第10.5話 校内インタビューで、運命的な出会いを! 誰得野郎編

 

 これは、5、6時間目の休み時間の間、野郎どもにインタビューした話である。


 はっきりいって面白くないし、俺の創作活動に何一つ意味を見出せないと思う。モチベーションなんて1ミリも無い。


 その旨を丁寧に伝えた。


 だが鹿島から、


「女子だけして男子にしないのって、よくないんじゃないかな?」


 何がよくないのか、しっかりとした説明がされないまま鹿島が強引に連れ出した。


 連れ去られる間際、俺はポケットに入っていた鉛筆(折れたやつ)とメモを机に置いた。意地でもメモしてやるものか。


 ※


1人目:長嶋雄吾(5組)


 なにが悲しくて俺からホームランを打ち、憧れ女子達の前で恥をかかせた長嶋に話を聞かなきゃならんのだ。


 しかも呼び出すのは俺だなんて。鹿島が呼びだせばいいのに。乗り気なのは鹿島だけなんだから。


 そう思いつつも鹿島の圧力からは逃れられず、下心も見透かされたくないので、5組へ向かった。


 教室で級友と楽しく談笑している長嶋に近寄る。


「あのさ、ちょっと聞きたいことがあるから来てくれない?」


「は? 今こいつらと大事な話してるから」


 一瞥いちべつし、すぐに級友の方に目をやる。


 なんだコイツ。


 俺だってお前と話したくて話しかけてるわけじゃねぇんだよ。


 ……つか、硬派な顔してるな。日焼けした肌が良く似合ってる。


 確かにイケメンだ。認めてやる。


 だがな、長嶋よ。俺は知っているぞ。お前が無類の女好きだと。


 そして、無類のムッツリスケベだということを。


「あ、そう。じゃあ、鹿島に言っておくわ。友達と話してるから無理って」


「えっ?」


 きびすを返した瞬間、がしっと肩をつかまれる。うわコイツ、結構力が強い。


「……なに?」


「え、鹿島が呼んでたの?」


「ああ、お前を指名してきたぞ」


「マジ?」


 うなずき、親指で教室のドアをさす。ドアにいた人物を見て、長嶋の目と鼻が大きく開いた。


「それなら早く言ってくれよ」


「え、でも大事な話してんだろ? だったらそっち優先した方がいい」


 俺は教室の扉付近にいる鹿島に×とジェスチャーした。


「ちょちょちょ、ちょっと待って!」 


「なに?」


「話はもう終わったからさ。行こうぜ」


 俺の肩を抱き、鹿島のもとへ向かった。

 

「ごめんね長嶋。話してる最中に来てもらって」


「いや、大丈夫。大した話してなかったから」


 はい? 俺の時は大事な話してるって言ってたよね?


 もしかして記憶喪失かな? この短時間で記憶を無くしたのかな?

 

「で、話って何?」


 友達と話すときの声より一段トーンが低い。カッコつけてやがる。


「えーっとね。長嶋にいくつかインタビューしたいんだけど」


「それはいいけど。なんで?」


「察しろよ、長嶋」


 俺の発言を合図に鹿島が照れながら上目遣いで長嶋を見る。


 すると長嶋は何を察したのか、


「ま、なんでもいいけどよ」


 鹿島から目をらした。あらら、長島の耳が真っ赤になってる。


 バッカでぇ(笑)


 コイツ、ハメられてやんの。


 インタビューしてる理由(建前)を言ってもよかったが、それじゃつまらない。


 そこで俺は、『長嶋もてあそび大作戦』を立てた。


 もちろん、長嶋が最初からついて来ていたり、人によって態度を変えなければこの悪ふざけ―――もとい、作戦を実行することはなかった。


 しかし、彼は俺を差別した。よって、実行する。


 長嶋は女好きでれやすい。


 理由は、女子と付き合ったことが無いからだ。つまり、女子の耐性が無い。


 なぜ高身長イケメンである長嶋が俺と同じ『彼女いない歴=年齢』であるか。2つ理由がある。


 1つ目は、単純に性格がかっこよくない。


 変にかっこつけたり、女子をチラチラと見たりしている。加えて、覗きなんかもしているらしい。

 

