背中に、なぜか手を伸ばしかける。


 なんで、手を伸ばす?


 引き留めて、俺は鹿島に何を言うつもりなんだ。


 そもそも、なんで引き留めるんだ? 仲良くも無い人間に対し。


 わからない。


 だが、言えることは一つ。今の寂しそうな―――バグった鹿島は好きじゃない。


「まぁ、待てよ鹿島」


「何?」


 鹿島は無愛想に振り返る。


 わからないなら、俺もバグればいい。


 機械はバグったら止まるけど、人間はバグっても止まらない。


 バグれ、鹿島にフレッシュさを取り戻させるために。


「俺がれさせてやる」


「ん? ……あ、告白? ごめんなさい。知人としか見れません」


 鹿島は深々とお辞儀した。


「おい、ソッコーで振るな」


 あと知人って……。そこは友達としか見れませんでいいじゃねぇかよ。


「ごめん。ふざけるなら明後日にして。今日はちょっとついて行けない」


「だから待てって。惚れさせてやると言っても俺じゃないぞ。俺が書いた物語で、だ。お前が恋がわかんないって言うなら、俺がわからせてやる」


「なにそれ、本気?」


「ああ、本気だ。俺が作品書くときって、俺のために書いているんじゃなくて誰かのために書いてるんだ。今回は鹿島のために書いてやる」


「へぇ……」


 鹿島は笑った。フレッシュさを少し取り戻していた。


「楽しみ」


 鹿島がしっかりとこっちを向く。そして昨日、俺に言い放った台詞に少しアレンジを加えて―――


「私を惚れさせてみて。作家さん」


 この日俺は、生活のために以外にラブコメを書く理由を、1つ増やした。


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