第7話 『このライトノベルがすごい!』で1位取ったら、締め切り破っても許されるのかな?

  午後8時。


 本来ならば男子高校生らしくゲームしているところだが、行き遅れお姉さんがそれを許してはくれなかった。


「よ、調子はどう?」


 自分の家のように合鍵を使って入ってくる。


「まぁまぁかな」


 この間第1話の時と違って、持ってきた差し入れはジュースのみ。


 どうやらガチで忙しいようだ。


「まぁまぁじゃあ困るな」


 普段から菜月さんを見てて思うのだが、出版社の人間ってどうしてこうも人を追い詰めるのだろう。


 菜月さんのおかげでなんとか借金をせずに一人暮らしが出来ているわけだが、同時にたましいけずられている。


 一人暮らしも想像と違った。


 ピチピチの女子と二人で家事を分担しながら、休日にはデートに行く。


 放課後はお互いに校門で待ち合わせして、スーパーで何を作るか話しながら帰る。


 もし、彼女がいなくても、悠々自適ゆうゆうじてきにスローライフを送るはずった。


 だが実際は、家事に追われ、仕事に追われ、菜月さんに追われ、ファストライフとなった。


 家は仕事場となり、ベッドは寝るためだけの台となった。


 本も思った以上に売れず、余裕のない生活を送っている。


 出版社のような人に自己紹介しても「え、雨宮キタローって誰ですか? ユーチューバー?」とか言われる。


 家事も頑張ってはいるが、正直辛い。

 

 特に料理は、気まぐれ過ぎて焦げたりマズかったりする。


「はぁ……」


 家事を一通りこなしていた妹の存在のデカさを、改めて知った。


 ホームシックになったわけではないが、家に帰りたいと思った。


 今となっては、一人暮らしが正しい選択だったのかよくわからない。


「どうだ? 案は浮かんだか?」


 人生の選択に対して悩んでいる俺のことなど気にせず、仕事の話を切り出す菜月さん。


「はぁ……」


 アンニュイな溜息をつく。


「創作に関する悩みなら聞くが、人生の悩みなら聞かんぞ」


 見通しているのに拒絶するとは……。


「とりあえず、いくつか案を考えて来ましたよ。おかげで昨日なんか2時間しか寝てませんよ」


 言っているうちに欠伸あくびがでた。


 昨日は睡魔すいまにぶくなる頭を、翼を授けるエナジードリンク倍プッシュで体に注入し、死に物狂いでアイディアを出した。


 その結果、幸運にもいくつか使えそうなアイディアが出た。


 ま、そのおかげで生物の小テストで盛大にやらかし、今週の土曜に補習食らったけど。


「……一応だが、ラブコメってどんなものか説明できるよな?」


 不安そうな顔して訊いてきた。


「もちろん。要するにラブなコメディですよね」


「ものすっごいアホなこと言ってるが、そうだ。恋愛を主軸しゅじくに置いた、こそばゆい話だ」


「ということは、恋愛すればいいってことですよね。大丈夫です。全部恋愛が主軸ですから」


「当然だ。何かのついでに恋愛する物語をラブコメとは言わない」


 今日はやけに突っかかってくるな。こんなに心配されるとは心外だ。


「ラブコメっていうけどな、適当に女子とイチャイチャするだけで人気出るほど甘い物語じゃないぞ。ラノベにおいて売れるラブコメには、面白い設定とストーリー、そして安心感だ。特に安心感は大事だぞ? どのヒロインも絶対に主人公しか好きにならず、フラれた後も一途いちずに思い続ける永遠の愛を描かなきゃ売れない。フラれたから他の男を好きになるような、フツ~~~~の女はウケない」


「よくわからないけど、永遠の愛とかはとりあえず置いといて……。安心感ある物語というのであれば、あります」


「なんだ?」


 俺は3枚にまとめた企画書を菜月さんに渡す。


「いつ何時なんどきも絶対にメインヒロインが負けない物語。タイトル名はずばり『メインヒロインが絶対に負けないラブコメ』!」


 ビリッ!