 18歳未満は購入できないBDブルーレイディスクや雑誌を裏ルートで入手しているという話もある。実際、友達に貸してるらしい。


 ちなみに俺は友達ではないため、貸してもらったことはない。


 貸してくれとも言ってない。


 ただ、奴が貸してくれると言うのなら、仕方なく借りてやる。


 そして2つ目。それは、すぐにわかる。


「んで、俺に聞きたいことってなに?」


「いくつかあるの。まず1つ目、彼女はいる?」


「いないな」


 首に手を当てる。その仕草をしていいのはラブコメの主人公だけだ。お前は頑張っても野球漫画のライバル役どまりだぞ。


「やった」


 長嶋に聞こえるか聞こえないかの大きさで言った。


 ピクリと長嶋の肩が揺れた。どうやら聞こえていたようだ。


 上手いな鹿島。嫌な女優になれそうだ。


「2つ目、長嶋が好きな女の子と行きたいデートの場所は?」


「……彼女が行きたい場所。彼女が一番行きたい場所に行くことで、彼女の一番の笑顔が見れるからな」


 そういうとこだぞ長嶋。キザを通り越してキモい発言が、女子を遠ざけているんだぞ。

 

 鹿島は打ち合わせ通り、「まあ!」とときめいた顔をして見せた。


 それに気を良くしたのか、目がキリッとした。目が「決まったぜ!」と語っていた。


「じゃあ、3つ目の質問。好きな女性のタイプは?」


「言葉にするのは難しいな。俺バカだからさ」


「そうだな」


「は?」


「いや、失敬」


 俺の言葉に気を悪くする長嶋。


「強いて言えば、こんな俺に気にかけてくれる、変わった趣味を持つ女子だな」


「言い換えれば、自分のことを好きになった女子なら誰でも良いってわけか」


 俺が茶々ちゃちゃを入れると、長嶋はギロッとにらんだ。


「ステキ!」


 俺と長嶋の間にある壁を壊すように、鹿島は拍手した。ちょっと大袈裟おおげさじゃないか、と思ったが杞憂きゆうだった。長嶋はうんうんと頷いている。


「4つ目の質問は俺から―――って……」


 長嶋は質問者オレの顔は全く見ず、鹿島を見つめている。


 このやろー…………!


 わざと大きく咳払せきばらいをしたが、長嶋は一向にこっちを見ない。


 俺、存在してないんかなってくらい見られていない。


「身長は何㎝?」


「この間の健康診断では185㎝」


 質問には答えてくれるみたい。こっちには目もくれないけど。


「結構筋トレしてるよね」


「まぁ、部活のトレーニングに加えて自主練もしてっから」


「そういえば鹿島、お前の好きなタイプってなんだっけ?」


「え、私? うーん、背が高くて運動出来て、気配り気遣いができる優しいイケメンかな」


 もちろん台本通りなのだが、冷静に考えるとコレ理想が高いな。


 俺は1つも当てはまらないが、長嶋は『背が高く』『運動が出来』『イケメン』と、なんと3つ当てはまる。ある意味凄い。


 本人も自覚してか、表情が明るくなる。


 表情の輝きから推測するに、どうやら長嶋は全て合致がっちすると思っているようだ。


 本当にめでたい奴だな。自分を客観的に見れないのか。


 そう。


 長嶋がモテない2つ目の理由は、バカなのである。


 さ、仕上げだ。果たして長嶋はどっちに転ぶかな?


「おい長嶋、ちょっと」


 長嶋を鹿島から少し離し、小声で話す。


「鹿島にここまで言わせてるんだぞ。もう言ってやれよ」


「え、何をだよ?」


「わかってんだろ?」

  

 俺はウィンクした。


 すると長嶋は覚悟を決めた顔で頷いた。


 俺のウィンクから何を受け取ったのか、見物みものだな。


 ゆっくりと鹿島に近づき、頭を下げるのに十分な距離を取ったところで止まる。


「鹿島、今度俺と、付き合うことを前提にデートしてくれ!」


「ごめんなさい」


「なんでだよ!」


 長嶋はやっぱりバカだった。あとチョロかった。


 ※


2人目:吉田よしだ昴流すばる


 吉田昴流にインタビューすることについて、俺は前向きだった。

 

 なぜか?


