第40話 【本物の価値】

私は特徴的な色に見覚えがあった。


『このかがやくような白銀色・・・間違いない。ヒマラヤだ!』


私の直感に回答を提供したのは斉藤さんだ。


「バーキン35のヒマラヤでございます。」


私の素人しろうと見立ては的中した。

いくら素人しろうととはいえ、何と言っても最近実物じつぶつを見たばかりというのは大きい。


「橘様はケリーのヒマラヤを既にお持ちですので、こちらのおしなにもご興味があるかと存じましてお持ち致しました。」


さわってもよろしいかしら?」


「もちろんです。」


白手袋を着けた真夕さんはヒマラヤの外観をじっくりと観察する。


正面・裏面・両側面だけでなく底面までも丁寧にていねい確認した真夕さんは、感想を述べる。


はんが綺麗に整っているし、グラデーションも自然でとても美しい・・・見事なものだわ。」


「今までそれなりにヒマラヤをあつかった経験はございますが、ここまで見事なおしなは私も初めてです。橘様であれば価値をご理解頂けると確信しておりました。」


「ダイヤモンドは付いていないのですね。」


「はい。ダイヤの付かないシンプルなタイプになります。ただこれだけ見事なおしなであれば、むしろダイヤは余計だと思います。」


「その通りね。このバッグの製作者も同じ考えだったのではないかしら?」


「はい、恐らくは。」


「念のため中も見せて頂けますか?」


「かしこまりました。」


しばらくして中身の確認を終えた真夕さんは、私に声を掛ける。


「珊瑚、あなたもれてみる?」


「いいの?」


「斉藤さん、構わないかしら?」


「どうぞご確認ください。」


再び白手袋を着けた私は、ヒマラヤの取っ手を両手で握り、恐る恐る持ち上げる。


「えっ! 軽い・・・」


私はヒマラヤがあまりにも軽い事に驚きを隠せない。


「カーフのバーキンとは比べ物にならないでしょう?それがクロコダイルレザーの特徴なの。とても丈夫な素材なのにカーフよりずっと薄くて軽いのよ。」


「単純に希少きしょうというだけじゃなくて、素材そのものがカーフよりすぐれているという事?」


「カーフの場合、どんなに上質なものであっても経年劣化けいねんれっかまぬがれないけれど、クロコダイルやアリゲーターは経年劣化けいねんれっかしにくい素材なの。だから保管に気を付けさえすれば、一生使い続ける事だって十分に可能よ。」


私はヒマラヤをそっとローテーブルに戻し、商談は再開された。


「以前に手に入れたケリーのヒマラヤも素晴らしいものだったけれど、これはこれで本当に魅力的だわ。」


「橘様は大きめのおしなをお選びになる事が多いので、それにもフィットしていると考えました。」


「ええ、大きさも理想的です。」


「これほどのおしなをご紹介できる機会は滅多に無いかと存じます。」


「確かにこれは正真正銘しょうしんしょうめい逸品いっぴんですね・・・先程私は本物との出会いは一期一会いちごいちえだと申し上げたばかりです。彼女にそう言った以上、みずからの言動げんどうには責任を持つべきだと思います。」


「それでは・・・」


「はい。こちらも頂く事にします。」

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