第6話 ラブコメなんかどうです? 最近流行ってますし

 徹夜で仕上げた最終原稿をメールで菜月さんに送ってから6時間後、菜月さんから『飲みに行こう』と返ってきた。


『すみません。今日学校で眠れませんでし。明日も学校ですし、極限に眠いので断ります』


 と、俺なりに丁寧に返したところ、


『そっか。じゃあ喜太郎んで』


 と、脅迫きょうはくしてきたので、渋々誘いを受けた。

 

 テロリストに屈してしまった俺だが、ただではやられない。見てやがれよ。


 待ち合わせ場所は居酒屋いざかや助三郎すけさぶろう』。


 菜月さんの行きつけの飲み屋だ。


 飯が美味うまいうえに種類が多い。


 それに材料さえあれば、なんでも作ってくれる。


 店主の三木さんは菜月さんの高校時代の男友達なんだとかで、融通がめちゃくちゃ利く。


 店内で仕事や勉強をしていても怒らないし、菜月さんにツケてくれる。


 それに菜月さんを高校時代の話でイジってくれるので、ストレス解消にもなる。


 そんな高校生でも居心地が良い店である『助三郎』に、待ち合わせ時間の5分前に着いた。


 ガラガラと扉を開けると、菜月さんの背中を見つけた。


 白いパンツスーツが良く似合っているが、居酒屋にその姿はどうなんだろか。


「待たせてすみません」


「お、偉いじゃないか。ちゃんと5分前に来るとは―――――って、お前なんてモン着てやがる!?」


「え、美人の顔がプリントされたロングTシャツですけど?」


 みるみる菜月さんの顔は赤くなり、わなわなと体を震わせながら俺のTシャツにプリントされたを指差す。


 そう。


 何を隠そう、俺が着てきたのは非公式に作られた菜月さんの顔写真ロングTシャツである。


 この時の菜月さんはナチュラルボブだった。


 店長曰く、高校2年生の時に作られたものらしい。


 なんでも、2年連続でミスコン1位に輝いた記念とか。


「お前それ、どこで手に入れた」


「ネットオークションですね。3万で落としました」


「馬鹿だろお前」


「これで菜月さんを赤くできるなら、安いもんです」


 実際、いつもイジられてばかりだからな。たまには仕返ししないと。


 その後、今すぐ上着を羽織るか、脱ぐか、死ぬかの三択をドスの利いた声で脅されたので、俺は上着を着て、前のボタンをしめた。


 怒りをしずめた菜月さんは、生ビールとチャイルドビールという飲み物を注文した。


「なんですか、それ?」


「ビールをした炭酸飲料だよ」


「えー、俺サイダーがよかったのに」


「まぁまぁ、こういうお祝い事ってのは雰囲気ふんいきが大事だからさ」


「お祝い事って……打ち切り小説を完結させただけじゃないですか」


「完結させただけ凄いんだ」


 俺達の机にビール二杯が置かれる。


 いや、一つはチャイルドビールか。


 錯覚するほどビールそっくりだ。白い泡もしっかり残っているし、雰囲気はある。


「じゃあ、『脱落パーティ』の完結を祝って、乾杯」


「乾杯」


 グラスを合わせた俺は、チャイルドビールとやらを飲む。


「どうだ?」


「……うまい」


 すっきりした甘さのリンゴソーダだった。なるほど、リンゴと言われれば納得できる色だ。


「ふぅー、しみるねぇ」


 ビールを4分の1くらい飲んで、グラスをテーブルに置いた。


「完結お疲れさん。あれがベストだよ。THE・ご都合主義って感じだったが」


 菜月さんが言うのもわかる。


 脱落勇者の烙印を押されたヤマトが本物の勇者として覚醒かくせいし、何の脈絡も伏線も無く、急に勇者の剣を生成し、サタナエルをぶった斬ったのだから。


 だが、俺自身満足している。


 読者はどう思うかわからないが、書き切った。満足だ。『脱落パーティ』に関して、思い残すことはもうない。


 批評は読者に任せればいい。


 称賛も罵倒も読者の自由だ。


 俺としちゃ、読んでくれるだけで御の字だ。


「フィクションでやらないで、どこでやるんですか」


「それもそうだな」


 菜月さんは満足気に豆腐とうふを食べた。しかし、ビールには手を伸ばしていない。


 うーん、これはまさか……。


「で、雨宮先生。次の仕事はありますか?」


 やはり仕事の話か。どうりでビールが空になってないわけだ。


「いや、決まってませんけど……」


 つか、しばらく創作活動はせず、平凡へいぼんな高校生活を謳歌おうかするつもりだった。


 そのために、背伸びして一人暮らしまでしている。


「それじゃあいけませんね。すぐに書かないと仕事がなくなりますよ。作家と言っても、仕事がなければ無職と変わりありませんからね」


 初めて菜月さんと会った時に言われた言葉をまた言われた。


『執筆していない作家は、出版社の一定の人物に顔が利くだけの無職』、とも。


 しかし、しかしなぁ……。


 書きたくないなぁ……。


 休ませてくれよ……。ゲームさせてくれよぉ……。


「ですが、そんな雨宮先生に朗報ろうほうです」


 悲報の間違いだろ。


「このたび、我が社もウェブ小説サイトを開始することになりました」


 その後、ビールも飲まずに熱弁してくれた菜月さんの話を要約すると、こうだ。


 菜月さんが現在勤めている雑談社ざつだんしゃが、小説投稿サイトを立ち上げることになり、話題作りのために期間限定で15人の作家に書いて、人気を競い合ってもらうということになった。そして、その1人に俺が選ばれた、ということだった。


「『雑談社本気ガチラノベさい』か。センス無い名前ですね」


「雨宮先生の服のセンスよりかはマシです」


 菜月さんは、俺をキッと睨んだ。

 