 それは、完璧イケメンの化けの皮をがすことができるチャンスだからだ。

 

 吉田は俺が出会った男子の中で一番イケメンで、一番性格が良い。


 誰にでも分けへだてなく接するし、差別はしない。頭もそこそこ良い。


 入学時に受けさせられた学力調査テストで総合30位以内には入るくらい頭が良い。


 ウチの高校は都内の国立大学や一流私立大学に進学する人間が多数いる進学校だ。この学校で総合30位以内ってことは、全国的にも頭が良い方だと言ってよいだろう。


 ちなみに、俺の順位は言わないでおく。


 クラスのメンバーが助けを求めたら、すぐに力になる。


 話も面白いし、間違ったことを言う人間に優しく諭すことも出来る。


 そして一番は、努力家だ。通学中の電車の中では勉強しているし、毎朝5時には起きて自主練習している。授業も真面目に聞いており、挙手して発言だってする。


 つまり、高校生にして人格が完成されている。


 しかし俺は思う。こんな完璧な高身長イケメン高校生がいるのだろうか。


 いや、いない。人間はそんなに美しくない。


 だが、目の前に存在している。


 なぜ存在しているか。それは、吉田がキャラを作っているからだ。本心は絶対にゲスなはずだ。


 そこで俺はあらゆるアプリを探し、ついに人間の本性を暴くアプリを発見した。


 アプリ名は『ダウト!』。


 このアプリは所謂いわゆる『ウソ発見器』である。


 スマホに右手を乗せるだけで相手が嘘を付いているかどうか分かるという優れアプリだ。嘘を付いていると判断した場合、『ダウト』とボイスが流れる。


 試用はしていない。別に正しく機能しなくてもいい。


 吉田にりをかけられればそれでいいからだ。


 追い詰められた時、人はボロを出す。


 右隣の席にいる吉田を見る。真面目に授業を受けている。そのまし顔の裏にあるドス黒いものを引っ張り出してやるからな。


 チャイムが鳴った。さぁ、ミッションスタートだ。


「吉田。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


「珍しいな、滝藤から話しかけてくるなんて。で、何を聞きたいの?」


 やだ、凄いかっこいい顔で言われた。声もかっこいい。


 男の俺が思わず息を呑んでしまった。


 そりゃあ、他クラスから女子が見に来るわけだ。


 身長は長嶋より1㎝低いくらいなので、長嶋が勝てるのは野球だけである。


 笑顔に誘惑されつつも俺は、今朝から鹿島と行っているインタビューについて雑に説明し、今から吉田にインタビューしてもいいかを訊いた。


 それに対し吉田は特に考える様子にもなく「ああ」とこころよ承諾しょうだくしてくれた。

 

「言ったな?」


 俺は吉田の机にスマホを置き、指差す。


「ここに手を乗せて」


「いいけど……なんで乗せる必要があるんだ?」


 疑問を吐露とろしながらも吉田はすんなりスマホの上に手を乗せた。ここまでは計画通り。


「あぁ、それはな。嘘を付いたらこのスマホが知らせてくれるんだ」


「いや、そんなことしなくても正直に答えるから」


 余裕ぶりやがって。


 まぁいい。本性暴いてやる。吉田のモテモテ伝説も今日で終わりだ。


「あ、そのアプリ知ってる。私も入れてるよ」


 遅れてやってきた鹿島が俺にスマホを見せてきた。別に見せなくてもいいのに。


「でも、昴流すばるだけウソ発見器アリってのも不公平だよね」


 鹿島って吉田のこと名前呼びなんだ。まぁそりゃそうか。2人ともスクールカースト上位だからな。仲良くても不思議ではない。というか、仲が良いんだっけ。


 そんなことを思ってると、鹿島が『ダウト』を起動して俺の机に置いた。


「え、なに?」


「滝藤も同じ状態じゃないとね」


「いや、あの俺、インタビューする側なんだけど……」

 