「あっ!」


 企画書を両断した。


「バカだろお前」

 

 菜月さんは俺の両肩をがしっと握って、子どもを見る目で優しく説明する。


「いいか? メインヒロインってのは、絶対に勝つからメインヒロインなんだ。負けたら笑うしかないだろ」


 30分かけて作成したやっつけ企画書をくしゃくしゃに丸め、ゴミ箱へ放り投げた。


「そう言われると思って、こんなものを用意しておきました」


 ぺらっと、さっきより2枚多い企画書を渡す。


 そこに書かれたタイトルは『サブヒロインが絶対に負けないラブコメ』。


「あ」


 タイトルを見るや否や、俺から企画書をひったくって粉微塵こなみじんにする。


「話聞いてた? 勝つヒロインをメインヒロインと呼ぶんだ。サブヒロインが勝ったら、そいつがメインヒロインだ」


 良い案だと思ったのになぁ……。


「他にはないのか?」


 机の上にあるルーズリーフの山を漁る。


「あ、じゃあこういうのはどうです? ラブコメとミステリーをけ合わせたものが」


 今度は10枚ほどの企画書『タイトル未定。ミステリ×ラブコメ』を渡すと、ペラペラとめくった。


「ほう。主人公と結婚するメインヒロインを冒頭で描き、そのヒロインの正体を追う形式をとるわけだな。面白そうじゃないか。謎があると読者を引き留めるし」


「そうそう。ラブコメは嫌いじゃないんだけどさ、展開が読めるとやや冷めるでしょ? だから、こういうミステリー形式を取るってわけよ」


「へぇー。で、ヒロインの数は?」


「20人」


「は?」


「20人。しかも全員血縁関係。ということでタイトルは『二十等分の花嫁』にしようと思ってる」


「地獄だな」


「なんでっ!?」


「ヒロインが20人とか地獄だろ。名前覚えるだけでお腹いっぱいだぞ」


「えー、でも『脱落パーティ』のキャラは少なくとも40人はいましたよ?」


「死んだり、主人公たちを見送ったりしてたからな。ラブコメの場合はそういうわけにはいかないだろ」


「いやいや、最後は怒涛の20人告白ラッシュ。圧巻あっかんになると思いますよ、これは」


「脱力のまちがいだな」


 ビリッと企画書を破る。つか、そのボツの仕方、ちょっと傷つくんだけど。もう少し優しさ欲しいんですけど。


「なぁ、もっとマシな企画書ないのか?」 


「うーん、ありますけどー……いちいち説明するのも面倒なんで、全部見てくれます? 使えそうなやつは一つくらいあるはずですから」


 俺はストックしていた企画書を全て差し出した。


 この世の女性、全員を惚れさせると誓う『ヒロインスレイヤー』。


 ギリギリ18歳未満の子どもが読めるエロ満載まんさいの『ACCIアクシでんとっ!』。


 黒衣の無免許医師もびっくりの法外な値段で借りたレンタル彼女との借り物の恋から始まるラブコメ『彼女レンタル』。


 毒舌芸能人の父とSM嬢での女王様の母を持つロリ女子高生が主人公をひたすら罵倒する『罵倒上手の阿良々木あららぎさん』。


 幼馴染が実は強力なロボットでビームやロケットパンチ、OPPAI砲を出し、地球外生命体と死闘を繰り広げる『対地球外生命体抹殺兵器幼馴染』などなど。


 すべての企画書に目を通した菜月さんは、深くため息をついた。


「……SNS炎上すんぞ? パクリだって」


「『脱落パーティ』の時からボヤ騒ぎはちょいちょい起きてますから」


 菜月さんはさらに深いため息をついた。


「お前、この企画書いつ書いた?」


「深夜ですね」


「だろうな。じゃなきゃこんなパクリ満載の企画書が作れるわけがない」


 随分ずいぶんな言い様だ。無理を強いたのは菜月さんだというのに。


「これで全部か……。だいぶ迷走しているな」


 冷静に思い返せば、確かに迷走していた。


「目新しさがない。どれも二番煎にばんせんじだ。そんなんじゃ売れない。売れたとしても限界がある」


 そりゃそうだろう。案が浮かばないので、過去読んだラブコメをもう一度読み返し、そこから企画書を作ったからな。


「目新しさですか……」

 

