第37話 【決断】

まだまだ斉藤さんの話を聞いていたい気持ちもあったが、自分の都合であまり時間を取り過ぎるのも良くないと考えた私は、斉藤さんにお礼を述べる


「ご説明ありがとうございました。とても勉強になりました。」


「とんでもございません。大汐様のお役に立てたのであれば光栄です。」


「当たり前の事だけど、斉藤さんは私よりずっと詳しいのよ。」


「斉藤さんのおかげでバーキンの価値を少しは理解できたと思う。使い勝手に多少問題があるのかもしれないけど、こうして間近で見ると本当に美しいデザインだし、上質なバッグだよね。素人しろうとの私でも違いが分かるよ。」


「気に入った?」


「もちろん。真夕さんのおかげで目の保養をさせてもらいました。」


「珊瑚、どうする?」


「え? どうするって、何が・・・?」


「『買うかどうか』という意味よ。」


「いやいやいや、だからさっきも言ったけど、132万円なんて逆立ちしても無理だって。」


「でも気に入ったのよね?」


「それは確かにそう言ったけど・・・」


「ここで決めなければ、すぐに売れてしまうわ。こういうものは一期一会いちごいちえだし、あなたが気に入ったのなら買うべきよ。お金が心配なら、私が立て替えてあげるわ。」


『えぇー!?、一体何を言い出すんだ人!』


真夕さんはまるで昼食代か何かを立て替える様な口調で、私にとって驚天動地きょうてんどうちとでも言うべき提案を平然と口にした。


彼女の態度は全くの本気であり、冗談でない事は明らかだ。


となれば、こちらも真剣に答えるしかない。


「でも私みたいな普通の大学生には贅沢ぜいたくなんじゃないかな・・・」


「安物を沢山たくさん持っているより、一つだけでもいいから本物を手に入れるべきだと私は思うわ。それは贅沢ぜいたくに当たらないのではないかしら。」


「そうだとしても今のところ返せる当てもないし、無理だよ。」


「返すのは出世払いでいいわ。」


『まずい・・・これは非常にまずい。このままでは真夕さんに押し切られてしまう。』


危機感を感じた私は、この提案を受け入れるべきかを必死に考える。


真夕さんの申し出が100%の好意から出ている事に疑いの余地は無かった。


彼女自身には何らの思惑おもわくも無く、ましてや恩を着せようなどという気持ちは皆無である事は分かり切っている。


ここで私が真夕さんの好意を受け入れても、誰の不利益にもならない。


客観的に見ればとても魅力的な話である。


バーキンが店頭に並ぶ事など滅多に無いという状況を考えれば、こんなチャンスはもう二度と無いかもしれない。


・・・でも。


「真夕さん、それは願ってもない話だと思う。」


「それなら早速・・・」


「ううん、違うの。真夕さんの気持ちはうれしいけど、やっぱりこの話は受けられないよ。」

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