「私、滝藤にもインタビューしたかったんだよね」


「はぁ? 何を言って……」


「いいからいいから。あれ~、何かやましいことでもあるのかな~?」


 クラス全体に聞こえるような音量で言ってきた。


 鹿島め、なんでインタビューしてるのか忘れてやがる……。


 ゴネたが聞き入れてくれず、結局俺もインタビューを受けることになった。


 対面する形で互いの机をくっつける。クラスの真ん中でこれは恥ずかしい。


 早く終われ。


「はい、じゃあインタビュー開始しようか。でも、私がインタビューしても面白くないから、互いにインタビューするって形はどう?」


 面白さ目当てでやってないんですけど。創作にいかすためにやってるんですけど。


 鹿島を鋭く睨むが、残念。全く気付いていない。


「じゃあ、昴流から」


「……わかった」


 吉田は困惑しながら了承した。アイツも苦労してんな。巻き込んだの俺だけどね。


「じゃあ……」


 続く言葉がなかなか出ず、吉田は渋い顔で周りをキョロキョロしている。どうやら、俺に質問したいことはないらしい。


 数秒一生懸命探して出てきた質問が、「数学好き?」だった。なに可愛い子ぶりっ子した質問してんだよ。


 正直に答えてもいいが、性能を見るためにあえてうそをつくか。


「大好きだ」


『ダウトです』


 俺が置いているスマホから大人びた女性の声がした。なるほど。原理はわからんが、見抜けるようだな。


「こんなんで嘘をついて、いったいどうした?」


 いぶかしげに俺を見る昴流。


「アプリの性能を試しただけだ」


「あ、なるほど。じゃあ、アプリは正しく起動しているってことね」


 鹿島がポンと手を叩いた。


 さて、次はこっちが質問だ。最初から飛ばしていく。


 休み時間はあと5分しかない。この際、俺のゲスさをクラス内にさらすことになるが致し方あるまい。肉を切らせて骨をつ。


「吉田、お前はエロ本を持っている」


「ええー……」


 吉田の引いた声のあと、教室がざわつく。


 ボソッと「え、ヤダ、キモ」という野次が聞こえたが、無視無視。


「んなモン、持ってないって」


 しー……ん。スマホは反応しない。ば、馬鹿な。ありえない……!


「う、嘘つくなよっ!」


「ついてねぇって」


 スマホは無反応。おかしい。


 スマホをぶん取って確認したが問題は見つからなかった。


「持ってないわけないだろ!」


「じゃあ、逆に滝藤は持ってんのかよ!」


「もっ、持ってねぇよ!」


『ダウトです』


「はぁぁぁぁぁぁあ!?」


 俺を審判しているアプリが誤審ごしんしやがった。


「え、持ってんの?」


 吉田の顔が引きつった。鹿島も疑いの目を俺に向ける。


「いや、マジで持ってないんだって!」


『ダウトです』


アプリおまえは黙れ」


 実際、マジで持っていないのだ。読んだことならあるが、持ってはない。


「そんな見苦しい嘘つかなくていいよ。年頃の男子だもん。持っていてもおかしくないよ」


 鹿島が理解ある優しい表情を俺に向ける。


 やめろ、そんなふうに俺を見るな。皆が勘違いするだろうが。


「持ってないんだよ。マジだって! 信じてくれよ鹿島。お前ならわかるだろ?」


「出会ってまだ一週間も経ってないからわかんないよ」


 4月から出会ってんだろ。同じクラスなんだから。


「な、マジだって! エロ本持ってないんだよ!」


「エロ本は?」


 味方であるはずの鹿島が、俺の失言を狙撃そげきする。


「あ……」


「なるほど、じゃあエロDVDかな?」


 外野の鹿島が訊いてきた。それルール違反なんじゃないの?


