第4話 4話でメインヒロイン登場とか、遅くね?

 屈辱くつじょくの謝罪後、俺と茉莉は校舎から約25mほど離れた場所にある旧校舎の食堂で昼食を取っていた。


 校舎と旧校舎は渡り廊下がないため、外に出て向かう。


 校則では食堂に向かう際、外履きに履き替える必要があるが、俺含め大抵の生徒はめんどくさいので内履うちばきのまま向かう。


 しかし茉莉はローファーに履き替える。学級委員だからか、性格だからか。おそらく後者だろう。


 超がつくほど真面目な茉莉とは幼稚園の頃からの知り合いで、俺の担当である早川菜月の妹である。


 ちなみに、菜月さん経由で茉莉と仲良くなり、現在まで絶縁するほどの仲違いは起きたことが無い。それはひとえに、茉莉の性格のおかげだ。


 そんな茉莉と食堂で何を話しているかというと―――


「今度から気を付けるんだよ」


「ああ」


 3時間目の反省会だった。


 え、また? 


 ちょっとしつこくないですかね?


 問題児を指導するのは学級委員の仕事、と言っていたが、それはただの口実だろう。


 きっと俺に会いたかったからだ。絶対にそうである。そう思わなきゃ、この空間にえられない。


「ま、どうせ小説書いてて寝不足だったんでしょ?」


「そう! そうなんですよ。お姉ちゃんから聞きました?」


かん


 あ、そう。


「それだけじゃなくて、ソフトボールでたくさん打たれたこととか、たくさんの女子の前で打たれたころとか、嫌なことが重なったんだと思うけど」


「見てたのかよ」


 茉莉から目をらした。


 うわぁ、かっこわるいところ見せちゃったよ。


「かっこよかったよ」


「はい?」


「かっこわるいとこ見られてた、とか思ってたんでしょ?」


 げ、読まれてる。


「そんなことなかったよ。いつもベンチで腕を組んでいる時より、よっぽど」


「いつも見てるんかい」


「ま、ルール破ってホームラン打たれたのは、本当にかっこわるかったけどね」


「全部見てるじゃねぇか」


 茉莉は楽しそうに俺をもてあそぶ。


 俺を馬鹿にするときだけ柔らかい表情しやがって。


 売店で買った売れ残りのコッペパンをかじる。あー、この安っぽい味が今の俺には染みる。


 茉莉も持参したお手製てせい弁当を食べ進めた。


 学食で食べる意味はなかったんじゃないかと思ったが、クラスだと目立ち過ぎる。


 いや、学食でも目立つんだが、クラスよりはまだマシだ。


 なぜなら、学校でトップを争うほど美貌びぼうを持つからである。


 廊下ですれ違う男子はもちろん、街中ですれ違う男ども全員、茉莉の顔を見てしまう。


 一度、茉莉と原宿に行った時はそりゃあもう大変だった。


 トイレに行っている間にスカウトされるわ、店で別行動していたらナンパされるわ。

 

 挙句あげくの果てに「そこの冴えない男より俺らと遊ばね?」とか、俺の心が攻撃を受けたこともあった。


 悪口言ったクソ野郎は、『脱力パーティ』に登場させ、ちゃんとボコボコにした。


 というわけで、早い話が早川茉莉はモテる。


 今年のミスコン1位は、1年4組の皐月さつき立花りっかか早川茉莉か。


 どちらにしろ白熱したミスコンとなる、と先輩から盗み聞いた。


 当の本人は誰に見られても構わないと言っていたが、俺が構う。見られると非常に困る。


 茉莉と仲良く下校していたら呪いの手紙や藁人形わらにんぎょうが下駄箱に入れられていたり、SNSで悪口書かれていたり。


 ……俺って意外と苦労しているよな。


 昔を思い出し、感傷かんしょうに浸る。


「で、小説の方はどう?」


「あ、うん。まぁ……」


「その感じだと、行きまってるみたいね」


「まぁな」


 茉莉は俺の駄作を心の底から待ち望んでいる。


 あげると言っているのに、わざわざ文庫本を買ってくれるほど熱心なファンだ。文庫本を出すたび、ファンレターを出してくれる。そこに書かれた言葉に何度はげまされたことか。今でも大事に引き出しにしまっている。


 だからこそ―――


「その相談には乗れないなぁ。でも、楽しみにしてる」


 彼女は読者であり、作品を心から待ち望むファンである。


「そのことなんだけどさ。まぁ、気づいているとは思うけど、打ち切りになったんだよね」


「……そっか」


 少しかなしそうな顔をし、はしを止める茉莉。


「もっと読みたかったな」

 

