第31話 【Hospitality】

私達の後ろで大きな玄関扉が音も無く閉められるのと同時に、外の喧騒けんそうがシャットアウトされ、店内は静けさに包まれる。


店内の照明は間接照明が主体であり、外の明るさに慣れていた私の目には、かなり薄暗く感じられる。


そんな中、入店した私達を見かけた一人の店員が、さりげなく近付いてくる。


年齢は40代後半だろうか、こういう店にふさわしい、上品な感じの女性だ。


「お待ちしておりました、橘様。」


「斉藤さん、今日はお世話になります。」


「直ぐに奥に参りますか?」


「いいえ、少し店内を見て回ります。」


「かしこまりました。何からご覧になりますか?」


「最初はバッグを。」


斉藤さんは私達をエレベーターまで案内すると、開いたドアから私たちが乗り込むのを確認してから、目的のフロアのボタンを押してくれる。


「それではどうぞごゆっくり。」


エレベーターのドアが閉まり始めるのと同時に、斉藤さんは深々と頭を下げて私達を見送ってくれた。


「凄い、これが超一流店のおもてなしか・・・」


まだ商品を何も見ていない内から、私のテンションは上がっていた。


エレベーターが目的階に到着するまでのわずかな時間を使って、私は真夕さんに気になっている事を確かめる。


「ねぇ、さっきの女性が橘家担当の人?」


「そうよ、うちには10年ほど前から来てくれているわ。」


「そうなんだ。」


彼女は銀座本店メゾン店員スタッフではないはずだ。

それはつまり私達の到着をわざわざ待ってくれていたという事だろう。


真夕さんが銀座本店メゾンに行く日時を事前に伝えていたと聞いてはいたが、今更ながら私は真夕さんが普通の客ではない事を実感する。


間もなくエレベーターの扉が開き、私はさらなる別世界へと足を踏み入れた。

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