「持っていないって」


 幸運にも、アプリは誤審しなかった。ふー、助かった。


「えー? じゃあエロBlu-ray」


 同じだろ。


「エロ漫画!」


 しーん。


「あれ、おかしいなぁ」


 首を傾げる鹿島。おかしいのはお前だ。完全に俺の敵になってるじゃねぇか。


 胸をなで下ろすした瞬間、ある一人の男が呟く。


「もしや、エロゲーでは?」


「………………持っていない」


『ダウトです』


 周囲がどよめく。男子女子問わず引いており、中には汚物おぶつを見る目で俺を向けてくる女子もいた。


 誰だ!? エロゲーとか言った奴は?


 周囲の中に一人、フッと笑いながら丸眼鏡をクイッとあげる者がいた。


「読み通り」


 山根かよォォォォォ!!!


 何カッコつけてんだあいつ。絶対許さねぇ!


「エロゲーってなに? エロいゲームってこと?」


 吉田が場違いな質問してくる。俺はスルーした。


「そうです。ヒロインとエロいことするゲームです」


 山根おまえは補足するな。つか、口を開くな。俺の株が爆裂に下がる。


「くそ、次は俺の質問だかんな」


「お、おう……」


「エロ本を読んだことがある」


「なんでそんなにエロ本に固執こしつしてるんだよ」


「う、うるさいな。答えろよ」


「………そりゃあ、あるよ」


 若干照れながら言っていた。ウブな奴め。


 しかもアプリが無反応ということは、いま吉田が言ったことはは真実だ。


「ほらぁ! お前も意外とエロい奴だな」


 大袈裟おおげさに言ってみたが、周りの反応は鈍い。むしろ、女子達の目が吉田を好意的に見ているんだが、なぜだ。


「そりゃあ、男なんだから興味くらいあってもおかしくないだろ。滝藤だってエロゲー持ってるじゃないか」


「いや、だから持ってないって」


『ダウトです』


 スパンッ! アプリをはたいた。


「あーちょっとやめてよ。それ私のスマホ」


『犯罪行為が確認されました。警察に通報します』


「はぁ?」


 なんだこのクソアプリ。レビューでボロクソ書いてやる。


 俺の質問は不発に終わり、吉田の番になった。


「あー……チョコレートケーキ好き?」


ぬるいよ昴流」


 鹿島がぴしゃりと言った。


「温い。そんな質問じゃダメだよ」


 お前、味方じゃなくて敵かよ。


「そー言われてもなぁ……」


 困り果てる吉田に耐え兼ねた鹿島が、ずいと前に出て俺を見据える。


「私が質問する」


「いや、それルール違反だよね?」


 俺の冷静な発言を鹿島はスルーする。


「滝藤はこのクラスに好きな人がいる」


「えっ!? ……いや、好きというか……」


 この人と付き合えたら幸せだろうなぁ、という憧れはあるが、それを好きというのだろうか……。


『たくさんいるそうです』


「おいふざけんな。そんなわけねえだろ」


『ダウトです』


「いねぇって!」


『ダウトです』


「このクソアプリ、バグってやがる」


『クソはお前です』


「は? なんだその発言は。喧嘩売ってんのか?」


『かかってきやがれ』


 上等じゃねぇかクソアプリ。スマホごと叩き割ってやる。

 

 俺とクソアプリが口論してるなか、鹿島が言った。


「その好きな人の中に――――」


 だ、誰を言うつもりだ?