 そして何事もなかったかのように箸を進めた。


 胸が苦しくなった。


 茉莉が今言ったことは、偽りのない本心だろう。


 茉莉はどんなつたない物語でも面白いと言い、続きを読みたがった。


 汚い字も丁寧に、しっかり読んでくれる。


 デビューが決まった時も、俺以上に喜んでくれてた。


「………」


 会話がないまま、パンをかじっていく。


 その間、『脱力パーティ』の続きを考えていたが、ひらめかない。


 アイディアを浮かばせては、沈める。


 次第に考えると脳がめ付けられたように痛くなり、考えすら浮かばなくなってきた。


 それでも飯を食べながら考えたが、やっぱり浮かばず、予鈴が鳴った。


 片付けて席を立つ。


 はぁ……この調子じゃ、今回も徹夜てつやだな。


 意気消沈。


「最終話、楽しみにしているね」


 食堂棟から校舎に戻る道の途中、何本もの木が立っている所で茉莉が言った。


「ああ、ありがとう」


「ご都合主義でもバッドエンドでも、喜太郎が好きなように書けばいいと思うよ。それが一番面白いから」


 木漏こもれ日に照らされた茉莉の笑顔は、とても綺麗きれいだった。


 好きなように書く、か。


 締め付けていた鎖がはずれたように、頭が軽くなった。


 ――――ああ、そうだったな。そのために俺は小説を書いたんだったな。


「ありがとう」


 その瞬間、パッと映像が浮かんだ。


 これだ。


 ポケットからスマホを出し、メモアプリを起動。頭の中からき出る文字を次々と入力。


 歩いている場合じゃない。近くのベンチに座る。


 ここからは時間との勝負。


 映像が浮かんでいるうちに書き切る。


「わるい。授業サボるわ。見逃してくれ」


「ダメ」


「……あれ?」


「見逃せない」


「あれあれ!?」


 ここは見逃してくれる流れじゃん! 


 そういうお約束を、アナタは知っているよね!?


「行くよ」


 容姿端麗ようしたんれいな学級委員は、俺の腕を掴んで教室へと引っ張っていった。


 なびいた長い黒髪から菜月さんとは違う、優しい香りがした。


 ※


 今日は本当に調子が良い。

 

 5、6時間目の授業中、なりふり構わずノートに『脱落パーティ』の最終話を書きなぐった結果、4分の3ほど書き終わった。

 

 このまま最後まで書き切りたいので、誰もいない放課後の教室で続きを書くことにした。


 学校の図書室には行かない。なぜならば、受験生の仮面を被ったカップルが多いからである。


 司書や周囲の生徒の目を盗んでイチャイチャする姿は、怒りしか湧いてこない。

 

 一緒の空間にいるだけでムカムカしてくる。

 

 図書館は勉強するところだ。乳繰ちちくり合う場所ではない。


 カフェも行かない。


 空いていない場合があるし、歩いている間に忘れる可能性がある。


 それに、こちらもうるさいカップルが多い。


 イチャイチャしているカップルを見るとコーヒーを投げたくなる。


 カフェはコーヒーを上品に飲む場所だ。乳繰り合う場所ではない。


 よって、精神的に安定する放課後の教室に決まった。移動する必要もないし。


 それにこの学校の生徒は学校で駄弁だべる人間はほぼゼロ。


 うちの高校は一部を除いて、部活が弱い。


 その結果、多くの人間が部活に入る。


 しかも、教室で活動する部活は吹奏楽部すいそうがくぶのみ。


 帰宅部や部活休み組も大抵、最寄駅の近くにあるボーリング場やカラオケ、学校に隣接するデカい公園にまる。


 だから教室は誰もいないことが多い。


 こういう時、周りが栄えている学校に来てよかったなと思う。


 俺は机に『脱力パーティ』1、2巻を置き、ノートを開き、ノイズキャンセリング機能付きのイヤホンを付けて作業に取りかかる。


 よし、良いペースだ。これなら下校時刻までに筆を置けそうだ。


 絶好調で書いていると、急にノートが暗くなる。遅れてココナッツのようなミルクっぽい香りがした。


 なんだ? 


