第10話 校内インタビューで、運命的な出会いを! ②

「早川茉莉ちゃん」


 げ、やっぱり。


「なにその”げ”って顔」


 鹿島がジト目で追及してくる。


「い、いやぁ……」


 茉莉かぁ……。


 俺と茉莉は、色々と仲である。


 かたやスクールカースト最下位でラノベを書くついでに高校生やってる陰気いんき男子。


 かたや猫を全く被らなくても学校中の人気を集めることができる美貌びぼうを持ち、寡黙かもくなのに人望がある人気女子。


 どう考えても関わる要素がないのに、実際には密接な関わりがある。これには非常に深いワケがあり、簡単に話せるものでも、俺の独断で話せるものでもない。


 というわけで、鹿島に説明できない。


 かといって、茉莉とインタビューするのはあまり意味が無い。正直、茉莉のことはよくわかっている。少なくとも、この学校の中で一番だ。


「……なぁ、茉莉はやめておこう」


「名前で呼ぶって、結構仲が良いじゃん」


「幼稚園に加えて、小・中一緒だったからな。そりゃあ、嫌でも仲良くなるさ。全然嫌じゃないけど」


 しまった。つい、くせで呼んでしまった。


「仲が良いんでしょ? だったらインタビューしようよ。あと、話もしてみたい」


「インタビューはあとで個人的にするから」


「いや、このインタビューをきっかけに仲良くなりたい」


 それが本音か。


「まぁ、とにかく、仲良くするのは個人的に―――」


 言いたいこと言い終わる前に教室に着いてしまう。


 すると鹿島は「じゃあ、次の休み時間に」と強引に話を切り上げ、席に着く。


 俺は口をパクパクさせたあと、脱力して席に着いた。


 チャイムが鳴り、4時間目が始まる。


 授業中、俺は鹿島にメッセージを送った。


『やっぱ、茉莉にインタビューするのはやめようぜ』


 すると数秒とかからず返信が来る。


『なんでよ?』


『なんつーか、茉莉のことはよくわかってるからさ。アイツがなんて答えるかわかるんだよ』


『じゃあ好きな食べ物は?』


『ショートケーキ』


『かわいい』と呟くウサギのスタンプが流れた。

 