「私も入ってる!」


 数秒、時が止まった。


「……………いいえ」


『…………………………………………………………』


 アプリは何も言わなかった。それが答えだった。


 俺も、吉田も、周囲も、そして鹿島も何も言わなかった。言えなかった。


 ※


3人目:富田教諭(53)


 鹿島が最後に指名してきた人物は、なんと俺の天敵の一人である富田先生だった。


 果てしなく興味が無い。需要はいったいどこにあるのだろうか。


「いや、あの、いくらなんでも富田先生はまずいでしょ」


「何がまずいの?」


「いやだってさ、あの富田だぜ? 俺嫌われてるし、第一生徒と話したがらない先生でしょ」


「そんな先生なんかいないよ。第一、子どもと話したくないならなんで教師になんかなったの?」


「いや、わからないけど……」


 気が乗らない以前に、意味があるのかわからない。


「つか、富田先生に何を聞くんだ?」


「そりゃあ好きなタイプとか、好きな人とか」


「そんなん知ってどうすんの?」


「滝藤の作るラブコメに活かすんじゃん」


「活かせるわけないだろ。第一、教師に訊くことでもない気がする」


「あれ、もしかして教師のこと嫌ってる?」


「いや、嫌ってはないけど……」


 言葉に詰まる。何か言おうと口を開けるも、言葉が見つからないのでそっと口を閉じた。


 もちろん教師は素晴らしい職業だと思っているし、生徒のために長時間働いている先生方には頭が上がらないのだが、どうにも教師は好きになれない。


 この感情は、おそらく父のせいだろう。


「でも、好きじゃないんだよね?」


 黙っていることを肯定と捉えた鹿島は、俺の手を取る。


「でも、そんなこと私には関係ない」


「はい?」


「さ、行くよ」

 

 ※


「先生をからかうのもいい加減にしろよ」


 そりゃそうだ。


 富田教諭が怒るのも無理はない。


 ただでさえ気難しいオジサンに、いつも不真面目に授業を受けている生徒から、いきなりインタビューしますと言われればこうなるだろう。


 しかも最初の質問が『教諭の好きなタイプはなんですか?』なんだから、怒らないわけがない。


「いや、からかってないんです。本気なんです」


 それにもっとふざけていることが、鹿島は遠くから見ているとのことだった。


 理由は万が一内申書に響くと困るから、だそうだ。ふざけてる。


「お前なぁ……。まぁいい。忙しいからあっちへ行け」


 しっしとはえを追い払うように手を払った。


 ち、こうなっては無理だ。それに俺も過去一番にモチベーションが低い。


 帰ろうと出口の方に顔を向けると、鹿島が首を振る。


 彼女は口パクとジェスチャーで『もっとねばれ』と退却を許可しなかった。


 無茶言うな。


 俺も口パクとジェスチャーで伝える。


『退却したい』


『がんばれ』


『無理』


『たこ焼きおごるから』


 なんでたこ焼き?


 でもまぁいい。ちょうど誰かさんに金をしぼり取られそうになったからな。


 一番高いたこ焼きを奢ってもらおう。


「あの……先生、相談があるんです」


「あ? そんなもん担任にしろよ」


 冷たい教師だな。生徒の悩みくらい聞いてくれよ。


「先生にしか話せないんです」


「年頃の悩みで、授業しか関わりの無い50代のおっさんにしか話せないことなんかあるのか?」


「う……」


 確かに。


 だが、さいは投げられた。ここで引き下がるわけにはいかない。


「ええ、富田教諭にしか話せないことがあるんです」


「普通に先生と呼べ」


「あの、先生。誰にも言わないでもらえますか?」


「事と次第によっては校長に伝えないといけないな」


「実は俺、恋してるんです」


「それは俺に相談することではないだろ」


「いや、先生しかいないんです。俺、友達いないから」


「じゃ、その恋も実らないな。友達1人作れない人間が、どうして恋人なんか作れるんだ」


 結構バッサリ言い捨てるじゃないか。心に重傷を負ってしまった。


「先生、俺どうしたらいいんでしょうか?」


「どうせ告白してもフラれるから、想いは胸の内にしまっておけ。傷は少ない方がいいだろ。骨拾ってくる人間もいなさそうだしな」


 致命傷ちめいしょうをくらった。誰か医者を呼んでくれ。心にバンドエイドを優しくってでてくれる可愛い医者を。


「つか、俺が誰を好きなのか聞かないんですか?」


「聞きたくないな。……あ、でも聞きたいことはあるぞ?」


「なんですか?」


「お前、いつワーク提出してくるんだ?」


 俺は一目散に立ち去った。

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