 うわ、めちゃくちゃ根に持ってやがる。


 コホンと小さく咳払いし、話を続ける菜月さん。


「もちろん、原稿料もお支払いします。多くはないですけど……」


 そして菜月さんは上目遣いで俺を見、


「ぜひ、参加していただきたいのですが……?」


 たしかに上目遣いなのだが、瞳の奥には『絶対に引き受けろ』と、極めて強い光を感じる。


 少なくとも1ヵ月くらいは書くつもりなかったのだが――――


「や、やります」


 そう言わざるを得ない。


 拒否なんてすれば、家を出て行けだの何だの言われる。


「そう言ってくださると思っていました」


 パンと手をたたき、パァっと顔が明るくなった。


 営業スマイルである。


 菜月さんのこんな笑顔は今まで見たことが無いし、そもそもしない。


 こんな社交辞令に満ち溢れた笑顔も出来るのかと感心している途中で、菜月さんはすぐに笑顔を引っ込めた。女性ってすげぇ。


「で、何を書くか決まりました?」


「こんなに早く決まるわけないでしょ」


「他の先生方はすぐに思い浮かびましたよ」


「俺は無理です。天才じゃないんで。とりあえず考えてみるけど」


 油淋鶏ユーリンチーがテーブルに置かれたので、すぐに一口食べた。


『ニワトリのユーリン』という題名がポツンと頭に浮かんだが、それは気の迷いだろう。


「冒険モノはデビュー作脱落パーティで書いてしまったし。ギャグはなぁ、俺そもそもギャグセンないしなー」


「またまた御冗談ごじょうだんを。脱落パーティもギャグモノみたいなもんじゃないですかー」


「は?」


 いえ、と菜月さんは咳払いした。本当に腹立つ編集者だ。


 怒りの感情を油淋鶏と一緒に飲み込み、再び考える。


「うーん……ないなぁ」


「じゃあ、ラブコメなんかどうです? 最近流行ってますし」


「ラブコメか……」


 実は嫌いじゃない。マンガもラノベもそれなりに読む。だが、読むのと書くのは違う。


「どうです?」


「浮かばないなぁ。それに書いている姿が想像できない」


「簡単です。彼女が出来たら何がしたいか、考えればいいんですよ。ほら、何かしらあるでしょ?」


「そりゃあ、水族館とか遊園地とかでデートしたいですね。普段行かないですし。あとは放課後、手をつないで歩いて帰ってみたいですし」


「そうそう、そーゆーので良いんですよ。そっからどんどん広げていきましょう。かー、初心うぶで良いですね」


 いやいやアンタ、どれもしたことないでしょ。


 第一、中学・高校・大学とはがねの女として、男からの誘いをことごとく断ってきたって、ここの店主から聞きましたよ。


 デートすら行ったことない鋼の女ってことを。


「で、他は?」


「あとは……キスとか。胸とかも触りたいし、さらに――――」


「お前マジかよ! 卑猥ひわいすぎるぞ! 気持ち悪っ!」


「卑猥なことを求めないカップルなんていねぇだろ!」


 ガタンと大きくテーブルを揺らしてしまった。辺りを見回すが、すでに店内は騒々しかったので誰もこちらを気にしなかった。