『美味しい店知ってる。一緒に行きたいなぁ』


 誘われても行かないだろうな。友達は少ないが、家事にバイトと色々忙しい奴だし。


 ま、そんなことは伝えないけど。


『デートで行きたい場所は?』


七里ヶ浜しちりがはま


 海が好きなんだよな、アイツ。


 見てるだけでおだやかになれるとかで。


 何回も一緒に行ったことがある。


 基本的に喋らず泳がず、私服姿でただただ海と空を眺めて過ごした。


 夕日とゆらゆら揺れるだいだい色の水面を、海色のアイスキャンディーを食べながら見る茉莉は、とても綺麗だった。


 映画の1シーンにいるみたいだった。


 一方で、海の先に工場が見えるのは好きじゃない。水平線が好きなのだと、前に話してくれた。


『じゃあ、好きな男のタイプは?』


 …………。


 少し躊躇ためらったのち、俺は送った。


『周りを気にするくせにとにかく突っ走って空回って、それでも一生懸命に行動する男の子』


『なにそれ? ずいぶん具体的だね』


 そりゃそうさ。前に言われたんだから。


『なるほど。滝藤が茉莉ちゃんのことよく知ってるってこと、わかったよ』


『わかってくれたか』


『うん。だから、答え合わせしにいこう』


「は?」


 思わず声が出た。幸い、誰も気にしていなかった。


『おい! それは話が違うぞ!』


 メッセージを送るも既読にならず。


 鹿島に目をやると、すでに机の中にスマホをしまって授業を受けていた。


 抗議の意味で電話をかけるが、応答どころかバイブレーションすら無し。先、


 はかったな。


 くそ、こうなったら……奥の手だ。


『今日の昼飯おごってやるから、頼む!』


 ※


 学食の食券機の前で、鹿島がボタンを押した。


「お前さ、遠慮えんりょってもん知らないの?」


 パラッと落ちてきた食券には、『ウルトラスペシャル』と書いてあった。


 1000円。


 学食としてはめちゃ高い。


 だが、これより高い飲み物が売られているスタヴァは、本当に凄いと思う。


「食べてみたかったんだよねぇ、ウルトラスペシャル」


「だからって、好きでもない男子に払わすことないだろ」


「好きでもない男子だから払わすんじゃん」


 悪魔め。


 俺は鹿島に恨みごとをブツブツ言いながら、席に着いた。


 俺が頼んだのは讃岐さぬきうどん。


 210円と実に良心的。


 こげ茶色の汁から発せられるニオイは、立ち食いそば屋でげるニオイと全く同じだ。食欲をそそる。とりあえず、七味唐辛子を大量に入れた。


 一方、鹿島の悪魔が持ってきた『ウルトラスペシャル』は、から揚げハンバーグ定食にデザートでパフェと、確かにただのスペシャルじゃなかった。


 ご飯とお味噌汁はおかわりし放題だそうだ。


「いやぁ、作家さんは金持ちだねぇ」


 鹿島は嬉しそうにハンバーグを食べる。


 その嬉しそうに食べる姿が妙に腹立つので、攻撃してみることにした。


「カロリー高いなぁ。太るんじゃない?」


「少し太った方が、いいと思うんだよね。私」


 胸を触る鹿島。


 そのカロリーがどこの脂肪しぼうになるかは、分の悪い賭けだがな。


 談笑しつつも鹿島は見事に食べきり、パフェも綺麗きれいに平らげて、満足気にふぅーとため息をついていた。


「これじゃあ次の授業、眠くなっちゃうな」


 俺は、スープまで飲み干したものの腹六分はらろくぶ弱で、あまり満足はできなかった。


 途中、七味が気管に入ったこともあって喉がヒリヒリする。


「茉莉ちゃんと話せなかったのは残念だけど、結果オーライ」


 インタビューは二の次で話したかっただけか。楽しんでいるだけじゃないだろうな?


「まぁ、茉莉とは個人的に話に行けばいいだろ」


「私が何?」

 

 背中がゾクリとした。鹿島が「あ」と、まずそうな顔をする。


 恐る恐る後ろを見ると、茉莉が俺を冷たく見下ろしていた。


 ※


 茉莉が俺の隣に、そして鹿島は俺の目の前に座っている。インタビューの形だ。


 どうしてこうなった。


 鹿島に学食で一番高いものを奢ってまで茉莉との接触を避けていたにも関わらず、結局茉莉と対面してしまった。


 それも、俺が固有名詞を言ったことが原因となれば、目も当てられない。


 一応、茉莉に弁明をしたのだが、「インタビューしたいんでしょ? どうぞ」と言われて座られてしまったら、何も言えない。


 鹿島は「棚ぼた棚ほだ♪」とはしゃいでる。


 もう泣きたい。


 そして現在、俺の隣に茉莉が座り、鹿島が対面している状態となっている。


 まったく、どうしてこうなってしまったのだ。


「茉莉ちゃんって呼んでいい?」


「呼び捨てにして」


 確かに、ちゃん付けは似合わない容姿してるからな。あと雰囲気も。


「わかった。私も梨沙子でいいから」


「なぁ、梨沙子」


「え、滝藤もそう呼ぶの?」


 めちゃくちゃ嫌な顔をする梨沙子。酷いじゃないか。


「ウルトラスペシャルの料金、半分返してくれないかなぁ」


「じゃあ茉莉、インタビュー開始するね」


 普通に無視して進めやがった。


「その前に、インタビューする理由はなに?」


「それは―――」


 鹿島がちらっと俺の方を見る。


 はぁ……。ま、説明すればわかってくれるか。


 茉莉の方を見た瞬間、


「なるほどね。わかった」


「え?」


「は?」


「どうせ、新しい小説の題材でしょ?」


「ええっ!?」


 鹿島が驚く。そういえば、伝えてなかったな。


「茉莉だけは知ってるんだよ。俺が小説書いてること」


「もう”だけ”じゃなくなったけどね」


 なんだろう、この言葉の端々はしばしにあるとげは。地味に痛い。


「まぁいいよ。とにかくインタビューして」


「え、あぁ、うん」


 鹿島は咳払いして声を調節した。


「じゃあ、質問するね。茉莉の好きな食べ物は?」


「ショートケーキ」


「正解」

 

