第35話 【In a secret room Ⅱ】

しばらくすると部屋のドアがノックされる。


「どうぞ」


「失礼します」


部屋に入って来たのは斉藤さんだけではなかった。


もう一人の女性には見覚えがある。

バッグを見ていたフロアで斉藤さんを呼びに行ってくれた店員だ。

彼女が手に持っているのは、先程のバーキンである。


彼女はそれを静かにローテーブルの上に置くと、一礼して去っていく。


一方、斉藤さんの方はオレンジ色の布袋を持っていた。


斉藤さんはその袋を自分の隣のソファーの上に置くと、改めて私達に挨拶する。


「橘様、本日は銀座本店メゾンまでご足労そくろういただき、誠にありがとうございます。」


「いえ、こちらこそ急に連絡してお手数をおかけしました。」


「とんでもございません。」


挨拶が終わったところで、真夕さんが私を紹介する。


「斉藤さん、隣の方は大汐珊瑚さん。私の友人です。」


「大汐様、初めまして。斉藤と申します。」


彼女は手慣れた様子で名詞を取り出し、私に差し出す。


「大汐です。今日はよろしくお願いします。」


こちらはこういうシチュエーションに全く慣れていないため、ぎこちなく名詞を受け取るのがやっとだ。


「橘様、こちらが先程のバーキンになります。」


「バッグの中身が見える様にして頂けますか?」


「承知しました。」


斉藤さんが作業をしている短い時間を使って、真夕さんは私に説明してくれる。


「バーキンはそれほど使い勝手の良いバッグではないわ。単純にバッグを開けるだけでも、ちょっとしたコツが必要になるから、プロに任せた方が安心なのよ。」


『こんなに高い上に使い勝手が良くないなんて、そんなバッグをどうして皆欲しがるんだろう?』


私がそんな事を考えている間に斉藤さんの作業が終了し、中身が見える状態になったバーキンが私達の目の前に置かれる。


「珊瑚、ローテーブルに置かれているのだから、落とす心配は無いわ」


「どうぞお使い下さい」


斉藤さんは、私に白い手袋を差し出した。


ここまでお膳立てが整ってしまった以上、拒否する事は難しい。


それに本当は私自身もさわってみたかったのだ。


手袋を付けた私は、そっと中を覗き込む。


「・・・中も同じ色なんだ。」


「一般的には同じ場合が多いけれど、外側と内側で色が異なるタイプも存在するわ。」


バッグの中は内ポケットが一つあるだけのシンプルな構造である。


バッグとしての使い勝手を考えれば、中に色々ポケットを付けたくなるところだが、そういったものはいさぎよく省略されている。


真夕さんの言う通り、使い勝手が優先のデザインでない事は明らかだ。


私は革製の取っ手を両手で握ると、そっと持ち上げてみる。


「結構重たい・・・」


「素材がカーフですので、そのように感じる方もいらっしゃいますね。」


「カーフ?」


「カーフとは仔牛こうしの革でございます。」


「斉藤さん、せっかくだから彼女のためにバーキンの説明をして頂けますか?」


「かしこまりました。」

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