 一旦いったん、心を落ち着かせよう。


「とにかく、浮かばないんですよ。デートしたことないし、付き合ったこともないから想像が出来ない。俺にとっては無理難題ですよ」


「想像ねぇ……」


 ビールをグイッと飲んだあと、さらりと言う。


「なら、試しに私と付き合ってみるか?」


「冗談やめてくださいよ。そもそも、素人しろうと同士で付き合って何が学べるんですか?」


「それもそうだな。まぁ、今日決めなくていいさ」


 菜月さんはビールを飲み干し、ハイボールを頼んだ。ちょっと寂しい顔をしていた。


 仕事の話はおしまいということだろうが、そうはいかない。


 浮かんだからである。書くべき内容が。


「一つ浮かびましたよ」


「お、なんだ?」


「『行き遅れ酒豪しゅごう更生の仕方育て方』」

 

 ガンッ!!


「いってぇ!」


 とんがったヒールの先ですねを思いっきりられた。いってぇ~~~。


「おい、それはまさか私のことじゃないだろうな?」


 目の前に置かれたハイボールを豪快ごうかいに飲んで俺をにらむ。


 やっべ、目が笑ってない。これマジでキレてるやつだ。


「い、嫌だなぁ……冗談ですよ冗談。ジョークジョー―—―」


「笑えんな」


 ギロリ。


「……ははは」


 ぞくり……。果たして俺は今日は、無事に帰れるのだろうか。


「まったく。今決めなくていいって、さっき言ったろ」


 怖い顔を引っ込め、椅子に体重を預ける菜月さん。


「そうは言いますけど、期限はいつまでなんですか?」


「来週の木曜日にUPアップだから、来週の火曜日までには原稿を私に送り付けてくれ」


「5日!? それはマズいな」


「ああ、実を言うとな。喜太郎が選ばられたのは、元々引き受けてくれる作家が土壇場どたんばで出来ないとか抜かしやがってな。それで誰かいないか、ってなった時に喜太郎を推薦すいせんしたんだよ。私が」


 俺は補欠だったわけか。


 いや、補欠のうちにも入っていないか。


 若干傷付いたぜ、くそ。


「なるほど」


 なるほど、で片付けられないことだが、文句言ったら数倍になって返ってくるので言わない。


「あ、悪いが今回は『作家の生の原稿』がウリだから、編集者はタッチできないからな。誤字・脱字チェックや内容へのアドバイスは出来ないからね」


「マジか……それはきついな」


 大したアドバイスを貰ったことはないから別にいいけど、誤字・脱字チェックがないのは厳しいな。


 字を打ち間違えることに関しては天才的だからな、俺。


 不安を流し込むようにチャイルドビールをグイッと飲み干した。


 それでも不安は流れきらなかったので、追加でサイダーを注文した。


「ま、今日は祝賀会だ。背負わされた仕事など忘れて、パーッと楽しもう」


 山賊さんぞくか、と思うほど偉そうな態度でつまみをつまみ、酒を食らった。


 これはー……結婚できなさそうだなぁ。


 俺の担当を外れたら更生させよう。小説で。


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