「は?」


 茉莉がいぶかしげに鹿島を見る。


 そりゃそうだろう。インタビューに正解も不正解もあるはずがない。


「じゃあ、続けるね。今デートで一番行きたい場所は?」


「七里ヶ浜」


「正解!」


 鹿島は指をパチンと鳴らした。


「なにこれ?」


 今度は俺を見る。いや、俺に問われても二つの意味で困るんだが。


「いやね、滝藤が茉莉のこと何でもわかるって言ってたからさ、この2つの問いかけをしたのよ。そしたらさ、見事合ってたんだよ。本当だったんだね」


 昔から変わってないとも言えるけど。


「じゃあ、これが最後の問題」


 もう問題って言っちゃったよ。


 茉莉が無言で俺を見る。俺は両手を肩のところまで軽くあげて首を傾げた。


「好きな男性のタイプは?」


「周りを気にするくせにとにかく突っ走って空回って、それでも一生懸命に行動する男の子」


 間髪入れずに淡々と述べ、表情は常に一定だった。


「大正解!」


 鹿島はパチパチパチと拍手した。いったい誰に向けての拍手だろう?


「おめでとう。全問正解だよ」


 俺か。


「滝藤って茉莉のこと本当によく知ってるんだね。じゃあ、逆に茉莉は滝藤のことどこまで知ってるの?」


「この学校で一番知ってる」


 茉莉は声音や表情を少しも変えずに言い放った。


「うわ……すごい大胆だいたん。じゃあ、滝藤の好きな食べ物は?」


「ハンバーガー」


 鹿島が俺を見る。


「……正解」


「すごい!」


 鹿島がどんどん質問してくる。それに対し茉莉は即座に平然へいぜんと答えた。しかも全て正解。俺に対する茉莉の理解度が高すぎて、つい感動してしまった。


 たまらず訊いてしまう。


「お前、俺のこと好きなの?」


「人間の中では同率1番」


 おそらく、他は菜月さんとお母さんだろう。菜月さんがいなければ、今の茉莉はいないからな。お母さんは言わずもがなだ。


「なにそれ。茉莉って面白いね」


 笑ったあと、鹿島はポケットからスマホを出した。


「連絡先交換しよ」


「お、それはありがたいな。茉莉って人望あるくせに友達が少ないから、助かるよ」


「余計なお世話なんだけど」


 ギロリとにらむ茉莉だが、事実なだけに否定はできない。


 少し逡巡しゅんじゅんしたのち、不満をあらわにしながら連絡先を交換した。


 男子からしたらのどから手が出るほど欲しい連絡先だ。


 それをゲットした鹿島に、くぎを刺しておく。


「あ、流失させんなよ。前にひどい目にあったからさ」


「するわけないでしょ。私を何だと思ってるの」


「悪魔」


「どーゆーこと!?」


 俺のこけにした挙句あげく、に今日の晩飯代を失わせたやべー悪魔って意味だよ。


「大丈夫だよ喜太郎。梨沙子ならそんなことしない。それにもし何かあっても、喜太郎が助けてくれるでしょ?」


「まぁ、助けるけども……。起きないに越したことはないだろ」


 そう返答すると、茉莉は嬉しそうにした。なに嬉しそうにしてるんだか。助けるのに俺がどんだけ苦労したことか。


 結局、茉莉のインタビューは俺の創作活動に全く役に立たなかったが、その代わり茉莉は友達が一人出来た。友達が出来る分には俺も嬉しい。

 

 そして俺は、今夜のことを考えて憂鬱ゆううつになった。


 晩飯、どうしよう。


 溜息をついた途端、鹿島が俺のズボンのポッケに手を入れてきた。


「うわっ、なんだよ?」


「今日だけは特別だよ」


 なにが?


 そう思って、手を入れてきたポッケに俺も手を入れる。


 すると中にざらざらした紙切れがあった。


 ポッケから手を出すと、


「これは……」


 俺の手には千円札が握られていた。


「女子に奢るときは、ちゃんと人を見極めて奢るんだよ? じゃないと私みたいな無遠慮な女にたかられるんだからね」


 ちょっぴり恥ずかしそうにする鹿島が、少しだけ可愛く思えた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る