 ただ、そんなこと言われてもなぁ。


 言うはやすく行うはがたし。


 だが、ボヤく時間はない。


 め切りは確実にせまっており、過ぎれば死が待っている。


 俺は締め切りすぎても済まされる売れっ子作家ではない。


 文豪ぶんごうは締め切りに対してユーモアあふれる言葉を残しているが、俺にそんなセンスは無い。


 言ったとしても、未熟者みじゅくもの戯言たわごととして流される。


 はぁ……。


『このライトノベルがすごい!』で1位を取ることができたら、締め切りに対していくばくか寛容になるのだろうか。


「おい、なに遠い目をしてやがる」


 粗暴そぼうな口調で現実に戻される。

 

 目新しさか。ヒロインは出尽くしている気がするし、作り出せる気がしない。


 目新しさで出すならやっぱり―――


「発想を逆にしましょう」


「逆?」


「そう」


 主人公はまだまだ掘り出せる余地よちがある。


 ラノベの主人公は基本、フツメンだ。たまにイケメンもいるが、死んだ目をしているか、努力してイケメンになったかのどちらかだろう。


 だったら簡単だ。


「主人公を生まれつきのイケメンにしましょう。イケメンで高身長、高所得、人生イージーモードの主人公がイージーに恋愛していく。こんな物語はどうですか?」


 菜月さんが難しい顔をした。俺のアイディアについていけないのだろう。


「『勝ってこそ人生』が口癖くちぐせの主人公・上条かみじょう桐人きりとが、普通に学校生活を過ごしているだけで校内、通学路、はたまた芸能界でモテまくる話で……」


「鼻につくな」


「校内の女子の悩みも金や権力で大解決。どう、スッキリするでしょ?」


「その主人公を張っ倒したら、さぞかしスッキリするだろう」


「名言も個性的で、『俺は苦労したことはない。なぜなら、苦労したと思わないからだ』」


 まだ存在していない主人公のマネて言った。


「どーですか、これ? モテるから恋人も取っ替え引っ替え。ヒロインがローテションで変わっていくんで、読者がきないストーリーになりますし」


「飽きる前に見捨てられるだろうな」


 ボツになった。


 結局、全てボツになった。


 あんだけ頑張って、たっけぇエナジードリンク倍プッシュして、物理の小テストまで犠牲ぎせいにしたというのに、結果は振るわなかった。


 その後、二人で一時間ほどねばったが、良いアイディアが生まれることなく、夜も更けてきたところで解散となった。


 このまま案が出なかったら、どうしようか。


 『行き遅れ酒豪しゅごう』か『ニワトリのユーリン』になってしまうんだろうか。


 前者ならモデルがすぐにいるから書きやすいし、ストレス解消にもなる。


 後者を書いたら俺は終わりだ。


 あと2日待ってダメだったら酒豪にしよう。


 ピロン。


 スマホのディスプレイが明るくなる。菜月さんからかな?


(こんばんわ。今2巻読み終わった! 本当に面白いね! 3巻以降も持ってきて~~!)


 鹿島からだった。そういえば連絡先交換したんだっけ。


(了解。明日、鹿島のロッカーに入れとく)


『よぉろしくゥ!』と暑苦しく叫ぶ芸人のスタンプが送られた。


 なるほど、スタンプってこういう使い方するのか。


 早川姉妹はスタンプ使わないから初めて知ったよ。


 茉莉はシンプルなメッセージで、スタンプはもちろんビックリマークとか見たことない。


 菜月さんに関しては、メッセージより電話が多い。付き合ってもないのに。勘弁かんべんしてほしい。


「しかし……」


 鹿島って変わってるな。俺の小説が面白いなんて。


 なんとも言えない喜びに浸りながら残り全ての『脱落パーティ』をバッグに放り込んでいると、今度は茉莉からメッセージが来た。


(お姉ちゃんから聞いたよ。今度はラブコメ書くんだってね。頑張ってね)


(ありがとう。締め切りが迫ってきているが、なんとか間に合ってみせるよ)


(楽しみに待ってる。おやすみ)


(おやすみ)


 茉莉だって期待してくれてる。


 きっと菜月さんだって俺に期待しているから仕事を回してきてくれたんだ。


 期待してくれてる人がいるなら、楽しみに待ってくれてる人が一人でもいるなら、頑張らないとな。


 明日は取材に出かけよう。……。


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