第29話 【選ばれる者、選ばれざる者】

私は自分の直感が正しい事を期待しながら、恐る恐る真夕さんに確認する。


「ねぇ・・・もしかして真夕さんも『ヒマラヤ』を持ってたりするのかな?」


「興味があるの?」


「うん」


「持っているわよ。」


「持ってるんだ!」


私は外にいる事も忘れて、思わず大声を出してしまう。


「そんなに驚く事なの?」


「だってお金があっても滅多に手に入らないものなんだよね? 普通驚くよ。どうやって手に入れたの?」


「それは単に担当の人が家に来た時に・・・」


「ちょっと待ったーっ!!!」


「・・・?」


「真夕さん、確認するけど、ケリーを出してるブランドに橘家担当の人がいるって言おうとしてる?」


「ええ。」


「それで人が真夕さんの家に来るんだ?」


「そうなるわね。」


「じゃあ真夕さんは遠山さんが言ってた銀座の本店メゾンに行った事はあるの?」


「そう言えば行った事は無いわね。向こうから来てくれるから行く必要無いもの。」


『ハハハ・・・これはもうレベルが違う。』


私はあの時の遠山遥と同じように、「あなたはお店に『行く』のか?」という真夕さんの言葉の真意がつかめなかった。


だが今や私は全てを理解した。


『そうか・・・遠山さんは店に行く客で、真夕さんは店の方から来てくれる客なんだ。』


それから私が時間をかけて真夕さんから聞き出した話は正に衝撃的だった。


彼女が買う品々はカタログには載っていない。

もちろん店頭にも並ばない。


それらは一部の「選ばれた」スペシャルな顧客こきゃくのための商品であり、それ以外の客の目に触れる事は無い。


だからどんな大金持ちであっても店から「選ばれない」客は、それらの存在を知る事すら無いのだ。


『遠山さんが真夕さんのバッグを見ても正体が分からないのは当然だよね・・・彼女は自分が店に行く客で、店から選ばれていない客なんだという事実すら分かっていないんだろうなぁ。』


私は彼女の事が少しだけ可哀そうに思えてきた。


『それにしても超一流のブランドって、客が店を選ぶんじゃなくて、店が客を選ぶんだ・・・彼女まゆさんと知り合わなかったら、そんな事は一生知らずに過ごしたんだろうな。』


私の「食いつき方」がよほど珍しかったのだろう。

真夕さんへの「事情聴取」が一段落したところで、彼女は私に提案する。


「それにしても珊瑚がケリーバッグにそれほど興味を示すとは思わなかったわ。そんなに興味があるなら、今度銀座の本店メゾンに行ってみる?」


「行きたい! 一緒に行こう!」


私は真夕さんの誘いに即答した。

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