第30話 【Maison Hermès】

『うわぁ何これ、綺麗きれい・・・』


目の前のビルを見上げた私は感嘆かんたんの声を漏らす。


目的地であるビルの外壁は普通のガラス張りではなかった。


外壁には見た事のない素材のガラスが使われており、それらが陽の光を乱反射してキラキラと光っていながら、同時に中の様子が見えないようになっている。


これはもう店舗と言うより美術館と言っても差し支えない外観である。


東京、銀座


晴海通りと銀座通りがまじわる銀座四丁目交差点に近い超一等地にその店はあった。


その日、数寄屋すきやばし交差点の近くで笹井さんが運転するリムジンから降りた私たちは、銀座の本店メゾンを訪れようとしている。


私が今日着ているのは、大学の入学式でも着用した黒のスーツだ。


高校までは制服があったため、正式な席でも礼服を着る必要は無かったのだが、今日着ているスーツは、大学生になったのだから礼服を作っておいた方が良いという母の強いすすめで、初めて購入したものだ。


その時は礼服にそれほど必要性を感じていなかったのだが、母の判断は全くもって正しかった。

今となっては母に感謝するしかない。


もし礼服を持ってなければ、銀座の本店メゾンに行くための服装に悩んだに違いない。


そんな気合い入りまくりの私に比べて、真夕さんの方は全くの通常運転である。


もっとも真夕さんの場合、普段からコンサバティブな服装であるため、銀座の本店メゾンに行くからと言って、そもそも何かを変える必要が無いとも言える。


ブランドの旗艦きかん店である銀座本店メゾンはビル全体が店舗となっており、一流ブランドの旗艦店がひしめき合う場所でも一際ひときわ威容いようほこっていた。


勇気を出して入店しようかという時に、私は正面ドアの人影に気付いた。


ギョッとした私は、すぐさま隣にいる真夕さんに確認する。


「真夕さん、門番がいるよ!」


正面入口にあるガラス扉のすぐ内側にはピカピカの制服を着た男性が立っており、私は店に入る前から怖気おじけづいてしまう。


もしこれが自分一人だったら中に入れずに引き返していたに違いない。


だが今日の私は一人ではない。

隣には真夕さんがいるのだ。


私の不安をやわらげるように、真夕さんが事情を丁寧ていねいに説明してくれる。


「あれは門番ではなくてドアマンね。店を訪れる客のためにドアを開けて中に入れてくれるのよ。」


「身分証明書を見せないと入れてくれないとか無いよね?」


本気で心配する私をはげますように真夕さんが答える。


「大丈夫よ。」


私の心配は杞憂きゆうであり、事実は真夕さんの言った通りになった。


私達が正面入り口の目の前まで来ると、その男性はうやうやしくドアを開け、私達を招き入れてくれる。


そのまま足を止める事無く、私達は店の中に入っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る