 不思議に思って顔を上げると―――


 目の前に女子の顔があった。


「うおっ!」


「わぁっ」


 俺が驚くと、目の前の椅子に座っている女子も驚いた。


 のけぞった俺は、イヤホンを外しながら姿勢を戻す。


「な、なに?」


「え? ああ、ごめん。忘れ物を取りに来ただけ」


 黒の可愛らしいガマ口ポーチを俺に見せてきた。


 鹿島かしま梨沙子りさこ


 今、目の前にいるザ・可愛い女子高生の名前である。


 学年でも人気のあるクラスメート。


 髪を綺麗きれいな茶色に染め、第2ボタンを開けたり、リボンを緩くつけていたり、スカートを短く折ったりと、制服を緩く着こなす普通の明るい女子高生だ。


 俺と一生交わることのないタイプの人間だが、まさかこのタイミングで交わるとは……。


「トキトウ……だよね?」


「滝藤です」


 訂正すると鹿島は、ごめーん、と手を合わせて笑った。


「で、いま何やってるの?」


 机に乗り出してノートを見てくる。遅いと思いつつ、両手でノートを隠した。


 そしてノートを隠しつつ、鹿島のワイシャツの開いた部分を覗き込んでしまうのは男の悲しいさがか。Aカップぐらいなのに、なぜか胸の方を見てしまう。


 …………いや待て、見てる暇じゃない。


 恥ずかしいから、ラノベを書いているってバレたくない。


 ここは誤魔化ごまかそう。


「い、いや……勉強してるんだ。ほら俺、勉強出来ないからさ」


「知らないけど」


 茉莉や皐月ほどのカルト的人気はないけれど、鹿島も学年では人気がある女子だ。


 話せて嬉しい。


 が、今日じゃない。


 俺のようなゴミ虫野郎が言っていいことではないが、今日は何も聞かずにさっさと教室から出ていってほしい。


 つか、帰れ。頼む。


「で、なんの勉強してんの? 教材ないけど?」


 馬鹿だ俺。そうなるわ。


 机にある本が視界に入る。


「げ、現代文…………かもしれない」


 かもしれないってなんだよ。なんで自分が勉強している科目がわかんねぇんだよ。


「そっか。だから本があるんだね」


 納得すんのかい。


「でも、なんで開いてないの?」


「なんでかな?」


 いやぁ、きついっす。上手い言い訳も、場を流すジョークも浮かばない。


 うーん、危ない奴だと思わせれば、帰ってくれかもしれない。


 ここは思い切って、変な語尾をつけてみるか。


「よ、読み終わったんだデプゥ」


「は?」


「さっきまでは読んでいたんでペポ」


「キモ」


 鹿島がガチで引いている。


 対応間違えた。


 このままだと俺の経歴に計り知れない傷がつく。


 咳払いをし、話題を変えた。


「つかさ、なんで話しかけてきたんだ?」


 先程のやべぇギャグなんて無かったかのように振舞った。


「ああ、それはね、今日面白いこと言ってたから」


「面白いことって……っ」


「因数分解を覚えたら、時を越えられるんですか!?」


 俺の口調を真似しながら言ったあと、笑った。あんまり似てないのがちょっと可愛い。


「ねぇ、時を越えられるんですか!?」


「勘弁してくれ」


 顔が熱くなってきた。ひたいわきから嫌な汗がき出す。


 冷静に考えると、俺の発言って相当痛かったな。


 明日から学校行くの辛いなぁ。不登校になろうかなぁ。


「あ、もしかしてこの本?」


 鹿島が机に置いてあったラノベを手に取り、ペラペラとめくる。


「どんな話なの?」


「…………ヘボすぎて脱落した勇者が、落ちこぼれの仲間たちと共に冒険して、本当の勇者になる旅」


「へぇー、面白そう。読んでもいい?」


 え、この子今なんて言った? 


 面白そう? 


 マジで? 


 アニメイトで絶対に遭遇しないタイプの女子なんだが?


「え、あー……」


「勉強の邪魔しないからさ、読ませてよ」


 そう言って俺の許可を取る前に『脱落パーティ1巻』を読み始める鹿島。


 いや、視界に入るだけでも邪魔だし、そもそも存在が邪魔だ。溢れ出るフェロモンのせいで続きが書けない。


 しかし、駄目とも言えない。拒否する勇気がない。


 仕方ない。スマホのメモアプリに書き込もう。


 鹿島があることで執筆速度が遅くなるかと思ったが、そんなことはなく指が滑らかに動く。いいぞ。


 こそこそ『脱落パーティ』の続きを書いているなか、鹿島はすらすらとページがめくっていく。


 まぁ、地の文少ないしね。


 なんだったらページの大半は下半分まっしろ。ページ数も200未満。


 案の定、すぐに読み終わった。文庫本を机に置き、ふぅーと鹿島はため息をつく。


 やっと読み終わったか。さぁ、帰れ。


「面白いね、これ。久しぶりに読み切ったよ。トキトウってすごいね」


「だから滝藤だって」


「ああ、ごめんごめん。私の男友達に時任ときとうってやつがいてさ。ごっちゃになるんだよね」


「混ざんなよ……」


 …………ん?


「すごい?」


「すごい」


「すごいって……なにが?」


「え、だって―――」


 恐る恐るくと、鹿島は俺を真っすぐ見たまま本を指差し、こう言った。


「キミ、この本の作者でしょ?」

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