第5話 絶賛彼氏募集中に屈する。
「キミ、この本の作者でしょ」
「…………そんなわけないだろ」
努めて自然に言った。
ノートを見られた時点でこうなることは予想済みだったから、ある程度準備は出来ていたが、まさかこのタイミングで来るとはな。
バレたくない。
スクールカースト上位の鹿島にバレて言いふらされでもしたら、学校にいられなくなる。
「ウソだぁ~」
めんどくさいな。普段、話しかけに来ないくせにこういう時だけ話しかけに来やがって。
「だってさ、普通、本を開いてないのに文章を書けるっておかしいでしょ。それに、現代文の勉強っていうけどどんな勉強なわけ?」
「いやぁ、それは……」
「それに著者名の雨宮キタローって、滝藤の下の名前と一緒でしょ?」
「俺の下の名前、よく知ってたね」
「書いてある」
さっきまで執筆していたノートを指差す。そこには滝藤喜太郎と太いマジックで書かれていた。
「まぁ、滝藤の存在を知ったのは今日が初めてだけどね」
ひでぇ。
「あー、だから富田先生にキレたんだね。自分の作品をおちょくられたら、そりゃあ
「だから俺じゃないって」
ダメだ。鹿島は完全に俺がラノベ作家だと思ってる。当たってるけど。
いっそのことバラすか? 面白いって言ってたし、馬鹿にはしないはずだ。
…………いや、やっぱり駄目だ。隠し通そう。
簡単に女子を信用してはならない、というのはこれまで生きてきた中で得た貴重な教訓だ。
「えー、じゃあさ」
鹿島はブレザーのポケットからスマホを出した。
「認めるなら、私の連絡先あげる」
「えっ……」
連絡先……? こいつ、スクールカースト最下位の俺と交換しようというのか。
う、うろたえるな。
それに俺は学校トップレベルの
可愛いからといって
「ちなみに
「実は作者です。俺」
我が選択に、一片の
ずるいよ。そんな小悪魔のような笑顔を浮かべられたら、
「やっぱり! 一応、証拠としてさっきまで書いてたノート見せて」
「いいけど、最初の方は多分読めないと思うぞ?」
「いいからいいから」
ノートを鹿島の前に開くと、うへぇと苦い顔をした。
「すごい字、これ本当に読めるの?」
「読めるよ」
「じゃあ、これは?」
鹿島が指差したところを見る。うーむ、我ながら
「……これは、『勇者だ』だな」
「へぇー、そうなんだ。すごいね。じゃあ、これは?」
なにがすごいのかわからんが、次に指差した場所を見る。
「これは……『サタナエル』だな」
「すごい!」
だから何がすごいんだよ。
「じゃーあ、これは?」
「これはー…………」
…………んん? 次の字は難しいな。
つか、なんだこれ、酷い字だ。
「これ、本当に俺が書いたのか?」
「違うの?」
「違わないけど」
うーんこれは、いったい何の字だろう。もうなんて書いてあるかわからない。
円をぐちゃぐちゃに描いたとしか思えない。
「……まぁ、前半は頭に浮かんだものを忘れまいと殴り書くからめっちゃ汚いけど、後半になるにつれペースも落ちていくから読める字になるよ」
ペラペラとページをめくると、本当だ、と鹿島は
「でもさ、せっかく書いたのに読めないって、かなり無駄だよね」
「普段はスマホで書いているからな。ノートに書くのは授業のときだけだよ。あと、気分」
俺がスマホを出したところで、鹿島は思い出したようにスマホを操作し始めた。
「あ、連絡先だったよね。はいこれ」
差し出されたQRコードを読み取ると、俺のスマホのディスプレイに鹿島梨沙子と表示された。
「おお……」
つい
まさか俺がスクールカースト上位の人間と連絡先を交換する日が来るとは。
いやまぁ、茉莉は例外として。
「あ、そうだ。鹿島」
「ん?」
「その、言いふらさないでくれよ。俺がラノベを書いていること」
すると、鹿島は優しい笑顔で、
「自慢してほしくない?」
「えっ」
夕日に照らされた彼女の微笑みは、
「滝藤って、こんなに面白い話が書けるんだよ、って」
「いや、それは……その……」
言葉が上手く出てこない。なんで出てこないのか、よくわからなかった。
「わかった。滝藤が言ってほしくないなら言わない。安心して。ね?」
「ああ」
なるほどな、鹿島がスクールカースト上位にいる理由がわかる気がする。敵も少ないって聞くしな。むしろ、敵と思って攻撃したら周りの人間に反撃を食らうだろう。
「でもさ、こんな面白い物語書けるなんて、自慢できるのになぁ」
感性はちょっと残念なようだが。
「うわっ、もうこんな時間。もうそろそろバイトの時間だから、行くね。あ、1、2巻借りてもいい?」
「いいよ。もし気に入ったなら、返さなくていいから」
「え、いいの?」
「いいよ。今回で打ち切りだからさ」
残念な事実を伝えると、鹿島は
「面白いのになぁー。世の中ってわかんないもんだね」
「ああ、全くだ」
本当にわかんない。
可愛いヒロインを出したと思ったら全然人気なかったり、嫌いな女子をモデルにした悪女を出して読者におもっくそ叩いてもらおうとしたら『人間臭くて好き』とかいう謎の人気を出すし。
「とりあえず、1、2巻借りるね。ついでに明日、残りも持ってきてね」
「いいよ」
「ありがと! じゃあまた明日。読み終わったら連絡するね」
ばいばい、と鹿島は手を振って教室を出て行った。
教室に再び静けさが戻るなか、俺は窓から見える夕焼けを見た。
鹿島梨沙子か。
可愛かったなぁ。本来なら連絡先はおろか、喋ることもないほど住む世界が違う人間だったが、まさかこんな時間を過ごすとはな。
なんか、おかしな感覚だ。芸能人と会ったらこんな感じなのかもな。
時計を見ると、下校時刻まであと30分。
さて、続きを書くとするか。
シャーペンを握り、ペン先をノートに置く。
………………………………………………………。
あ、あれ?
指先が1ミリも動かない。頭の中は空っぽ。真っ白。
先ほどまで浮かんでいた文章は、鹿島と共に消え去っていた。
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