第23話 【気に入らない女】

「全く・・・何で今頃現れる訳!?」


「えっ? 何か言った?」


午後の授業が終わり、人気の少なくなった教室で、私のひとごとは少し大き過ぎたようだ。


「・・・別に」


隣に座っていた同級生に対して、私はわざと不機嫌そうに会話を切り捨てる。


「それじゃあ遥姫はるかひめ、また明日ね・・・」


愛想笑いを浮かべた同級生は、と私の前から姿を消す。


邪魔者が居なくなった私は、今度は口に出ないように注意しながら、心の中で相手の名前をつぶやく。


『橘 真夕・・・』


そう、思えば最初から気に入らないやつだった。


出会いは初等部5年生、私は初めて彼女と同じクラスになった。


それまで何をやらせてもクラスで一番だった私にとって、彼女の存在は許しがたいものだった。


勉強やスポーツだけでなく、あらゆる面で彼女は私を上回っていたのだ。


おかげで私は定位置だったトップの座を奪われ、二番目のポジションに甘んじる事になった。


そのまま初等部を卒業するまで屈辱くつじょくの二年間を過ごした私にとって、彼女が麗央女子に進学せず、留学すると聞いた時は、とてもしたものだ。


あれから6年、まるで私の古傷をえぐるかのように、橘 真夕は再び私の前に姿を現した。


再会した彼女は昔のままだった。


変に落ち着きはらった生意気そうな態度は、初等部時代の彼女そのものだ。


外見も背が伸びた事を除けば、驚くほど変わっていない。

大体今時の女子が髪も染めてないなんてバッカじゃないの!


だから彼女が仲間を作らず、孤立している姿を見て、私は本当に良い気分だった。


『いい気味ね、表向きは平静をよそおっているけど、本当は一人で寂しいに決まってる。』


私は心の中で笑み、彼女の哀れな様子を楽しんだ。


もちろん私から彼女に話しかけたりしない。助け舟なんか出すつもりは無い。


だがそんな私のひそかな楽しみは長く続かなかった。


彼女と行動を共にする友人らしき女が突如として現れたのだ。


内部進学生であれば、同学年の女子で全く顔を知らない事はあり得ない。

だから彼女が外部生である事は間違いない。


『それにしてもダッサい服装に、持ってるバッグも安物。おまけにルックスもどうって事ない女。』


外部生である点を差し引いても、私は彼女が麗央生としての最低基準に達していないという判定を下していた。


『あんなのと付き合って一体何の得がある訳? 自分の引き立て役にしたいのなら、もう少し人選を考えるべきね。』


そんな事を思いながら、私の視線は教室の前方にいる橘 真夕と友人をとらえていた。


二人は親し気に会話をしているが、話の内容までは聞こえて来ない。


しばらくすると橘 真夕が突然立ち上がり、教室の出口に向かってスタスタ歩き出した。

そのあとを外部生があわてて追いかけていく。


『何? 喧嘩でもした?』


そうであれば非常に面白いのだが、二人の表情を見る限り、どうもそうではないらしい。


ターゲットが去った教室に残った私は、自分自身に向けて確認するように低い声でつぶやく。


「気が変わったわ。今度会う時は是非『挨拶』しないとね。」


今まで橘 真夕に関わるつもりは無かったのだが、外部生の出現で状況が変わった。


成長した私は6年前の私とは違う。

それを思い知らせてやる。


私は勝利に飢えていた。

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